第二百二話 犯人捜し その一

俺はネレイトから頼まれた街道整備の準備として、日々、石畳の制作に明け暮れていた。

そんな朝、アドルフから出掛けるのを少し待って欲しいと言われ、普段全く使っていない謁見の間へと連れて来られた。

リアネ城は、アイロス王国のお城をそのままもらっていた為、国王が使う様な広間が幾つかある。

謁見の間もその一つで、俺は国王では無いので使う機会は全く無いと思っていたのだけどな…。

そして何故か俺は、アドルフに玉座に座るように指示を出された…。

まぁ、謁見の間に入って来た際に見えた者達の事を考えれば、俺が玉座に座った所で問題は無いのだが…。

国王でもないのに玉座に座るのは、ちょっと躊躇ためらわれる…。

でも、俺が座らないと始まらないみたいだし、諦めて玉座にちょこんと腰掛けた。

大人用の玉座で、俺が深々と座るには大きすぎる。

ルリア達も俺の横に堂々と並んで立っているが、ロレーナだけはおどおどしていて、ここにいても良いのだろうかと不安な表情を浮かべている。

俺もロレーナと同じ気持ちだから良く分かるな…。

玉座から離れた位置には、エリオット達が片膝をついて頭を下げた状態で待っている、

俺が玉座に座ってから暫く経った後、アドルフがエリオット達に声を掛けた。


「頭を上げなさい」

エリオット達が一斉に頭を上げ、俺に視線を向けて来た。

普段と逆の立場になって優越感に浸っていると言う事は無く、視線を向けられて恥ずかしいと言う気持ちでいっぱいだ…。

早く終わらせてしまいたいと思い、アドルフに説明を求めた。


「アドルフ、これはどういう事なのだ?」

「はい、ヘルミーネ様、アルティナ様、ラウラの素晴らしい教育の元、エルレイ様が与えていた仕事が終わりました。

エルレイ様のご希望通り、彼らをリアネ城で働く使用人見習いと致します。

今後は私どもの下で働いて貰い、正式採用するか否かの判断をしたいと思います」

「そうか、強制はしていないよな?」

「はい、エルレイ様の下で働く事は、彼らの希望でもあります」

「分かった」

エリオット達も嫌そうな表情はしていないし、使用人になる事を望んでくれたのだろう。

その事は非常に嬉しく思うし、正式採用されるように頑張って貰いたいと思う。


「エリオット、アンナ、ラルフ、エレン、マリー、オスカル、トーマ、フリスト」

「「「「「「「はい!」」」」」」」

俺が一人ずつ顔を見ながら名前を呼ぶと、気持のいい返事が返って来た。

保護した頃の、痩せ細っていた彼らの姿はもう微塵も感じられず、大人になりつつある体つきになっていた。

なんだか、俺だけ成長するのが遅れたような感じになってしまったが、食事をきちんと摂った事で本来の体つきになったのは良い事だ。

「先ずは、僕が与えた仕事を無事終えた事を褒め称えたい。おめでとう」

俺が褒めると、皆笑顔を見せてくれていた。

この短期間で、文字の読み書きと計算を覚えるのは、とても大変だったに違いない。

ヘルミーネがどの様に教えたのかは分からないが、アルティナ姉さんならきっと優しく教えてくれたに違いない。

ラウラは、俺にダンスを教えてくれた際に厳しかったから、彼らも同じ様に厳しく教えられたのは想像できる。

その成果が、今の彼らの姿に現れている。

背筋はピンと伸び、微動だにせずに視線を真っすぐ俺に向けて来ている。

今の彼らを見て、スラム街で育ったと思う人は誰一人としていないだろう。

俺は、その頑張りに見合うだけの褒美を与えなくてはならない。

しかしそれは、正式採用になった時に与えてやるのが一番いいだろう。


「正式採用になる為には、今まで以上の努力が必要と思う。

仕事もより一層大変になるだろう。

無理はしないで貰いたいが、全員僕の使用人に成れる事を期待している。

そして、無事に正式採用された暁には、僕が魔法を教えてあげると約束しよう。

皆、頑張ってくれたまえ!」

「「「「「「「はい!」」」」」」」

エリオット達は魔法を教えて貰えると知り、とても喜んでいる様子だ。

一方、アドルフは眉をひそめていたが、もう約束してしまったから撤回は出来ないぞ!

アドルフが信頼する使用人には魔法を教える事になっているし、エリオット達も信頼できるだろうから問題無いはずだ。

俺は、この恥ずかしい玉座から素早く立ち上がり、ロゼを連れて石畳の作成に出掛ける事にした…。


≪トリステン視点≫

リアネの街からスラム街が無くなって数日が経った。

小さな問題は幾つかあるが、大きな問題は起きてはいない。

このまま何事も無く過ぎてくれれば一番いいが、そうならないと予想はしていた。


『隊長!家を巡って、文句を付けて来る者達が現れました!』

『すぐに応援を寄こす!出来る限り話を引き延ばして、逃がさない様にしろ!』

『はっ!』

部下からの念話で、予想していた事態が起きた事を知らされた。

エルレイ様から魔法を使えるようにして貰い、本当に感謝している。

警備隊員の中にも魔法使いが数名いて、その者達を各地点に配置する事で、連絡の高速化が図れる様になった。

もう少し魔法使いが増えると更に便利になるのだが、エルレイ様が暇な時を見計らってお願いしてみるつもりだ。


「ニーナ、急いで普段着に着替えて来てくれ!」

「了解さね」

ニーナに着替えに行かせ、俺も部下達に指示を出して準備を整えた。

普段着に着替え終えたニーナと一緒に馬に跨り、ニーナと打ち合わせをしつつ馬を現場に急がせた。


「トリステン、あたいは予定通り離れた場所から見張っていればいいのさね?」

「そうだ。必ず様子を見ている奴がいる筈だから、そいつに気付かれないように後を追ってくれ」

「了解さね」

スラム街は綺麗になったが、子供を攫い売り飛ばした奴はまだ捕まえられていない。

ニーナもその事が気がかりになっていて、何とかして捕まえてほしいと頼まれていた。

愛する妻の願いだし、俺も叶えてやりたい。

しかし、相手がどこの誰なのかさっぱり見当もつかない状況だ。

孤児院が襲われれば、少しは情報が得られるかとも思って警戒を強めていたが、流石に貴族街に入って来てまで子供を攫いに来る者はいなかった。

完全に手を引いたと見るべきか、それとも様子を見ているだけなのか判断できない所だが、今回の騒ぎに裏で手を出しているのであれば、尻尾を捕まえる事が出来るかもしれない。


街に入った所でニーナを馬から降ろし、俺だけ先に現場に向かって行った。

現場に到着し馬から降りると、十人ほどの男達が仲間達に文句を言っていて、それを遠巻きに見守る人だかりが出来ていた。

他の人達に被害が出ない様に仲間達が守っているので、そちらの心配は不要だな。


「状況は?」

「はっ!あいつらはスラム街に住んでいたそうで、住居と仕事を寄こせと主張しています」

「そうか、もうすぐ包囲が完成する。その時まで話を引き延ばし奴らを引き留めておけ」

「はっ!」

あいつらはどうせ捨て駒の雑魚だ。

捕まえて事情を聞き、処分を下す事にしよう。

『包囲が完成しました』

『一気に捕まえてしまえ!一人として逃がすなよ!』

『はっ!』

武装した仲間達が奴らに一気に迫り、逃げる間も与える全員捕らえる事が出来た!

後は、この様子を見ていた人だかりの中に、監視していた者がいればいいのだがな。

ニーナからの連絡を待つばかりだ…。


『トリステン、怪しい男を追跡中さね』

『分かった。気付かれないように注意しながら追跡を続けてくれ。

それから、決して捕まえたりしないようにな!』

『分かっているさね』

ニーナの事は信頼しているが、無理して怪我でもしないか心配だ…。

やはり、俺も一緒に着いて行くべきだったかと思ったが、俺が着いて行けばニーナの邪魔にしかならないのは分かっている。

しかし、愛する妻を一人で行かせる事が、こんなに辛く苦しい事とは思っても見なかった…。

俺は兵士だったため、追跡や気配を消したりするのは苦手だ。

ニーナを一人にさせない為にも、今後はその訓練を行った方が良いか真剣に考えてみる事にした…。

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