第二百二十話 晩餐会 その二

晩餐会の準備が整ったとの知らせを受け、俺はリリー達を連れて一階の広間へと向かって行った。

広間に入ると、すでに来客たちが席についており、皆立ち上がって拍手で俺達を迎えてくれた。

俺達は拍手が続く中を歩いて、一番前の席へとやって来た。

皆からの視線が集まる中、俺はこれから挨拶をしなくてはならない…。

俺は、皆に分からないように気を使いながら大きく息を吸い…ゆっくりと吐き出して気持ちを落ち着かせた。

そして、事前に用意して貰っていた挨拶を思い出しながら、挨拶を始める事にした。


「皆様、お忙しい中集まって頂きありがとうございます。

特に、僕の領内の統治をされている皆様にとっては、初めての収穫期を終えたばかりで、大変な時期だと理解しています。

僕も、毎日上がってくる報告書の量に眩暈を覚えるほどです。

だからこそ、僕は息抜きが必要だと思うのです。

今回皆様を招いたのは、少しでも息抜きの手助けになればと思っての事です。

すでに、武闘大会の予選を観戦された方もいらっしゃいますが、明日からの本戦を観戦していただくと、息抜きの中に楽しみを得られる事かと思います。

今夜はゆっくりと食事を楽しみ、明日からの武闘大会の観戦も楽しんでください」


俺は何とか無事に挨拶を済ませ、皆と共に席に着いた。

使用人たちが飲み物と食事を各テーブルに配膳し、晩餐会が始まった。

俺も飲み物を頂き、挨拶で渇いた喉を潤した…。

さて、俺も食事をしようとしたのだが、俺を呼ぶ声に阻まれた…。


「アリクレット、こっちに来い!」

仕方なく席を立ち、呼ばれた所に向かって行くと、席に座るように言われた。

俺が座るように言われた席の右にはイクセル第二王子が座っていて、左にはラノフェリア公爵が座っている。

正面には、ネレイトとルノフェノが座っているな…。

男ばかりに囲まれた席に着くのは面白くないが、この面子の誘いを断ることは出来ない。

俺は諦めて席に着くと、さっそくイクセル第二王子が話しかけて来た。


「アリクレット、明日の武闘大会だが、誰が勝ちそうなのか教えろ!」

イクセル第二王子の手には、武闘大会出場選手の名簿が握られていた。

明日の賭けを楽しんでくれる事自体は嬉しい事だが、俺が知っている情報を開示する事は不正に繋がるので出来ない。

それに、初めて行う武闘大会で、誰が勝つか俺にも分からないから、教える事も出来ないのが実情だ。


「いいえ、それを教える事は出来ません」

「いいでは無いか!」

「駄目です。イクセル様は勝者が分かっている勝負を見たいのでしょうか?」

「そうでは無いが、賭けに負けるのは面白くない!」

何と言う我儘だが、それはイクセル第二王子と初めて会った時から同じ印象だな…。

「分かりました。明日の試合前には配当率が出ますので、配当率の低い方に賭けて頂ければ、負ける事は少ないかと思います」

「アリクレット、貴様は賭けをやったことが無いのか?」

イクセル第二王子は眉間にしわを寄せながら、疑問を投げかけて来た。

賭けは転生前にやった事はあるが、一度負けて痛い思いをしたので、それ以降はやってはいない。

賭け事は、やらなければ負けないのだから、俺はもう二度と手を染めない事にしている。

それに、この歳で賭け事をしている方がおかしいだろう。


「いいえ、賭けをやった事はありません」

「なるほど、賭けは大勝してこそ面白いのだ!

よし!明日はアリクレットに賭けの醍醐味を教えてやる!」

「申し訳ございません。僕が胴元なので賭けを行う事は出来ません」

今回の武闘大会を開催したのは俺で、そこで行われる賭けも俺が胴元だ。

だから、お金を賭ける意味がない。

「そうか、賭けが出来ないとはアリクレットも損をしているな!」

イクセル第二王子はそう言って、グラスに入ったお酒を口にしながら、正面にいるネレイトとルノフェノに話題を振っていた。

ふぅ…。

どうやらイクセル第二王子は俺に興味を失ったみたいなので、元の席に戻ろうかと思ったのだが、今度はラノフェリア公爵から声を掛けられた。


「エルレイ君、例の選手の調子はどうなのかね?」

ラノフェリア公爵は、俺にぎりぎり聞こえるくらいの小さな声で耳打ちして来た。

例の選手とは当然ルリアの事で、相当心配していたのだろう。

それならば、迎えに行った時に聞いて貰えればよかったのだが、アベルティア以外の家族は、ルリアが武闘大会に出場している事を知らないのかもしれないな。

ラノフェリア公爵の妻達と娘達は、別のテーブルに座って楽しそうに談笑しているので、このタイミングしかルリアの事を聞く機会が無かったのだろう。

「万全だと聞いております」

「それは良かった」

俺も小さな声で答えると、ラノフェリア公爵は心底安堵した表情を浮かべていた。

「女性部門が明日であったな」

「はい、僕も非常に楽しみにしております」

「うむ、私も楽しませて貰う事にする」

俺もルリアの活躍を楽しみにしているし、ラノフェリア公爵も同様のはずだ。


「皆様、会食を楽しんでください」

イクセル第二王子とラノフェリア公爵から解放されたので席を立ち、自分の席に戻ろうとした。


「エルレイ君、こっちにいらっしゃい!」

「はい、ただいま」

今度はアベルティアから声が掛かり、女性ばかりの席に座る事になった。

俺の右にはアベルティア左にはロゼリアが座っていて、二人から質問攻めにあってしまった。

「エルレイ君、ユーティアとは仲良く出来ていますか?

あの子、あまり話さないから心配していたのですけれど…」

「ユーティアお嬢様とは仲良くさせて貰っています。

それと、他の婚約者との仲も良くしていて、最近ではアルティナとよく一緒に出掛けております」

「まぁ、そうでしたのね。あの子が他の子と出かけるなんて今まで無かった事ですから、エルレイ君の所に送って本当に良かったです」

「でしょう。ルリアもエルレイ君の所に行ってから変わって行ったのよ。

ユーティアももっと変わって行くと思うわよ」

「それは楽しみです」

アベルティアとロゼリアが俺を挟んで盛り上がっていたて、次女エクセアとルノフェノの妻ブレンダも二人の会話を楽しそうに聞いていた。

一方、正面に座っているエーゼルと長女マルティナは、二人の話題に着いて行けずに面白くなさそうな表情を見せていた。

声を掛けるか迷ってしまうな…。

二人とはあまり会話した事が少なく、共通の話題も無い。

しかし、来客として来て貰ったのだから、楽しく過ごして貰いたいと思うので、思い切って声を掛ける事にした。


「エーゼル様、料理はお口に合いませんでしたでしょうか?」

「いいえ、そんな事はありません。美味しく頂いております」

「それならよかったです。しかし、苦手な食べ物が御座いましたら遠慮なく申し出てください」

「ええ、お気遣い感謝いたします」

エーゼルは俺が声を掛けると、優しい笑みを浮かべながらきちんと話してくれた。

流石は公爵夫人と言った所だな。


「マルティナお嬢様はいかがでしょうか?

この地方にある食材を使っておりますので、多少食べなれた味とは違うと思いますが?」

「…」

マルティナは俺が声を掛けると、凄く嫌そうな表情を見せて、返事もしてくれなかった。

「エルレイ君、マルティナは好き嫌いがちょっとありまして、ほら、この野菜は苦手よね?」

「はい…」

エーゼルが慌てて取り繕い、マルティナも嫌々ながら返事をしてくれた。

「私は…私はまだあなたの事を認めた訳ではありませんわ!

それに、リリーとか言うどこの誰かも分からないのも、家族として認めた訳ではありませんわ!」

「マルティナ!」

「お母様は黙っていて頂戴!」

エーゼルがマルティナを怒ったが、マルティナは聞かずに俺に突っかかって来た。

俺が男爵家三男からの成り上がりだから、公爵家の長女としては認めたくない気持ちは分かるつもりだ。

しかし、リリーまで否定されては文句の一つも言いたくなるけれど、ここで文句を言えば大事になるのは間違いない。


「そうですね…私もリリーの事は良く知りませんし、あまりお話ししておりませんので、妹して受け入れがたいのは事実です」

「エクセアもそう思いますわよね!」

「はい、ですので、この機会にリリーとお話したいと思います。

エルレイ、リリーを連れて来ては頂けませんか?」

「分かりました」

俺はエクセアに言われた通り、席に戻ってリリーと、ついでにユーティアを連れて、マルティナとエクセアの所に戻って来た。

俺は四姉妹の会話を邪魔しては悪いと思い、席に戻った。

リリーの事はユーティアもいるし、事情を知っているアベルティアも助けてくれるだろう。

何より、リリーはしっかり者だから、二人の姉とも仲良くなってくれると信じている。

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