第百九十五話 スラム街正常化作戦 その六

病気の治療は、怪我の治療より大変だ。

怪我なら、そこに治癒魔法を当てるだけで良いが、病気だとそうはいかない。

患者の魔力の動きを正常に戻しながら、治癒魔法で少しずつ病気を治療して行かなくてはならない。

普通の呪文魔法を使っていただけでは病気の治療が難しいのは、これが理由だ。

それでも、何度も掛け続ければ治癒できない事も無い。

魔法使いの魔力が持てばの話だけれどな…。


「ふぅ~、病気の治療が完了しました…」

「何じゃと!メーフィン!メーフィン!」

俺が治療し終えた事を告げると、お爺さんはお婆さんの体を揺すって起こそうとしていた。

「揺すっては駄目です!病気は治りましたが体が弱ったままなのですから!」

「そ、そうじゃった…」

俺が止めると、お爺さんは慌てて手を離してお婆さんを揺するのを止めてくれた。

「食事はこちらで用意しますから、新しい家に移っては頂けませんか?」

「治療して貰った事には感謝するが、弱っているメーフィンを動かす訳にはいかんのじゃ!」

「その点はご心配なく。お婆さんはベッドに寝かせたまま移動させますので、どうか移っては頂けないでしょうか?」

「本当に大丈夫なのじゃな?」

「はい、領主としての責任をもってお婆さんを安全に移動させる事を約束します」

「そこまで言うのであればお願いするのじゃ」

「ありがとうございます」

何とか、お爺さんに納得して貰う事が出来た。

後は家を確保し、お婆さんを家に移動させるだけだな。

アドルフに念話で連絡をし、既に建てている家の確保をお願いした。


『エルレイ様、十七番の家をお使いください。住民登録には私が直接家にうかがって行わせて頂きます』

『頼んだ』

これで、お婆さんを運べば完了だ。


「わっぷ!」

「エルレイ、汗くらい拭きなさいよ!」

突然顔を布で覆われ、力まかせに拭かれる事になった。

声でルリアが汗を拭いてくれている事は分かるが、もう少し優しく拭いて貰いたかった…。

病気の治療で集中していたため、汗をかいている事に気付いていなかったが、ルリアに顔を拭かれて意識すれば、服も汗でべったりしている事に気が付いた。

不快だと思うより、ルリアの気遣いの方が嬉しく思えるな。


「ルリア、ありがとう」

「ふんっ、エルレイが遅いから様子を見に来ただけよ!

それで、説得は上手く行ったの?」

ルリアは照れ隠しをするかのように、続けざまに質問して来た。

そんなルリアが可愛くて、思わず抱きしめたくなるが、今はそんな事をしている場合では無いのが残念だ…。

「うん、このお婆さんを家に運ばないといけないけれどね」

「そう、私が運ぶから、エルレイは案内と周囲の警戒をお願いね!」

ルリアは俺が止める間も無く、お婆さんが寝ているベッドを魔法で浮かべた。

「ルリア、慎重にな!」

「話しかけないで頂戴!」

「うん。お爺さん、これからお婆さんを運びますが、ベッドには触れないようにお願いします」

「わ、分かった…」

お爺さんは、突然浮かび上がったベッドに驚き、そしてお婆さんの事を心配そうに見ていた。


ルリアは慎重にベッドを動かし、家の外へと運び出した。

俺は周囲を警戒しつつ、ルリアを先導していく。

十七番の家は…あれか!

俺が建てた家には、住所の代わりに壁に大きく番号を掘り込んで置いた。

どれも同じ家だし、住民と住民の確認する者が間違えない様にする為の番号で、とても分かりやすい。

ヘルミーネには、見た目が悪いと不評だったし、俺もあまり好きではない。

しかし、不法占拠を防ぐ手段として必要な事だったからな。

俺は十七番の家の扉を大きく開き、ベッドが入りやすい様に扉を押さえた。

ルリアは、扉や壁に当てないように注意しながら、慎重にベッドを家の中に運び込み、奥の寝室へとベッドを降ろした。


「ルリア、お疲れ様」

「えぇ、壊すのより疲れたわね…。

あっ、ありがとう…」

今度は俺がルリアの額に浮かんだ汗を拭ってあげると、ルリアは少し顔を赤く染めながらお礼を言ってくれた。


「ありがとうございますじゃ」

「いいえ、それより荷物をこちらに運びましょう」

「あぁ、そうじゃな…」

「私がお婆さんの様子を見ているわ!」

お爺さんがお婆さんの心配をしていたので、ルリアがお婆さんの様子を見ている事をお爺さんに伝えると、お爺さんは「お願します」とルリアに言って荷物の運び出しに行った。

荷物の運び出しを警備隊員にも手伝って貰い、新しい家に運び込んだ。


「お婆さんの病気は治りましたが、体は弱ったままです。

食事は固形物を避けて、スープ等を食べさせてあげてください」

「分かりました。領主様、ありがとうございますじゃ」

お爺さんは何度も頭を下げてお礼を言ってくれた。

感謝されるのは嬉しいが、領主様と呼ばれる事にはまだ慣れないな…。


「エルレイ!遅れた分を取り戻すわよ!」

「うん、頑張ろう!」

ルリアはお礼を言われたのが嬉しかったのだろう。

上機嫌で俺の肩を叩いてから戻って行った。

俺も遅れた分を取り戻すために頑張らなくてはな!

作業現場に戻り、家の設置作業を再開して行った。


「エルレイ様、住民登録が完了し、全ての住民が家に入居致しました」

「アドルフ、それから皆もご苦労様でした」

アドルフの報告により、スラムが正常化作戦は終了した。

皆は、完成した新しい街並みを感慨深く見つめていた。

家も綺麗に建ち並び、通路の石畳も全て新しく敷きなおしたので、ここがスラム街だったとは思えないだろう。

後は、この状態を維持していくだけだ。


「ほら、ぼーっとしてないで、挨拶をしなさい!」

「あ、う、うん…」

俺達の周りには、今日一日中頑張ってくれたアドルフ率いる使用人達と、トリステン率いる警備隊員達が集まっていた。

その他にも、見学に来た街の人達も集まっていて、遠巻きにこちらを見ている…。

そんな中で挨拶をしなくてはならないのは恥ずかしいが、皆疲れているのだろうから早く済ませて解散させてやらなくてはならない。


「本日は皆さんの協力により、無事に終える事が出来ました。

今日まで皆さんが長い期間準備してきた成果であり、皆さんには感謝の念に堪えません。

ありがとうございます。

しかし、これで終わった訳ではありません。

今後は、この街の状態を維持していく努力が不可欠です。

今後とも、皆さんには協力して頂く事をお願いします。

さて、今日は皆さんの仕事をねぎらうべく、リアネ城にて食事の用意をしていますので、存分に楽しんでください!」

「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」

俺の挨拶が終わると、警備隊員達が飛び上がって喜んでくれていた。

今回は、彼らが一番危険で大変な任務に当たっていてくれたからな。

アドルフに頼んで、食事とお酒を大量に用意して貰っていた。

俺達がそこに参加すると気を使って騒げないだろうから、俺達はいつも通り食堂で頂くのだけどな。


へりくだり過ぎよ!でも、エルレイらしくて良かったと思うわ!」

挨拶を終えてルリア達の所に戻ると、ルリアから挨拶に対しての駄目出しを食らってしまった…。

うーむ…。

ラノフェリア公爵みたいに偉そうな言動をするのが当然なのだろうけれど、俺にはまだ出来そうにない。

それに、子供の俺が偉そうにしていたら、反感を買ってしまうだろうしな。

そう言うのは、もう少し成長してから考える事にしようと思う。


スラム街が綺麗な街並みになって数日が経ったが、今の所大きな混乱は見られない。

住民の仕事として与えた、リアネの街の清掃作業に参加する者達も少しずつ増えて来ている。

一週間ほど生活出来るだけの食料を家に置いて来ているので、それが無くなる頃には更に増えて来るだろうと予想している。

体力は使う仕事ではあるが、年齢によって仕事を分けるように指示を出しているので、老人でも無理なく出来ると思う。

老人と言えば、俺が病気を直したお婆さんは元気を取り戻して来たと言う報告が上がって来てる。

その事をルリアにも伝えると、良かったと言って安心してくれていた。

俺も心配はしていたし、元気を取り戻してくれて良かったと思う。


「エルレイ様、そろそろラノフェリア公爵家を訪れた方がよろしいのでは無いでしょうか?」

「あ、うん…」

ラノフェリア公爵家からの呼び出しは、スラム街正常化作戦中に来ていた。

しかし、急ぎでは無いと言う事だったので、終わってからうかがうと言ってたのを完全に忘れていた…。

アドルフに連絡して貰い、翌日にラノフェリア公爵に行く事にした。

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