第百九十四話 スラム街正常化作戦 その五

≪スラム街のボス視点≫

「はぁ~ん?何だともういっぺん言って見ろ!」

「へ、へぇ、街の警備兵から一か月後に、このスラムを無くすと言われやした…」

「はぁ~ん、単なる脅しだろ!びびってんじゃねぇよ!」

「へい!」

「そんなことより、次の依頼が来てんだよ!さっさとガキを捕まえてこい!」

「へ、へぇ、そ、その事なんでやすが、昼間は警備兵の連中が目を光らせておりやして、夜はあの女が様子を見に来ておりやす…」

「たかが女にびびってんじゃねーよ!ごちゃごちゃ言ってねーで頭数揃えて今夜にでも捕まえてこい!」

「へ、へい!」

あの女が現れてから、こっちの商売の邪魔ばかりしやがって上手くいかねー!

上からも早くしろとうるさく言われてるのによ!

目の前のテーブルを思いっ切り蹴り飛ばし憂さを晴らして見たが、全く治まらねー!

くそっ!

「おい、片付けておけよ!」

ビビる部下を蹴り飛ばしながら部屋を出て行き、夜に向けて英気を養いに娼館へと向かって行った。


そしてその夜、部下二十人を連れてガキが眠る区画へとやって来た。

「おい、女はどこにいるか見つかったか?」

「へい、探しておりやすが見当たりやせん!」

「よし、今のうちにガキを攫ってきやがれ!」

「へい!」

部下達が、ガキの眠る住居を取り囲もうとしている所で、女の声が聞こえてきやがった!


「そうはさせないさね!」

「何処にいやがる!」

「あたいはここさね!」

声のした方を見上げて見ると、建物の屋上に女の姿を確認した!

闇夜で顔までは見えねーが、あんな場所から何が出来るってーんだ!


「おい、女は無視してガキを捕まえてこい!」

「へい!」

「そうはさせないさね!」

女は屋根からふわりと飛び降り、音も無く地面に下り立った…。


「大人しく帰れば見逃してやるさね!」

「しゃらくせぇ!てめーらやっちまえ!」

「「「「「へい!」」」」」

「使うなと言われているけど、これは仕方のない事さね…」

女はナイフを抜いて構えた。

「はぁ~ん、そんなちんけなナイフで勝てると思ってるのか!

こっちは武装した二十人だ!」

女が強いと部下から報告を受けていたが、ナイフしか使えぬ女だ。

数で押し切ればどうとでもなる!


「あんたが最後さね」

「っ!」

背後から冷たいナイフを喉元に突きつけられた!

ゆっくりと周囲を見渡すと、部下達は全員倒れてうめき声を上げていた…。

死んではいねーが…一体何が起きたってーんだ!?

「さぁ、子供達を攫うように頼んだのは誰なのか言うのさね!」

「し、知らねぇ…」

「嘘つくとナイフが首に刺さるのさね!」

女の持つナイフが首に押し付けられ、ザクリと言う感覚と共に痛みが走った!

「い、い、言う!言うから殺さないでくれ!」

「さっさと教えるのさね!」

「あ、あぁ、いつも黒ずくめの男がやって来て、子供を連れてくるように頼まれるんだ…。

顔も布で覆われていて、み、見た事がねー」

「本当さね?」

「ほ、本当だ!嘘は言わねぇ!」

「ちっ、使えないのさね…。いいかい!今後子供を攫うような真似をしたら、次は本当に殺すのさね!」

「わ、分かった…」

女は首からナイフを外し、闇夜の中に消え去って行った…。


「おい!怪我の軽い者は仲間を助けてアジトに戻れ!」

部下達の怪我は、足や腕をナイフで貫かれた程度で、致命傷では無かったのが幸いだった。

しかし、仕事をしねーと部下達が離れて行っちまう。

どうにかしてー所だが、毎晩懲りずに女が見張っている。

ちっ、女もいつまでもいねーだろうし、去るまで様子見するしかねー。


「警備兵の連中、明日本気でここを無くすらしいですぜ」

「はぁ~ん、まだそんな事を言っているのか!」

「へ、へぇ…」

「仕方ねー。全員に武装させて邪魔をするぞ!」

「へい!」


そして翌日、スラムを大勢の警備兵で取り囲まれちまった。

「どうしやすか?」

「奴らの方が人数も装備も上だが、一か所に固まってねーだろ。

ここと、ここの警備が薄い、二か所同時にあばれてやれ!」

「へい!」

「警備兵が集まる前に引く事も忘れるんじゃねーぞ!」


ズズーン!

「なんだ、地震か!?」

部下達を送り出そうとした瞬間、大きな音とともに地響きが伝わって来た!

「あ、あれじゃねーっすかね?」

部下が指さした方角を見ると、建物が魔法によって破壊されていた…。

「ば、馬鹿な!」

次々と破壊されて行く建物を呆然と見る事しか出来ねー。

「ど、どうしやすか?」

「どうもこうもあるか!あんな魔法に勝てる筈がねー!

下水路から逃げ出すぞ!」

「へい!」

急いで下水路から逃げ出し、部下に外から様子を見に行かせた。


「警備兵の言っていた通り、新しい家が次々と建てられていやす!」

「はぁ~ん、そんな事出来る訳ねーだろ!てめー頭がいかれたのか?」

「い、いえ…」

実際に見に行くと、建物が壊された後に立派な家が幾つも建てられていた…。

意味が全く理解出来ねーが、あんなことが出来る連中に敵対するのは愚か者のする事だ。

「一度引いて様子を見るしかねー。おい、いくぞ!」

「へい!」

仕事も金も無い連中ばかりだ、直ぐに元の状態に戻るだろうよ。

今はその時まで身を隠すしかねー。


≪エルレイ視点≫

作業は順調に進んでいたのだけれど、突然ルリアから念話が届いた。

『エルレイ、ちょっと来て頂戴!』

『わかった、すぐ行く!』

何やら焦っている様子だったので、俺は飛んでルリアの元へ向かって行った!


「ルリア、どうかしたのか…」

「見ての通りよ!」

「ここは儂の家じゃ!誰にも壊させぬぞ!」

ルリアが破壊しようとしている建物の前には、お爺さんが木の棒を構えて立ち塞がっていて、俺達に向けて棒で威嚇して来ていた。

「ルリア、ちゃんと説明したのかい?」

「したわよ!でも聞いて貰えないのだから仕方ないじゃない!」

「うん、分かった。僕が説明するよ…」

ルリアは怒ってしまい、腕組みをして横を向かれてしまった…。

ルリアが説明しないはずもないし、周囲にいる警備隊員も一緒に説明してくれたのだろう。

その上で俺を呼んだのだろうから、怒られても仕方ないな…。

俺は棒を構えて威嚇しているお爺さんの前に進み出て、説得を試みる事にした。


「僕はエルレイ・フォン・アリクレット侯爵、この街の領主です」

「小僧が領主じゃと?誰がそんな事信じるものか!

例え小僧が領主じゃとしても、儂は絶対にこの家を守り切るからの!」

お爺さんは全く話を聞こうともせず、棒を振り回して俺を威嚇し続けている。

余程この家に思い入れがあるのかも知れない。

だからと言って、この家だけ残す訳にもいかない…。

どうにかして話を聞いて貰わないといけないが、良い手段が思い浮かばない…。


「グール、家の中に他に人が居たりするか?」

「一人いるが、相当弱っているみてーだな」

「そうか…」

困ったのでグールに小声で聞いてみたら、その様な答えが返って来た。

つまりお爺さんは家を守っているのでは無く、中にいる人を守っているのかも知れない。

それをきっかけにして、話を聞いて貰えると良いのだが…。


「お爺さん、家の中に病人が居るのでは無いですか?

もしよければ、僕が魔法で治療しますよ」

「けっ、小僧が治せるような病気ではない!

今までどんな魔法使いでも治療できなかったのじゃからな!」

やはり、家の中に病人が居るのは間違いない様だ。

「僕なら治療できます!どうか、僕に治療させては貰えないでしょうか?」

「…金は無いぞ!」

「お金は不要です。他の住人達の治療も無料で行っています!」

「…けっ、どうせ無駄じゃろうが、やってみてくれ」

お爺さんは棒を下げて後ろを向き、家の中に入って行ったので、俺もお爺さんの後をついて行く事にした。


家の中は意外と綺麗に掃除がされていて、スラム街には似合わないほど清潔に保たれていた。

お爺さんは棒を壁に立てかけて置き、奥の部屋に俺を手招きした。

奥の部屋にはベッドが一つ置かれていて、お婆さんが横たわっていた。

「手を握りますね」

お爺さんに確認を取り、お婆さんのしわくちゃの手を優しく握った。


うっ…。

お婆さんの魔力の状態はとても酷く、全身を病で侵されているのが分かった…。

これはリリーに任せた方が良さそうだが、俺が治療すると言った手前、リリーを頼る事は出来ない。

俺は目を瞑り、お婆さんの魔力に集中しながら魔力を少しずつ流し込み、病気の治療を行っていった…。

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