第二百三話 犯人捜し その二

≪トリステン視点≫

捕らえたやつらの護送を終えても、ニーナからの連絡が来ない…。

まさか、不測の事態が起こったのかと不安な気持ちになる。

追跡の邪魔をしては悪いと思い、こちらからの連絡は控えていたが、そろそろ連絡した方が良いのかも知れない…。


『トリステン、怪しい男が戻って行った場所を突き止めたのさね!』

丁度その時、ニーナからの念話が届き、ふぅ~と大きく息を吐いて安堵した。

『遅かったが、襲われたりしたのか?』

『そんな事はされて無いのさね。怪しい男が大きく回り道をしただけさね』

『なるほど、当りかも知れないな。それでニーナ、それは何処なんだ?』

『大きなお店で、看板にはカラヤン商会と書かれているのさね』

『カラヤン商会だと!?』

『どうかしたのさね?』

『いや、なんでもない…。ニーナは先に戻っていてくれ。くれぐれも、一人で襲おうとは考えるなよ!』

『今すぐにでも殺してやりたい気持ちだけれど、罪を暴かないと意味が無いと言う事さね?』

『その通りだ。必ずや罪を認めさせ、公衆の前で処罰してやる!』

ニーナを攫い、売り飛ばしたのが事実だとすれば、それは許されざることだ!

ニーナだけではない、何の罪もない子供達を売り飛ばす行為は許されるはずもない!

アイロス王国、そしてソートマス王国においても人身売買は禁止されており、それを犯せば極刑は免れない。

そんな状況で、誰にも知られず秘密裏に行えていた事実を考えれば、相手は相当用心深いと思われる。

ニーナが追跡した怪しい男が、大きく回り道をしたのも、用心深さの表れだろう。


しかし、どうしたものか…。

カラヤン商会と言えば、各街に支店を置いているほどの大商会で、リアネ城にも商品を納入している。

その大商会が、人身売買をしていた証拠を残しているとは思えない。

それに加え、スラム街を無くし子供達を保護した事で、攫う現場を押さえる事も、子供が捕らえられている現場を押さえることも難しい。

ニーナには申し訳なく思うが、簡単に捕らえることは難しそうだ。

アドルフに報告書を上げて、対応策を考えて貰った方が良さそうだ。

俺は、ニーナが追跡した怪しい男がカラヤン商会に戻った事と、捕らえた者達から聞いた話をまとめてアドルフに提出した。


その翌日、アドルフに呼び出されてリアネ城の執務室へとやって来た。

エルレイ様は出かけており、アドルフとその部下達の姿しかないが、エルレイ様がいない方が都合がいい話だ。

エルレイ様がこの事を知れば、最悪ご自身でカラヤン商会出向くと言い出しかねない。

それはアドルフも分かっている事だろう。

俺とアドルフはテーブルの席に向かい合って座り、話し合いを始める事となった。


「報告書に会ったカラヤン商会ですが、こちらで調べた限りでは怪しい所はありませんでした。

確かに、ラウニスカ王国にも定期的に訪れているのは事実です。

それはカラヤン商会に限った話では無く、他の商会も行っている事ですので理由とはなりえません。

捕らえた者達からも大した情報は得られていませんし、疑わしいだけでは捕らえることは出来ません]

「やはりそうですか…」

少しは期待していたが、やはりアドルフでも難しい事かと思い落胆してしまった…。

そんな俺の表情を見てか、アドルフは一瞬だけにやっと笑い、直ぐに澄ました表情に戻って話を続けてくれた。


「しかし、手が無いわけではありません」

「それは本当なのですか?」

「はい、ただし、その方法を説明する事は出来ません」

俺に説明出来ない方法とは、ラノフェリア公爵の手を借りるのか、それとも犯罪紛いの方法で情報を手に入れると言う事だろう。

アドルフの表情からは読み取れないが、俺の感は後者だと言っている。

仮に犯罪紛いの方法を教えて貰えば、俺はリアネの街を守る警備隊長の座を降りなくてはならないだろう。

ここは聞かないでおくのが最善だ。


「分かりました。それで俺に何か出来る事はあるのですか?」

「一つだけございます。ニーナさんを貸しては頂けないでしょうか?」

ニーナを貸してくれと言われて、確信に変わった。

しかし、愛する妻ニーナを危険な目には遭わせたくない。

それに、ニーナを必要だと言う事は、ニーナの能力を期待しての事だろう。

エルレイ様の傍にも、ロゼとリゼと言うニーナと同じ能力を持ったニーナの親友がいる。

それで、エルレイ様も能力についても詳しく知っていて、能力を使い過ぎれば命の危険があるとも教えられた。

だから、ニーナには極力能力を使わせたくはない。

アドルフにはしっかり確認し、もし能力を使わせるのであれば断るつもりだ。


「それはつまり、ニーナの能力を当てにしてと言う事ですか?」

「いいえ、あの能力を使わせるつもりはありませんし、ニーナさんを無傷でお返しするとお約束します」

「…分かりました。ニーナも犯人を捕まえたいだろうし、アドルフを信じます」

「ありがとうございます」

ここまで言われれば、俺もニーナを貸さない訳にはいかない。

ニーナも犯人を捕まえたいと思っているし、ニーナに捕まえられないと伝えれば、一人で犯人を殺しに行きそうなんだよな…。

それだけは避けなければならないので、アドルフを信じてニーナを託す事にした。


それから五日後の夜、アドルフ側の準備が出来たと言う事で、ニーナを見送る事になった。

「ニーナ、アドルフの指示に従い、決して殺したりはするなよ!」

「分かってるさね。あたいはトリステンと離れたくは無いのさね…」

「あぁ、俺もニーナとは離れたくは無いからな。

無理をせず、無事に帰って来てくれ」

ニーナと熱い抱擁を交わしてから、送り出してあげた…。

俺に出来る事は、ニーナの無事を願い続ける事だけだ。

戦場では部下達を死地に送る際には、ここまで胸が痛む事は無かったのだがな…。

俺は右手で痛む胸を押さえつけながら、ニーナの無事を願い続けた…。


≪ニーナ視点≫

あたい達を捕まえ、売り飛ばした奴を捕まえに行く夜が来たのさね。

トリステンからその事を聞かされてから今日まで、本当に待ち遠しかったのさね。

あたいは用意された真っ黒な服を着こみ、顔も以前やってた時の様に黒い布を巻いて隠した。

「あの頃を少し思い出すのさね…」

暗殺者をやっていた頃も似たような感じの服を着こみ、出来るだけ目立たない様にしていたのさね。

何となく落ち着くのは、気のせいじゃないさね。

身に付いた感覚が徐々に戻って来て、神経が研ぎ澄まされて行くのさね…。


「よし、やれるのさね!」

あたいが着替え終えて部屋を出て行くと、トリステンが心配して見送りに来ていてくれたのさね。

とても嬉しかったのだけれど、あたいはあえてその感情を捨て去る事にしたのさね。

余計な感情に気を割かれると、いざという時に危険になるのさね。

能力を使った暗殺は簡単さね。

しかし、逃げる時には能力が切れている状態になるので、油断しているとこっちが殺されてしまうのさね。

「すーはー」

あたいは深呼吸して、トリステンとの甘い感情を押し殺して行ったのさね…。

「もう大丈夫さね」

あたいは、アドルフから指定された場所に向かうために、夜の街を走り抜けていったのさね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る