第二百十一話 ユーティアの想い その二

「えー皆さん、新しく僕の婚約者となりました、ユーティア・アン・ラノフェリアと、ユーティアのメイドのエルミーヌです」

「ユーティアです。皆さんよろしくお願いします」

「エルミーヌと申します。皆様よろしくお願い致します」

「ユーティアお姉様、エルミーヌ、よろしくお願いします」

「うむ、よろしく頼むぞ」

「よろしくね」

「よ、よ、よろしくお願いするのじゃ」

ユーティアをリアネ城に連れて帰り、自室で皆に紹介した。

ルリア以外は笑顔で歓迎してくれているな…。

ユーティアはルリアの姉と言う事もあって、妹としては複雑な気持ちなのだろう。

俺がもしルリアと同じ立場であったとして、ヴァルト兄さんが俺と同じ所に婚約者として来た事を想像すると、やはりいい気分はしないと思う。

勿論、ルリアはユーティアとは仲がいいし、俺もヴァルト兄さんとは仲がいいが、それでも思う所はあるよな…。

ルリアの気持ちが落ち着くのには、もうしばらく時間が必要だろう。


俺の気持ちとしては、まだ何とも言える段階では無いな。

と言うのも、ユーティアとはそんなに話した事も無いので、どんな人柄なのかを良く知らない。

ユーティアとは、これから話す機会を多く作って行きたいと思う。


≪ユーティア視点≫

私は幼い頃より母に連れられて、社交界の場に主席していました。

子供の私にとって大人達の話は難しくて退屈な時間だったけれど、美味しいデザートを食べさせて貰えるのが楽しみでした。

そんな私だったですが、徐々に大人たちの話も理解出来るようになり、母が社交界の場で何を行っているのかも理解出来るようになって来ました。


「ユーティア、デボルイス伯爵の次男マルコルの事はどう思う?」

「うーん、デホルイス夫人は勤勉だとおっしゃっていましたけれど、遊び回っていると言う噂を聞きました!」

「そうよね。マルコルの事をもう少し聞いて回りましょう」

「はい!」

母も私に尋ねてくるようになり、今思えばこの頃から私に母の後を継がせようと教え込まれていたのだと思います。

私の母は貴族の縁談の仲介役を行っていて、社交界で必要な情報を集めているのです。

貴族の結婚相手の決定権は父親にあるのですが、情報を集めるのは主に母親の役目となっています、

母親が相手の所に直接赴いて聞くのは失礼に当たりますので、母の様な存在が必要になるのです。


そして私は数年前、母からその役目を受け継ぎました。

と言っても、その当時十歳になったばかりでしたから、母も一緒に手伝ってくれていました。

御婦人方とのやり取りは母と一緒に行い、未婚の女性を集めたお茶会は私だけで行いました。

話しはあまり得意な方ではありませんでしたが、お茶会においては積極的に話しかけて、相手の人となりを調べなくてはなりませんので頑張りました。

ですが、その他の場で話す必要が無くなったのは良かったと思えます。

母と私は、貴族のあらゆる情報を知っており、それを他人に話す事を母から禁じられました。

相談に来たご婦人には出来るだけ正確な情報を教えるようにはしていますが、直接的な表現は控えます。

例えば、女癖が悪い人だった場合は、「とても女性がお好きなようですね」と言う感じにします。

それを聞いたご婦人が、どの様に判断するかまでの責任は取れません。


この役目にも慣れて来た頃に、父から私自ら婚約者を選びなさいと言われました。

貴族の子女には、相手を選ぶ権利など殆どありません。

私も当然無いと思っていましたので、父から言われた時には困惑しました。

特に好きな男性もいませんし、父が選んでくれたお相手ならどなたでもいいと思っていました。

困惑したのは、どの相手を選べは良いのかと迷ってしまったからです。

頭の中に男性の顔と名前が浮かんでは消え、浮かんでは消えていきます。

人は誰しも、良い面と悪い面があると思います。

この役目をしていると、人の悪い面ばかりを見てしまう様になっていて、どうしても決めきれないでいました。

私はお茶会でお友達になり、今は私のメイドとして仕えてくれているエルミーヌに決めて貰う事にしました。


「お嬢様、本当に私がお決めになってもよろしいのでしょうか?」

「はい、この中からエルミーヌが私に合っていると思った方を選んでください」

「畏まりました」

エルミーヌはさんざん悩んだ結果、ハルミーク伯爵家の長男ヴァリオンを選んでくれました。

「ヴァリオン様は、以前お嬢様とお会いした際に、私に視線を向けずに、お嬢様だけを見ておられました」

「そうでしたのね」

「はい、紳士的な方だと思います」

「分かりました。お父様にお伝えして来ます」

エルミーヌの胸は大きく、どうしても男性達の視線を向けられてしまいます。

そのせいかエルミーヌは男性が苦手らしく、視線を向けられるのを非常に嫌がります。

そのエルミーヌが選んだ男性ですので、間違いは無いのでしょう。

父にお伝えすると、素直に了承してくださいました。

こうして、私の婚約者が無事に決まりました。

結婚は数年先の事ですので、生活が変わったりはしません。

時折、婚約者が会いに来てくださったりする程度です。


そんな時、私の心を揺るがせる人物が現れました…。

その人は妹ルリアの婚約者でエルレイと言う、とても優れた魔法使いです。

しかし、私の心を揺るがしたのは、エルレイの魔法ではありません。

エルレイの不思議な人柄に魅かれてしまったのです。

私が調べたエルレイは、とても真面目で大人しい性格の子供だと言う事でした。

しかし、実際にお会いした時の印象は違っていて、堂々とした振る舞いは父を彷彿とさせます。

本当にルリアより年下なのでしょうか?と疑ってしまいました。


自室に戻り、エルミーヌにも印象を聞いて見ました。

「かなり女性がお好きなのだと思いました。

視線も顔と胸に行っておりましたし…。

ですが、不思議な事に嫌な感じは致しませんでした」

「そう、エルミーヌがそう言うのは珍しい事ですね」

「はい、自分でも不思議に思うのですが、私の父を見ている様な感じでした」

「私もそう思いました」

エルミーヌも私と同じ印象を受けたみたいです。

エルレイの事が気になった私は、その後もエルレイについて調べて見ました。

魔法の実力は誰もが認める所ですが、いくら魔法が優れていたとしても、子供が戦争で活躍できるはずはありません。

敵の行動を考え、対策を練り、実行するには、子供の知識だけでは到底無理なはずです。

しかし、エルレイは戦争で活躍し戦果を上げました。

エルレイの婚約者になれたルリアの事が羨ましく思います。


エルレイの事を調べていると、悪い噂ばかり耳にします。

エルレイの活躍に対しての妬みや嫉妬が多いのですが、中にはエルレイを亡き者にしようと企んでいるという噂も耳にしました。

貴族の中では、邪魔な者を排除すると言う考えを持つ事は珍しくはありません。

実際に、父も邪魔者の排除はしておりますし、父が狙われる事も少なくありません。

ただ…その噂の中に、ルノフェノ兄さんの名前が出ていたのには驚かされました。

あくまでも噂ですし、ラノフェリア公爵家をおとしめる為に流されたものなのでしょう。

そう思っていたのですが、ルノフェノ兄さんの行動を調べていると、どうやら事実の様でした。

父に相談しようとも考えましたが、家族を疑うのは良い事でありませんし、母との約束を破ってしまう事に成ります。

幸いにも、ネレイト兄さんの結婚式で、エルレイに直接伝える機会を得る事が出来ました。

母との約束も大事ですが、ルリアの婚約者エルレイの命も大事です。

エルレイも無事に暗殺者の手から逃れられたようですし、安心しました。


「ふふふっ」

思いがけない事でエルレイに大きな借りを作る事が出来て、思わず笑みがこぼれてしまいました。

「ユーティアお嬢様、何か良い事でもあったのでしょうか?」

「はい、エルミーヌに相談があります。

ルリアの婚約者エルレイと結婚するためには、どうすればいいのか教えてください」

「えっ!?それは流石に難しいのでは無いでしょうか?」

エルミーヌは私の突然の相談に困惑気味に答えてくれました。


「お父様の説得なら問題ありません。

ハルミーク伯爵家に対して、どの様に説明すればいいのかが分かりませんので教えてください」

「そうですね…ラノフェリア公爵様がお許しになるのでしたら、ハルミーク伯爵家に対してもラノフェリア公爵様が手を打ってくださるのでは無いでしょうか?」

「そうなのですけれど、私からも何か提案しないと説得できない可能性もあります」

「それであれば、将来エルレイ様との間に生まれた子供を、ハルミーク伯爵家へ行かせると言うのはどうでしょうか?」

「それはいい考えです。

エルミーヌもエルレイの所に付いて来てくれますよね?」

「はい、私は生涯ユーティアお嬢様に付き添わせて頂きます」

「エルミーヌ、ありがとう」

エルミーヌに感謝し、父の説得に向かって行きました。

父は私の我儘に対して、少しも嫌な表情を見せずに承諾してくださいました。

これで後は、ルリアを説得するだけです。

私はエルミーヌと共に、ルリアの説得方法を考えていく事にしました。

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