第二百五話 カラヤン商会 その二
あたい達がカラヤン商会に到着した頃には、アドルフの部下達がカラヤン商会から様々な物を幌馬車に積み込んでいる最中だったのさね。
アドルフは御者台から降りて部下に近づき、状況を確認していたのさね。
あたいはカラヤン商会の中には入らず、周囲の警戒をする事にしたのさね。
今あたいがカラヤン商会の中に入り、あたい達を攫って売り飛ばした奴の顔を見たら、間違いなく殺してしまうと思うのさね。
だから、あえて中に入らない事を選んだのさね…。
周囲の気配を探ると、アドルフ達以外の動いている気配を感じないのさね…。
幾ら夜中とは言え、この人数の人が動いていれば周囲の者達が気付きそうな気がするのさね。
考えられるのは、あたい達が侵入した時のように、周囲にある全ての家の住人を眠らせたと言う事なのさね?
見つかる危険を考えれば、その方が良いと思うのさね。
積み込みは終わったみたいなので、あたいは幌馬車の御者台に乗り込んだのさね。
幌馬車は何事も無く無事に、元の屋敷まで戻る事が出来たのさね。
「ニーナさん、お付き合いいただき誠にありがとうございました。
このお礼は、後日させて頂きたいと思います」
「気にしなくていいのさね。あたいは犯人が捕まればそれだけでいいのさね」
「はい、必ず捕らえるとお約束いたします」
アドルフはあたいに挨拶すると、部下達の元に行って幌馬車に積み込んだ荷物を屋敷の中に移す作業に取り掛かっていたのさね。
あたいが手伝うと邪魔になるだけだし、先に帰らせて貰う事にしたのさね。
「ニーナ!」
リアネ城の近くにある宿舎に帰り着くと、表で待ってくれていたトリステンが駆け寄って来てくれたのさね。
今まで誰かに、あたいの帰りを待っていて貰った事など無かったから、とても、とても、嬉しいのさね!
しかも、夜中に寝ないで起きて待っていてくれた事も嬉しいのさね!
あたいは駆け寄って来るトリステンに胸に飛び込み、嬉しさを伝えようと強く抱きしめたのさね。
「トリステン、ただいまさね」
「ニーナ、お帰り。怪我はしなかったか?」
「大丈夫さね」
トリステンがあたいの事を心配していてくれた事も嬉しくて、思わず涙がこぼれてしまったのさね。
あたいはトリステンの胸に顔を埋めて、これ以上心配させないように涙を隠したのさね…。
「疲れただろう?少しでも寝よう」
「そうするさね」
宿舎の部屋に入り、トリステンと一緒に短い眠りについたのさね…。
≪ハンネマン視点≫
「旦那様!旦那様!緊急事態です!」
「うるさいのぉ~」
朝早くから、住み込みで働いているエーレンツに叩き起こされた…。
儂は朝が苦手だと知っておろうに…まったく使えない奴だ。
儂はベッドからのそのそと這いずり出て、大きくな欠伸をした…。
「旦那様!そんな悠長に欠伸などしている場合ではありません!」
「一体どうしたと言うのだ。欠伸くらいゆっくりさせろ!」
儂の気分は最悪だ。
それは表情にも表れておるだろうし、もう少し相手に対しての気遣いが出来ぬと、客相手に良い商売は出来ぬと何時も言いつけておるだろう!
まったく、いつまで経ってもエーレンツは学ぶ事をしない!
エーレンツには期待しておったのだが、儂の見込み違いであったと言う事だな…。
「旦那様!とにかく店に下りて見てください!」
「着替えくらいさせろ!」
「いいえ、そんなのは後で良いですので!」
エーレンツは儂の腕を掴み、強引に寝室から連れ出し、階段を降りて店まで連れて来られた…。
「なんだこれはっ!?」
店の中はがらんとしていて、商品全てが無くなっており、他の従業員達もその状況を呆然と見ていた…。
一瞬頭の中が真っ白になってしまったが、直ぐに立ち直り、従業員達に指示を出そうとしたが、儂が見に行った方が早いと思い行動に移った。
儂が最初に向かったのは裏にある倉庫で、鍵はしっかりと施錠されておった。
「エーレンツ、鍵を開けろ!」
「はい、只今!」
エーレンツに鍵を持って来させ、急いで開けて中を確認した…。
「ここもか…」
儂は目の前が真っ暗になり、倒れそうになった…。
「旦那様!しっかりしてください!商品はまた買いそろえばいいのです!」
エーレンツが倒れそうな儂を支え、元気づけてくれた。
「そうだな…はっ!エーレンツ、地下は確認したか!?」
「いいえ、まだです。地下の鍵は旦那様しか持っておりませんので…」
「そうだな。急いで取りに戻って確認しなくては!」
儂はエーレンツの肩を借りて寝室に戻り、幸せそうな表情で寝ている妻を恨めしく横目で見ながら、儂は地下の鍵を棚の引き出しの二重底の下から取り出した。
急いで一階に下り、儂の部屋の扉の鍵を開けて中に入り、エーレンツと一緒に奥の本棚を横にずらして、地下への階段を駆け降りた。
地下の扉の鍵は施錠された状態だが、倉庫の件もあるので安心は出来ぬ。
儂は祈る気持ちで鍵を開け、壁に掛けてあるランプに火を灯した…。
今度こそ、儂は力なく前に倒れ込んで両手を床に付けた…。
「こんな事が…」
エーレンツの声も震えておる。
何もかも、綺麗さっぱり持ち去られておる…。
儂の一生をかけて集めた財産が、一晩で消え去ってしまうとは…。
これは何かの悪い夢なのかと思うてしまう。
儂はまだベッドで寝ていて、悪夢にうなされておるに違いない!と…。
しかし、いつまで経っても悪夢から覚める事は無く、これが現実だと儂の荒い呼吸が言っておる…。
儂は何とか気力を絞って立ち上がり、フラフラとした足取りで、地下室の奥にある隠し扉の前へとやって来た…。
「まだ…まだだ…ここが無事であれば、儂はまだ終わってなどいない…」
隠し扉の奥には、カラヤン商会の裏の帳簿が隠されている。
それさえ無事であれば、まだやり直せるはずだ…。
金は失ったが、支店から徴収すればどうとでもなる。
儂は壁のレンガを一つ外し、その奥にある鍵穴に鍵を指して回した…。
ガチャリ。
鍵が回る重い音が地下室に響くと、次はギギギと重い扉がこちらに向けて開いて来た…。
儂は最後の希望を持って、隠し扉の奥へと踏み込んだ…。
「無い…何も無い…」
どこのどいつが盗んで行ったのかは分からぬが、あれが表に出れば儂が…いいや、カラヤン商会が代々行って来た悪事が表にさらけ出される事になるだろう。
保険として、対となる帳簿は別の場所に隠してあり、それと照合しなくては分からないように工夫はしておるが、時間をかけげ調べれば分かる程度となっておる。
「終わった…」
「旦那様!しっかりしてください!
これだけの荷物を街の外に運び出すのは簡単ではありません!
この時間なら街の門はまだ開いておりません!
警備兵に頼んで、街から出る荷物の確認をして貰いましょう!」
エーレンツが儂に駆け寄って来て、体を揺さぶって来ておる。
儂はなすがままになっておったが、エーレンツの言う事も徐々に頭に入って来た…。
そうか…。
儂の全財産を簡単に街の外に持ち出せるはずも、どこかに保管しておくことも出来ぬはず!
「エーレンツ!急ぎ従業員達を北と南の門に向かわせろ!」
「はい、直ちに!」
儂はエーレンツの後を追い、一階へと上がって行った。
「グスト!グストはおらぬか!」
儂は従業員のグストを呼びつけ、今日の納入予定を確認した…。
「この商品はフレデリック商会から買い付けろ、金は後日用意すると言っておけ。
それから…」
儂はグストに、他の商会から商品を買って納入するよう指示を出した。
「旦那様?他の商会に納入して貰った方が安く済むのでは?」
「馬鹿者!そんな事をすれば客を取られてしまうだろうが!」
「あっ、す、すみません!」
「分かったのならさっさと行動しろ!」
「は、はい!」
まったく、商売の事を何も知らぬ愚か者め。
ため息を吐きたい所だがそんな余裕はない。
儂はこれからリアネ城へと
儂の所でしか取り扱っておらぬ商品ばかりであり、支店から送られて来るのを待たねばならぬ。
儂の落ち度では無く、盗まれた事を説明すれば納得してくれるはずだ。
あわよくば、盗品の捜索に協力してくれぬやもしれぬ。
儂は馬車を用意させている間に着替えを済ませ、ようやく起きて来た妻には出掛けるとだけ伝えて店を出た。
妻に状況を説明をする暇はない。
リアネ城に行った後は、愛人の所にある地下も調べて見なくてはならない。
妻には悪いと思いつつ、リアネ城に向け馬車を急がせた!
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