第二百三十一話 武闘大会本戦 男性部門 その三

≪ラルフ視点≫

トーマには勝てたが…あれはトーマがわざと負けてくれたからだ。

「わざとじゃないっす!」

トーマはいつもの笑みを浮かべながらそう言ったが、長い付き合いだからそれが嘘だとすぐに分かる。

しかし、トーマがわざと負けてくれて安心している自分がいる。

武闘大会に出場したから仕方なく戦ったが、仲間を傷つけたいとは思うはずもない。

自分もトーマとの試合が長引く様だったら、わざと負けようと思っていた。

考えることは同じなのだと苦笑いしたほどだ…。

トーマが譲ってくれたのだから、トーマの分も勝ち進まなくてはならない。

次は準決勝で、その次は決勝だ。

後二回勝てば優勝だが、そう簡単には勝たせては貰えないだろう。

気を引き締めて戦いに臨もうと思う。


準決勝の相手は、戦斧を担いだ筋肉隆々の大柄の男だ。

男の戦いを見ていたが、戦斧の強烈な一撃で相手を場外まで吹き飛ばして勝利を得ていた。

つまり、自分も戦斧の攻撃を食らってしまえば飛ばされて負けるのは間違いない。

しかし、攻撃を食らわなければ負ける事は無いだろう。

力まかせに戦うオスカルに似た所があるが、男の方がオスカルより技量が上なのは間違いない。


「ふぬぅ!」

戦いが始まると同時に、ブン!ブン!という凄まじい音と共に戦斧が横なぎに振られて来る。

自分は大きく後ろに飛んでそれを躱すだけで、戦斧の攻撃が当たる事は無い。

しかし、自分も攻撃出来ないので、どうにかして男の懐に潜り込む必要がある。

男も懐に入れさせない様にと、戦斧を振り回し続けているので近づく事は難しい。

男が疲れるまで時間を稼ぐのが最善だとは思うが、逃げ回ってばかりいると観客席から罵声が飛んで来る…。

観客の声など無視すればいいのだが、エルレイ様が開催された武闘大会なので盛り上げなければならない。

自分は覚悟を決めて、剣が届く間合いに踏み込んで行く!


ギャギーン!

自分の剣と男の戦斧が激しくぶつかり合い、眩い火花と共に剣を伝ってズシリと重い衝撃が体にのしかかる。

トーマやフリストなら、上手く戦斧の攻撃を受け流せたのだろうと思うが、生憎自分にその様な技量はない…。

「ぬおぉぉぉぉぉっ!」

声を張り上げて戦斧を押し返す!

オスカルほどではないが、自分も力には自信がある方だ!

男も負けじと押し返してくる!

激しい鍔迫り合い続き、自分が根負けして後ろに飛び退いた…。


「はぁ、はぁ、はぁ…」

短い間だったが、お互い息も上がっている。

しかし、ここが勝負所だと思い、自分から剣を力一杯振って行く!

「おらっ、おらっ、おらっ!」

ガツン!ガツン!ガツン!

剣と戦斧が激しくぶつかり合い、反動で弾け飛ぶ!

何度も何度もそれを繰り返して行くうちに、男の動きが鈍りだした!

それは当然の事だろう。

幾ら力が強くても、重い戦斧を何度も振り回していれば、自分より先に疲れるのは誰にでも分かる事だ。

男もそれは理解しており、最後の力を振り絞った一撃を放って来た!

最初の時のような速度は無いのでしゃがんでそれを躱し、足に力を込めて飛び出す様な感じで男の懐に潜り込み、首筋に剣を当てた!

「そこまで!」

ふぅ…なんとか勝つ事が出来て一安心した…。

残すは決勝のみ!

ここまで頑張って来たのだから、優勝したいと思う!


休憩を挟み、決勝戦が行われる事となった。

自分と対戦相手は舞台へと上がり、選手紹介を受ける事となる。


「五日間続いた武闘大会の最後の試合となりました!

これより男性部門の決勝戦が行われます!

力溢れる戦いが魅力的な若き戦士!ラルフ!!」

先に自分が紹介されたので、手を上げて観客の声援に応える…。

恥ずかしくてたまらないが、これが最後だから我慢するしかない。


「対するのは、ここまで素晴らしい剣術で対戦相手の攻撃を受けきって来た渋めのおじ様!デルバート!!」

相手は恥ずかしくないのか、堂々とした態度で観客席に向けて手を上げていた。

格好いいと思ってしまった。

自分もあれくらい堂々としていれば、恥ずかしくも無かったのかも知れない…。

もう終わった事だし、戦いに集中しようと思う。

お互いに剣を構えて対峙した。

やはり、相手は相当落ち着いている。

自分も気持ちを落ち着かせ、目の前の相手に集中していく事にした…。


≪エルレイ視点≫

「エルレイ、あのデルバートって人はあれよね?」

「うん、間違いなく旧アイロス王国軍の軍団長だったカールハインツさんだね…」

ラルフと決勝戦を戦う相手は、カールハインツに間違いない。

戦場で戦った事もあるし、開墾作業の際に指示をして貰った事もあるので見間違えるはずもない。

偽名を使っている理由は何となくわかるな…。

カールハインツ軍団長の名は旧アイロス王国では有名だっただろうし、ソートマス王国に敗北した軍団長としても知られているはずだ。

しかし、テレビなど無いこの世界では顔までは知れ渡ってはいないだろう。

現に、大勢の観客がいる中でも、カールハインツを非難する者は一人もいないからな。

警備隊員達の殆どが旧アイロス王国軍に所属していたので、デルバートがカールハインツだと言う事に気付いているだろう。

気付いたとしても、カールハインツを責める者などいる筈もない。

カールハインツは敗戦後、軍に所属する兵士達が路頭に迷わない様にと、最後まで尽力したのだからな。


「エル、あの者は強いのか?」

「ヘルミーネも見ていたから分かるだろう?」

「う、うむ…でも、ラルフは勝ってくれるよな!」

「うん、ラルフの勝利を信じで皆で応援してやろう!」

「分かった!」

ヘルミーネは必死にラルフの応援を始めていた。

俺達もヘルミーネと共に、ラルフの応援をする事にしようと思う。


≪ラルフ視点≫

試合が始まり、自分は今出来る最大限の攻撃を仕掛けていた!

「せいや!」

「甘いわ!」

選手紹介でも言われてた通り、相手は自分に攻撃させて、そのすべて受けきっている状態だ。

相手から攻撃して来る事もせずに、反撃もして来ない。

だから、自分から攻撃して行かなくてはならないのだが…これではまるで訓練をしているみたいだ。

アドルフさん達との訓練も似たような感じだ。

ただ、アドルフさん達は反撃して来るのに対して、対戦相手は反撃すらして来ない。

自分が一方的に攻撃している形になる。

観客達には、俺が優位に立っているように見えるかもしれないが、状況は全く逆だ。

相手に当たる事の無い剣を振り続けるのは非常に疲れるし、戦意も衰えて来る…。

しかし、自分は最後まで諦めずに戦い続けなければならない!

手を変え品を変え、あらゆる手段を使って攻撃を仕掛けて行った!


「もう一歩踏み込まねば、儂に剣は届かぬぞ!」

「くそっ!」

対戦相手は自分に助言もしてくれる。

それだけ、自分と対戦相手の技量が離れていると言う事なのだろう。

悔しいが、自分が勝つ見込みは無いだろう。

しかし、一撃だけでも当てなければ、自分に勝ちを譲ってくれたトーマと、自分達を戦える様に訓練をしてくれたアドルフさん達に申し訳ない!

対戦相手に言われた通り、今までより一歩踏み込んでから全力で剣を振り続けた!


「ま…参り…ました…」

「うむ、最後のは良い攻撃であったぞ!

後十年鍛えれば、儂を超えられるであろう!」

「十年…」

結局最後まで攻撃を当てる事は出来ず、舞台に両手を付いてうずくまって敗北を認めた…。

負けて悔しいと思うと同時に、全力を出してそれでも勝てなかったのだから後悔も無い。

呼吸は乱れて苦しいが、気持は晴れ晴れとしていた。

そうだよな…。

アドルフさん達にも勝てない自分が、武闘大会で優勝できるはずも無いのだと…。

相手も十年鍛えれば勝てると言ってくれているし、アドルフさん達から剣術を習い始めたばかりなのだから、これからもしっかり訓練を続けて行こうと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る