第二百七話 カラヤン商会 その四
≪ハンネマン視点≫
儂と妻を乗せた馬車は、街の門へとやって来た。
しかし、街から出る馬車の列がなかなか進まず、長い列になっていた…。
「おい、どうなっているんだ?」
「あの…旦那様が門を出て行く馬車を調べる様にと依頼したからではないかと…」
「そうだったな…」
従業員を門に走らせ、警備兵に出て行く馬車を調べる様にと頼んでいたのを忘れておった。
それならば仕方がない。
馬車を降りて、儂と妻だけ先に出ようかとも考えたが、儂が歩いて出て行くのを不審がられてる可能性もある。
門を守る警備兵達とは顔見知りで、儂が一度たりとも歩いて外に出た事が無い事を知っておるからの…。
少しでも危険を避けるために、ここはじっと我慢するしかない。
それに、まだ儂を捕まえる気は無いのだと考えられるしの。
今は盗んだ帳簿を必死に調べておる所で、儂を捕まえる証拠を見つけておらぬはずだ。
儂がリアネ城に行った際に捕まえられる事にはならなかったからの。
領主が盗んだ可能性が高くはなったが、確定している訳ではない。
もしかすれば、儂の勘違いと言う線もある。
そんな楽観視していい状況では無いが、今は大人しくしている他ない。
馬車は少しずつ進み、後五台ほどで儂の馬車の順番になると言う所で、その時門の方が騒がしくなっていた。
「おい、何があっているのか見てこい!」
御者台に座っている従業員に騒ぎを見に行かせた。
暫くすると、慌てた様子で従業員が走って戻って来た!
「旦那様!荷物です!お店から盗んだと思われる荷物が、一番前の幌馬車に積み込んでありました!」
「なに!?」
儂は馬車から飛び出し、先頭の幌馬車まで駆け寄った!
「俺は頼まれただけで、本当に何も知らねーんだよ!」
「話はあとでゆっくり聞く!これは盗まれた荷物である可能性が非常に高い!よって、貴様を拘束する!」
「ま、待ってくれ!俺は本当に頼まれただけなんだー!」
儂が走り着いた時には、警備兵が幌馬車の御者を捕らえている所だった。
そこで儂は警備兵に駆け寄り、幌馬車の荷物を確認させて貰いたいと申し込んだ。
「おぉ!儂の店の商品だ!」
「それは良かった!ですが、今直ぐにお渡しする事は出来かねます。
これより警備隊の宿舎まで運び、そこで確認作業をさせて頂きます。
ハンネマンさんもご同行願えれば、確認作業が終わり次第お渡しする事が出来ます」
「し、しかし…」
これは領主の罠なのか?
このまま警備兵について行けば、捕まってしまうのではないだろうか?
だが、商品が見つかったのに着いて行かないと言うのは、不自然で怪しまれる。
しかし、従業員を儂の代わりに行かせれば問題無いはずだろう。
「この者を…」
儂が警備兵に声を掛けようとした所に、別の警備兵が駆け寄って来て耳打ちをしていた。
「ハンネマンさん、南の門でも別の幌馬車に積み込んだ荷物が見つかったそうです!」
「お、おぉ、それはありがたい!」
儂の考え違いか?
盗みを働いた者は領主では無く、ただの盗賊なのか?
どちらにしても、従業員を向かわせた方が安全だろう。
「この者を、儂の代理として向かわせます」
「それは構いませんが、店の責任者のハンネマンさん以外の者では盗品の返還は出来ません」
「そ、そうですな…」
儂が受け取りに行かねば商品を渡さないと言うのは理解出来る。
商品が返ってこない事には商売にならず、儂が受け取りに行かないと言う選択肢は無いに等しい…。
「分かりました、同行します」
「それは良かった。確認作業を急がせるよう通達しておきます」
「はい、お気遣い感謝します」
儂は妻を先に家に帰らせ、警備隊の宿舎の所に向かって行く事となった。
不安は拭えぬが、何とかなる、いや、何とかするしかない!
そう自分に言い聞かせながら、馬車の中で気持を落ち着かせていった…。
警備隊の宿舎に着くと、そこには五台の幌馬車が並べられていて、警備兵達が荷物の確認作業をしているみたいだった。
儂もそこに行き、荷物の確認をおこなっていった…。
「儂の店から盗まれた物に間違いありません!」
「そうか、戻って来て良かったな」
「はい、ありがとうございます!」
荷物が多すぎて、全てを確認出来た訳では無いが、間違いなく儂の店から盗まれた商品に違いなかった。
一時はどうなる事かと思ったが、商品も無事返して貰える上に、儂も疑われてはおらぬようだ。
「では、中で書類にサインをお願いします」
儂は警備兵の案内で宿舎の中に入って行き、とある部屋のソファーに座るよう言われた。
「警備隊長が書類を持って来ますので、少々お待ちください」
儂がソファーに座ってから暫くすると、警備隊長と思われる男性と女性の警備兵が入って来て儂の前のソファーに腰掛けた。
「お初にお目にかかる、私は警備隊長のトリステンだ」
「私はカラヤン商会の会頭ハンネマンと申すものです」
「今回は大変な目に遭ったな」
「いえいえ、皆様のおかげで無事に商品が戻って来ました。ありがとうございました」
儂がお礼を言いうと、警備隊長は申し訳なさそうにしながら言葉を続けてくれた。
「幌馬車の御者は、他の者から街の外に出すようにと頼まれただけで、犯人では無かった。
故に、また盗まれる可能性が無いとも言えないから、注意しておいてくれ」
「はい、分かりました」
儂は領主が犯人だと予想しておったが、領主なら街の外に運ぶ必要は全く無いはずだ。
どうやら儂の思い違いだったと言う事だろう。
「さて、受け渡しの書類にサインして貰うのだが、その前に一つだけ聞きたい事がある」
「はい、何でございましょうか?」
警備隊長は姿勢を正し、獲物を狙い定めるかのような恐ろしい視線を儂に向けて来た。
儂はその視線に一瞬気圧されそうになるが、何とか堪える事が出来た。
これでも儂は長年商売をやっており、人とのやり取りを幾度となく繰り返して来た。
威圧的な態度で脅して来る者も少なくない。
他の者なら委縮してしまい、必要以上の情報を漏らす事になるのだろうが、儂にはその手は効かぬぞ。
気を強く持ち、警備隊長の質問を待つ事にした。
「商人は様々な噂を耳にする事もあるだろう。
この街で、孤児を攫う者がいると言う噂を耳にした事は無いか?」
質問を聞き、一瞬心臓の鼓動が早まったが、身構えていたため平静を保つ事が出来た。
やはり、今回儂の店が狙われたのは偶然では無く、かなり確信して狙ったのだろうと言う事が分かった。
しかし、なぜ警備隊長がその質問をしてきた?
警備隊長も領主に協力して儂の店を襲っていた?
かなり不味い状況だ!
しかし儂は、しらを切り通せる自信がある!
心を落ち着かせ、冷静に、一つ一つ、言葉を選びつつ応答した。
「いいえ、その様な噂は耳にした事など御座いませんな」
「そうか?カラヤン商会の会頭が耳にした事が無いと言うのであれば、噂は嘘だと言う事になりそうだな」
「はい、そう思われます」
「では、この書類にサインをしてくれ」
「はい」
警備隊長は儂から視線を外し、受け渡しの書類を儂の前に差し出して来た。
ふぅ、何とかやり過ごせたと安堵し、ペンを握り書類にサインをしようとした…。
「どうした?手が震えているぞ?」
「………」
儂の手が震えてサインが出来ぬ。
いいや、震えているのは手だけではなく、体全体が震えていて、背筋には冷や汗も流れて来ておる…。
今儂を覆っている感情は恐怖!
それもただの恐怖では無い!
何か得体のしれぬ巨大な肉食獣に睨まれておって、少しでも動くと食い殺されると言う恐怖だ…。
儂は頭を上げてその正体を見ようとしたが首が固まったように動かず、視線だけゆっくりと上げた…。
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
儂を食い殺そうと視線を向けていたのは、警備隊長の横に座っていた女だ!
儂はその視線の恐怖に耐えかね、必死に逃げ出そうと体をそらした!
儂の体はソファーに阻まれて逃げ出す事が出来ず、膝を上げて丸くなって身を守るような姿勢をとった。
「ニーナ、それくらいにしておけ」
「分かったのさね…」
警備隊長が女に声を掛けると、今まで儂を覆っていた恐怖が一気に無くなって行った。
しかし、一度覚えた恐怖は中々拭えず、儂は暫くソファーで縮まって震えていた…。
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