第二百六話 カラヤン商会 その三

≪ハンネマン視点≫

儂を乗せた馬車はリアネ城の裏門へとやって来た。

「今日はやけに早いな。どうかしたのか?」

「はい、今日の納入が遅れる事態となってしまい、事情を説明に参った次第です」

「分かった。入っていいぞ」

門を開けて貰い、馬車事中に入って行った。

そして、中で待っていたリアネ城の執事に、納入予定の商品が盗難にあった事を伝えた。


「それは大変でございましたね」

「はい、出来る限り急いで取り寄せて納入させて頂きます」

「分かりました。特に急ぎの品物はございませんので、揃い次第納入して頂ければ構いません」

「ありがとうございます!」

ふぅ、理解が良くて大助かりした…。

アイロス王国時代であれば、いかなる理由であろうと納入が遅れれば、暫く取引を止められる所だった。

そうならずに済んで、ほっと一息吐けた…。

しかし、許されるのも一度だけだと思っておいた方が良さそうだ。

一刻でも早く商品を納入し、信頼を得なくてはな!


「所で、お店の商品を全て盗まれたとの事でしたが、誰か気付いた者はいなかったのですか?」

「はい、恐らくは…」

儂も気が動転していて、そこには気付かなかった…。

あれだけの商品を盗み出したのだから、物音に気付いて起きた者がいたはずだ!

いや待てよ…。

従業員の誰かが手引きした?

地下の存在を知っている者は限られておる。

しかし、鍵はどうした?

ええい、情報が足りな過ぎて考えが纏らん!


「こちらでも警備隊を使い、犯人を捕らえられるよう努力いたします。

ですので、何か情報が分かりましたら警備隊の方に知らせて下さると、犯人の確保につながりやすくなると思われます。

アリクレット侯爵様の治める領土での犯罪は、決して見逃す訳には参りませんので、ご協力よろしくお願いします」

「はい、ありがとうございます。

それではこれにて失礼させて頂きます」

儂は馬車に乗り込み、リアネ城を後にした…。

まさか、積極的に協力してくれるとは思っても見なかった…。

あの言葉が単なる社交辞令では無い事は、これまでも経緯を見ておれば分かる。

実際、領主が変わってから犯罪が減って来ておるのは、来客達の話を聞いておれば分かる。

それと忌々しい事に、儂の収入源の一つであったスラム街を無くし、孤児達を回収されてしまったのは記憶に新しい。

元の住人に、金を払って嫌がらせを行わせたが、全員捕らえられてしまった。

街の住人からは、スラム街が綺麗になり危険が無くなって過ごしやすくなったと評判はいい。

犯罪は見逃さないと言う言葉に嘘が無ければ、儂の財産も取り戻してくれるに違いない。

多少は気持ちも落ち着き、冷静に考えられるようになって来た。

そうだ、商売において危機的な状況を幾度となく乗り越えて来たではないか!

暫くは厳しい状況が続くだろうが、儂ならばうまく乗り越えられるはずだ!

儂は揺れる馬車の中で、状況を整理して行った…。


「旦那様、到着致しました」

思考に没頭し過ぎて、暫く御者の声に気が付かなかった。

周囲を見ると、儂の愛人ベティアの家の前である事が分かり、儂は馬車を降りてベティアの家に向かって行った。


「あら、こんな朝早くからだなんて珍しい~」

「今日は、そっちの要件では無い」

「あら、残念だわ~」

ベティアの家に入ると、儂が訪れるまで寝ていたのが、ベティアは寝間着のまま儂に寄り添って来た。

儂はベティアを払いのけ、そのまま寝室へと入って行った。


「昨日誰かここに来た者はいるか?」

「あら、私が浮気したと疑っているの~?私は貴方一筋なのよ~」

「それは分かっておる!そうでは無く、侵入者が来たかと聞いておる!」

「え?盗賊出も来たと言うのかしら~?

そうね~、貴方に買って貰った高価な物は多いけれど、盗まれている様子はないみたいよ~」

ベティアは頬に手を当てて周囲を見渡し、自分の物が無くなっていないか確認しておった。

この女は自分を着飾る物に対しての執着心が強く、それ以外には興味を示さぬ。

物さえ与えて置けば口も堅く、他の男になびく様な事も無いので安心出来るのだがな。


「地下を確認するので手伝え!」

「はいはい」

儂とベティアは、小さな車輪の付いておるベッドを動かし、地下室へとつながる床板を外して行った。

「お前は誰も家に入れない様に、上で待っていろ」

「はいはい、誰も来る事は無いのだけれどね~」

ベティアは儂に手を振りながら寝室から出て行った。

儂は灯りを点けて、地下へと降りて行った。

地下の扉が施錠されているのを確認し、鍵を開けて中に入って行った。

荒らされたような形跡は見られなかったが、帳簿だけが無くなっていた…。


「儂が完全に狙われていた!」

この場所を知っている者は、儂とベティアとエーレンツしかおらぬ。

ベティアの態度から考えるに、ベティアが情報を漏らしたとは考えにくい。

となれば、エーレンツか!?

エーレンツが裏切ったと言う事であれば、ここから帳簿が無くなった事も、儂の店から盗まれた事も説明がつく!

儂は地下室から即座に上がり、床板をはめてベッドを移動させた。


「ベティア、念の為に確認するが、昨夜は本当に誰も来なかったのだな?」

「その通りよ~。私は朝までぐっすり眠っていたし、誰かが部屋に入って来れば気が付くわよ~」

「儂がこの前来た後に、他の誰かが来た事もないか?」

「ないわよ~。もう何なのよ~」

「後で事情は説明する。今は急いでおるからな」

「そうなの?次来る時はお土産をお願いね~」

物を要求して来るベティアと別れ、儂は馬車に乗り込み店へと急がせた。

儂が前回ベティアの所を訪れたのは三日前。

それ以降に、帳簿が盗まれた事になる。

そして今日、儂の店からも盗まれた。

両方の帳簿を照らし合わせれば、お金の流れは分かるが、それが孤児を売ったお金だとは気づくまい。

いいや、それが分かっていたからこそ、両方狙われたと考えるのが自然だ。

とにかく、エーレンツの裏切りを確認し、状況次第では逃げ出す必要もある!

今直ぐ逃げ出した方がいいような予感がする…。

よし、店に戻り次第エーレンツを問い詰め、その後に商品の納入を急がせると言う理由で、息子達の支店を転々として情報を集め、最終的にこの国を出て行くか考えるとしよう。


店に着いた儂は、エーレンツを捕まえ儂の部屋に引き連れて来た。

「旦那様、まだ何かございましたか?」

エーレンツはこれ以上何があったのかと、心配そうな表情をしておる。

しかし、儂の目は誤魔化されんぞ。

エーレンツが裏切った可能性が非常に高いのは、状況が証明しておる!

儂は順序だてて、エーレンツに裏切りの証拠を突き付けてやった。


「旦那様!私は裏切ってなどおりません!信じてください!」

「儂の目を真っすぐ見ろ!」

「はい、これまで私に目を掛けて下さった恩を仇で返す様な真似は致しません!」

エーレンツは、真っすぐ儂の目を見て言った…。

「…本当に裏切っていないのだな?」

「勿論です!」

儂にはエーレンツが嘘を言っている様には思えなかった。


「そうか…お前が裏切っていないのなら、何処から情報が漏れたと考える?」

「そうですね…従業員から漏れたと言う線は限りなく低いと考えます。

ベティア様の家の件に関しましては、旦那様を尾行していれば分かる事かと…」

「そうだな。しかし、地下室の事までは分かるまい?」

「はい、その点は疑問ですが、私達の知らぬ魔法を使われたと言う線を考えられませんか?」

「魔法だと?」

「はい、昨夜盗賊が侵入した事は誰一人として気付いておりません。

それどころか、周囲にも聞いて見たのですが、怪しい者や馬車を見た者すらいませんでした」

「これだけの量を持ち去ったのだから、馬車を使わず運び出せる物ではないな」

「ですが、スラム街での出来事を思い出して下さい。

領主様は何もない場所から家を取り出して建てておりました」

「なっ!まさか、領主が魔法を使って儂の店の商品を盗んで行ったと言うのか!?」

「はい、その可能性が高いかと考えます…」

たった一日で、スラム街を普通以上の街に変えた魔法使いは、街中の噂になっているほどだ。

それを行ったのが領主だと知る者は少ない。

今はそんな事より、領主に儂が人身売買を行っていた事が露見している事こそが重大だ。

儂が捕まるのは時間の問題だろう!

「であるならば、直ぐに逃げ出さねば!」

「はい、お急ぎください!」

「分かった。エーレンツにこの店の事を任せ、儂は息子達の支店に向かい、その後で指示を与える!」

儂は最低限の荷物と、店の状況を見て混乱している妻を連れて馬車に乗り込み、街の外へと馬車を急がせた!

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