第二百八話 カラヤン商会 その五

≪ハンネマン視点≫

「ぜーはー、ぜーはー…」

儂の呼吸は全力疾走した直後のように荒れ、体中から大量の汗がにじみ出しておった…。

女から発せられていた恐怖は無くなったが、目の前にその女が居ると言うだけで恐怖を感じ、直ぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。

誰しも、いつ食い殺されるか分からない巨大な肉食獣の目の前に、堂々と座っていることは不可能なはずだ。

儂は商売人として様々な場を切り抜けて来た自信があったのだが、今はその自信も木っ端みじんに砕け散ってしまっておる。


「さて…」

警備隊長が一言発しただけで儂はビクリとおびえ、体が再び震え出した…。

「もう一度聞くぞ。孤児達を攫う噂を聞いた事が無いか?」

警備隊長は鋭い視線で儂を睨み、先程と同じ事を聞いて来た!

ここまで来ると儂が攫っていたのだと確信している事が嫌でも理解できる。

しかし、それを儂が認めてしまえば、カラヤン商会は終わってしまう…。

その事は断じて避けねばならぬ!

もう一度、もう一度否定すればいいだけの事だ。

しかし、儂の口からその言葉が出て行かない。

口を開けようとするも、震えてまともに話す事が出来ないのだ。

警備隊長はそれを察してか、女に視線を動かし合図していた。

女を退出させてくれるのかと思ったのだが、そうはならなかった…。


「あたいの顔を覚えているさね?」

こんな恐ろしい女の顔は、一度見れば忘れる事など出来ないだろう。

儂は見た事が無い事を示すために、顔をブルブルと横に振って応えた。

「多くの孤児達を攫ったのだろうから、いちいち覚えているはずはないのは仕方ないさね。

あたいはこの街のスラム街で育ち、あんたに攫われてラウニスカ王国に売られて行った者さね」

「!?」

この女が、儂が売り飛ばした孤児だと言うのか!

主な取引先はラウニスカ王国に違いなく、そこから逃げ出して来たのか!

それならば、今回儂のカラヤン商会が狙われたのも当然であるな。

そして、言い逃れ出来ない事も確定し、儂の顔から血が引いて行った…。


「もう話をする必要はないだろう」

警備隊長は立ち上がり、外から部下を呼びつけ、脱力した儂を無理やり立たせて地下牢へと連れていかれた。

地下牢に放り込まれた儂はうずくまり、どうしてこんなことになったのかを考えておった。

あの女がいたからなのか?

いいや、それは違う!

ラウニスカ王国から逃げ出してきたとはいえ、女一人でどうにか出来る筈もない。

となれば、やはりスラム街を無くしたあの憎き領主のガキだろう。

儂から、店も、財産も、全て奪い取った!

呪い殺せるものならば呪い殺してやりたいほどだ!

儂は牢屋の中で延々と、領主に対する恨みを吐き続けて行った…。


≪トリステン視点≫

「ニーナ、よく我慢してくれた。ありがとう」

ニーナがハンネマンを前にして、あれほどの殺気を放つとは思っても見なかった。

ニーナには、脅す程度にして欲しいとお願いしていたのだが、俺は本当に殺すのではないか?と思ってしまうほどの殺気だった。

あの殺気を向けられて平然としてられるのは、余程戦いに慣れた者しかいまい。

横にいた俺でさえ、身震いしたほどだったからな…。


「良いって事さね。

確かにあたいは攫われてラウニスカ王国に売られて行き、そこで死の恐怖を味わったさね…。

でも、今こうしてトリステンと夫婦に成れたのも、その事があったからだと思う様になったさね。

恐らく、ロゼとリゼも同じ様に思っているのさね」

「そうか…」

俺はニーナを優しく抱きしめてやると、ニーナも抱きしめて来て俺に口づけして来た。


「おほんっ!勤務中にいちゃつっくのは止めて貰えませんかね?」

「むっ、す、すまん…」

ニーナを慌てて放すと、周囲にはニヤニヤとした表情で。俺とニーナを見守る部下達の姿があった…。

ニーナは恥ずかしかったのだろう、顔を真っ赤にさせて俺の後ろに隠れてしまった。


「さぁお前達、カロヤン商会の荷物の選別を行え!」

俺は恥ずかしさを誤魔化すために、部下に指示を与えたのだが、一向に行動に移そうとしない…。

疑問に思っていると、一人が理由を応えてくれた。

「それなら、執事達が行ってくれています!」

「なるほど…では、各街にあるカロヤン商会の支店の捜索を指示しろ」

「それも通達済です!」

「そ、そうか…緊急時に備え休憩しておけ!」

「はっ!」

部下達は喜び勇んで休憩に向かって行った…。

さて、俺はアドルフの所に行って、今後の打ち合わせを行わなくてはならないな。


「俺は出かけて来るから、ニーナも休んでいてくれ」

「了解さね…」

ニーナは誰もいない事を確認し、俺に口づけしてから休憩しに行ってくれた。

俺もニーナと夫婦に成れて、とても良かったと思っている。

しかし、ハンネマンにはきっちり罪を負わせなくてはならない!

俺は気持ちを引き締めて、アドルフの所に向かって行った。


≪エルレイ視点≫

石畳をある程度作り終え、ネレイトに頼まれた街道整備に着手した。

王都側から俺の領地までの距離はかなり遠いが、街道は一本道を作るだけなので、俺の領地の街道整備を行った時より楽なはずだ。

俺を手伝ってくれる作業員の数も多く集められていて、作業速度も以前に比べて早くなっている。

それと、俺の護衛として来ているのはソートマス王国軍の兵士達で、近寄って来る者達がいないのも作業速度を上げる要因となっていた。

ネレイトから依頼された街道整備だが、ソートマス王国側も関わっているのだと言う事が分かる。

まぁ、あの金額をラノフェリア公爵家だけで支払うのは大変だろうし、ラノフェリア公爵がソートマス王国にも負担させたと言う事だろう。

街道が完成すれば、その恩恵を一番受けるのはソートマス王国だから、負担して当然と言えばそうなのだけれど、戦争を終えた直後と言う事もあり、かなり渋ったのではないかと予想する。

ラノフェリア公爵が無理していなければいいと思いつつ、俺はロゼと作業員達と協力して街道を作って行った。


そんな街道整備だが、一週間に一度は作業員達の為の休みがある。

俺はその休みの日を利用し、午前中はロゼと追加の石畳を作り、午後はたまっている書類にサインをしていた。

そんな時、アドルフから孤児達を攫い、ラウニスカ王国や特定の貴族に対して販売していた者を捕らえたと教えられた。


「カラヤン商会のハンネマン?」

「はい、エルレイ様も一度お会いした事があると思われます」

あ~商人をリアネ城に呼んだ事があったが、貴族の名前もよく覚えていないのに、一度会っただけの商人とか覚えているはずもない。

そのカラヤン商会のハンネマンが、ロゼとリゼを攫いラウニスカ王国に売り飛ばした犯人だと言う事だ。

よし殺そう!

と言う気持ちが湧いて来るが…。

ロゼとリゼ、それからリリーが俺の傍にいてくれるのは、そう言う過去があったからであって、完全に恨む事は出来ないよな。

しかし他の子供達は、売られて行った先で不幸になっている事を思うと、許す事は出来ない!


「それで、この者に対して、どの様な処罰を下せばいいのだ?」

「はい、ソートマス王国では人身売買を禁止しており、極刑が望ましいかと思われます」

「そうか、カラヤン商会も潰すのか?」

「はい、支店も関わっておりましたので、全て潰すのがよろしいかと」

「分かった。二度と同じ事を行う者が出ない様に、徹底的に行ってくれ!」

「承知しました」

犯罪者に処罰を下すのは、領主としての務めだ。

命を奪う事に対して思う所が無いとは言わないが、戦争でより多くの敵を殺して来たのだから今更だな。

犯罪者の事より、被害者をこれ以上出さないようにする事の方が重要だ。

他の街にもスラム街があって、孤児達がいるようであれば何とか対処していきたい所だな。

今は俺にも仕事があり、孤児院の方も大変そうにしているから、もう少し余裕が出来てからになると思うが、出来る限り早く対処できるようにしなくてはいけない。


それから数日後、カラヤン商会のハンネマンを処罰したとの知らせを受けた。

リアネの街には、カラヤン商会が行ってきた悪行を記した立て看板が置かれ、俺の領地からはカラヤン商会の名前が無くなった。

俺はこれからも、皆が安心して暮らしていけると思えるような領地経営を行うと心に決めた!

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