第二百四話 カラヤン商会 その一

あたいが貴族街にある指定された屋敷へと到着すると、あたいと同じ格好をした二十人ほどの人達が、五台の幌馬車周りに集まっていたのさね。

「待たせたのさね」

「ニーナさん、良く来てくださいました」

アドルフが顔を覆っている布を下げて顔を見せてくれたので、あたいも同じ様に顔を見せて挨拶を交わしたのさね。

「そろいましたので出立しましょう。ニーナさんは私の隣に座って下さい」

「分かったのさね」

あたいとアドルフは一番前の幌馬車の御者台に座り、アドルフが手綱を持って馬車を走らせたのさね。

幌馬車の車輪からも、馬の蹄からも不気味なほどに音がしないのさね。

あたいは気になってアドルフに聞いて見ると、車輪と蹄に布を巻いて音が出ない様にしてると言う事だったのさね。

速度が出せないみたいだけれど、静まり返った夜中で馬車の音が響き渡らないのは良い事なのさね。

幌馬車は街へと進み、あたいが乗った幌馬車はカラヤン商会とは別の方向に進んで行っているのさね…。


「アドルフ、この幌馬車だけ違う方向に行っているのさね?」

「はい、残りの四台はカラヤン商会へと向かい、私達は別の場所に向かっています。

後で合流しますので、ご心配なさらず」

「了解さね」

あたいはトリステンから、アドルフの手伝いをしろと言われているから従うだけさね…。

アドルフは幌馬車を住宅地区へと進め、とある家の前で馬車を止めたのさね。


「ニーナさん、下りて周囲の警戒をお願いします」

あたいは無言で頷き、御者台から飛び降りて周囲の警戒を行ったのさね。

周りの家からも、誰かが起きているような気配も視線も感じないのさね。

あたいは無言でアドルフに合図を送ると、アドルフとその部下三名が幌馬車から降りて来たのさね。

アドルフは家の玄関へと近づき、玄関の鍵を短時間で開けたのさね。

これには、あたいも驚いたのさね。

アドルフの部下が何かに火を点けた後、玄関の扉を開けて中にそれを放り投げて扉を閉めたのさね。

後から聞いた話だけれど、火を点けた物が出す煙を吸うと、深い眠りにつくそうなのさね。

この家に住む者が起きて来ないようにする為の物なのさね。

あたいが暗殺者をやってた頃に、この様な物があれば楽が出来たのにと…思ってしまったのさね。

それから暫く待った後、アドルフの合図であたい達は家の中に入って行ったのさね。

家の中の煙は消えていて、あたい達が吸っても眠ったりはしないそうさね。

あたいは注意を払いながら、人の気配がある部屋を覗いたのさね…。


部屋の中には大きめのベッドが一つ置いてあるだけで、他には何も無い寂しい部屋だったのさね。

そのベッドの中で、一人の女性が気持ちよさそうに寝ていたのさね。

他に人の気配は無い事をアドルフに伝えると、アドルフは部下に指示を出して女性が寝ているベッドを抱え上げて、手前の方に移動させたのさね。

最初は女性をそのまま攫って行くかと思ったのだけれど、違っていたのさね。

アドルフは、ベッドが置かれていた場所の床板をしゃがんで調べ始め、一枚の床板を簡単に外すと、次々と床板を外して行ったのさね。

床板を外した後には地下へと続く階段が現れ、アドルフが灯りを点して、あたい達は慎重に階段を降りて行ったのさね。

階段を一番下まで降りて行くと、目の前に鉄の扉が現れたのさね。

アドルフは玄関の扉を開けた時と同じように、鉄の扉の鍵を簡単に開けてしまったのさね…。


「執事は、泥棒のような真似もする事があるのさね?」

「いいえ、これは緊急時に屋敷の鍵を開ける為に覚えた技術でして、使ったのはこれが初めての事です。

それに、複雑な鍵は開ける事が出来ません」

アドルフの表情は布に隠れていて見えないけれど、声からは笑っているように感じられたのさね。

アドルフは泥棒の様な行為に、少し興奮しているのかも知れないのさね…。

あたいは今以上に気持ちを引き締めて、アドルフが開いた鉄の扉から中の様子を見たのさね…。


真っ暗な室内は、アドルフが持つ灯りに照らされて、はっきりと見えたのさね!

ドクンッ!

あたいの心臓が鼓動を増し、頭に血が上って行くのを感じたのさね!

冷静にしていないといけないと思いつつも、感情を抑える事は出来なかったのさね!

「ここは…あたいらが捕まった後…連れて来られた場所さね…」

「やはりそうでしたか…」

今でもはっきり覚えているのさね。

ロゼとリゼ、他の仲間と一緒にここに連れて来られて、数日間過ごした日々の事を…。


あたい達がここに連れて来られた時は、とても幸せだったのさね。

体を布で綺麗に拭いて貰い、服も新しい物に着替えさせて貰ったのさね。

食事もお腹いっぱいになるまで食べさせて貰い、あたい達は食事を与えてくれる優しい人に感謝したのさね。

そして、あたい達が元気になると、優しい人は更に美味しい物が食べられる場所に連れて行ってくれると言ってくれたのさね。

あたい達はそれを疑う事もせず、用意された幌馬車に乗り込んだのさね。

幌馬車は何日もかけて移動を続け、その間の食事も、あたい達が満足するまで食べさせてくれたのさね。

そうして連れられて行かれたのはラウニスカ王国で、あたい達はラウニスカ王国に売り飛ばされたのさね…。


ラウニスカ王国での日々は、恐怖の一言に尽きるのさね。

あたい達の他にも多くの子供達が連れられて来ていて、毎日毎日椅子に体を固定させられて、大人の手で頭を掴まれると頭が割れるような激痛が走り、このまま死ぬんじゃないかと何度も思ったのさね…。

実際に激痛に耐え切れなかった子供達は、次々と死んでいったのさね…。

明日はあたいも死ぬのかと恐怖に怯えていたのだけれど、唯一の救いはロゼとリゼが一緒に居てくれた事さね。

三人で支え合い、夜には一緒に寝て、明日も生き抜こうと誓い合ったのさね。

その心の支えがあったからなのか、あたいとロゼとリゼは生き残る事が出来たのさね。

頭に激痛を与えられる事が終わると、次は厳しい訓練が待ち構えていたのさね…。

頭に激痛を与えるのは、能力を植え付ける事だったらしく、今度は能力を使いこなせるようになるための訓練なのさね。

数少なくなった子供達は、その訓練に耐え切れずに死んでいく者もいたのさね…。

最終的に残ったのは、あたいとロゼとリゼの三人しかいなかったのさね。

そこでロゼとリゼとは別れることになってしまったのだけれど、生きて再び出会う事が出来て本当に良かったと思うのさね…。

今までの出来事が頭を巡り、思わず涙を流してしまったのさね。

でも、布を顔に巻いているから、アドルフには気付かれてはいないと思うのさね…。


鉄の扉からな部屋の中に入り、捕らわれている子供達がいないか探したのさね…。

子供達が捕らえられている場所は、この部屋の奥にある扉を抜けた先にあるのさね。

あたいは扉を開けて、その奥にある通路沿いに幾つもある扉をひとつづつ開けて行ったのさね…。

「ふぅ~」

あたいがスラム街で子供達を守ったからなのか、捕らえられている子供は一人もいなかったのさね。

通路から部屋に戻ると、アドルフ達が部屋の中を物色している最中だったのさね。

あたいは邪魔をしない様にしながら、その様子を眺めていたのさね…。


「ありました!」

アドルフの部下が分厚い帳面を見つけてアドルフに渡し、アドルフは内容を確認していたのさね。

あたいも覗いて見たのだけれど、何を書いてあるのかさっぱりわからなかったのさね。

「この帳面だけでは、全容は分からなくなっています。

恐らく、カラヤン商会の方に対となる帳面があるはずです」

「あたい達も、カラヤン商会に向かうのさね?」

「はい、急ぎましょう!」

あたい達は部屋を出て階段を上がり、床板を元に戻してから、ベッドを元の位置に戻したのさね。

ベッドで寝ている女性は全く起きる気配がなく、朝起きた時も、あたい達が侵入した事にすら気が付かないと思うのさね。


あたい達は家を出て扉を施錠し、幌馬車に乗り込んでカラヤン商会に向かって行ったのさね。

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