第百九十三話 スラム街正常化作戦 その四

皆の協力のお陰で、スラム街正常化に向けての朝を迎える事が出来た。

これからが本番だが、必ず成功すると信じている。

スラム街に住む子供達だが、ニーナの努力のおかげで、今日までにほとんど保護できたと言う事だった。

保護した子供達は、貴族街に作った孤児院での生活を送っている。

俺が保護したマリーの様に手足の一部が欠損している子供達がいたので、治療して欲しいとトリステンからの要請を受け、リリーとリゼを連れて治療も行った。

その時に孤児院を見て回ったが、元貴族の屋敷を使っているので広々としていて住みやすそうだった。

子供達のお世話をする人は十人ほどしかいなかったが、必要に応じて増やしていくとアドルフは言ってくれたので大丈夫だろう。


「エルレイ様、今日のお召し物はこちらになります」

「えっ?これを着るのか?」

「はい、他の皆様も同じです」

「それなら仕方ないか…」

ロゼが用意していた服は、アイロス王国に侵攻した際に着ていた軍服だった。

あの時より少しは成長しているから窮屈かと思ったが、ちゃんと手直しされておりとても着やすくなっていた。

まぁ、今日は汚れるだろうし、軍服の方が動きやすいのには違いない。

ロゼが言った通り、ルリア達も軍服を着ているな。


「ヘルミーネ、似合っていて格好いいぞ!」

「うむ、そうであろう!」

早速俺に軍服姿を見せに来たヘルミーネを褒めてやり、頭を撫でてあげた。

「ねぇ、お姉ちゃんはどうかしら?」

「アルティナ姉さんは、普段より大人びて見えるね!」

「そう?ズボンなんて着慣れていないから変に見えないかしら?」

「うん、大丈夫。ちょっと雰囲気が違って見れるけれど、たまにはいいと思う」

「エルレイ、ありがとう」

アルティナ姉さんは髪を後ろに編みこんでいて、いつもは可愛らしく見える顔が、キリッと引き締まった美人に見えた。

「わ、私はどうじゃ?」

「ロレーナは可愛らしいよ。今日はソルも頑張ってくれ」

「そ、そうか…」

「ワン!」

俺は、恥ずかしがるロレーナの頭を撫でから、足元にいるソルの頭も撫でてやった。


「ロゼ、リゼ、ラウラも今日は軍服なのだな」

「はい、私達の分も用意して頂きました」

「うん、動きやすいし汚れても構わないからその方が良いな!」

「「「ありがとうございます」」」

たまにはメイド服姿では無いのも、新鮮で良いと思う。


準備が整い、リアネ城の玄関に行くと、俺達を運ぶ馬車と共にトリステンとニーナ達が待っていてくれた。

「エルレイ様、おはようございます」

「おはようさね」

「トリステン、ニーナ、おはよう。今日は大変だろうが、よろしく頼むよ」

「はい、しかし…」

トリステンは俺達の姿を見て表情を歪めていた…。

「何か変だったか?」

「いえ…その軍服を見ると、あの時の事を思い出してしまいまして…」

「あぁ、それは悪かったな」

「いいえ、気にしないで下さい」

よく見ると、表情を歪めていたのはトリステンだけではなく、馬車の警護に当たる者達も同様の表情をしていた。

彼らは元アイロス王国軍人で、俺と戦った時の事を思い出したのだろう…。

あの時は、ルリアに怪我を負わせられて頭にきていたから、やり過ぎたのは否定しない。

しかし、あれから時間も立っていて、俺の姿にも見慣れているはずなのに、軍服を着ただけで思い出されるのはどうかと思う…。


俺達は馬車に乗り込み、スラム街へと向かって行った。

今日はアドルフ達使用人も総出で、住民登録台帳の作成を行って貰う事になっている。

警備隊の方には、警備に集中して貰わなくてはならないからな。

スラム街の住人がどんな反発をして来るか分からないし、俺も気を引き締めて当たらなくてはならないな!

現場に到着すると、スラム街から少し離れた場所に多くの人達が心配そうな表情を浮かべながら見守っていた。

その内側に警備隊が配置しており、中と外の両方を警戒している状態だな。

俺達の乗った馬車は警備隊の案内でスラム街の前へと行き、俺達は馬車から降りた。

アドルフ達の乗り込んだ馬車は俺達の前に到着し、既に準備を始めている。

スラム街の住人も、わずかだが警備隊の指示した場所に集まってくれている。

俺達も作業を始めなくてはならないな!


「ルリア、ロレーナ、ラウラの三人は、警備隊員の指示する建物の撤去を頼む!」

「分かったわ!」

「が、頑張るのじゃ」

「承知しました」

事前の打ち合わせ通り、ルリア達が警備隊員の指示する建物の撤去に向かって行ってくれた。

毎日訓練して来たので、周囲に被害を及ぼす様な事は無いだろう。

いつもはルリアがやり過ぎないか気になる所だが、近くにロレーナとラウラが居てくれるから、ルリアも無理する事は無いと思う。


「リリーとリゼは、集まって来ている住人達に病人や怪我人がいたら治療を頼む」

「はい、分かりました」

「承知しました」

今日はルリアよりリリーの方が心配だ。

しかし、リリーを注意した所で、病人を前にしたら無理をするに決まっている。

『リゼ、リリーが無理しない様に気を付けて置いてくれ。

どうしても無理しなくてはならない病人がいたら、遠慮なく僕に連絡して来てくれ』

『畏まりました』

リリーに聞かれない様に、念話を使ってリゼに注意しておくように言っておいた。


「ヘルミーネ、アルティナ姉さん、ロゼの仕事は無くなってしまった」

「うむ、それに関しては残念だが、子供達の保護が終わっているは良い事だ!」

「そうね。お姉ちゃん達はエリオット達と見守っている事にするわね」

ヘルミーネに仕事が無いと文句を言われると思っていたが、物分かりが良くて拍子抜けした。

あれか…エリオット達がいるから、先生として恥ずかしくない態度を見せていたいと言う事なのかもしれないな。

「まぁ、まだ残っている子供達も居るかもしれないから、その時はお願いするよ」

「任せて置け!」

エリオット達の方に視線を向けると、皆元気に頷いてくれた。

ヘルミーネは頼りないが、エリオット達がいるから大丈夫だろう。


スラム街の方からは、既にルリア達による建物の破壊が始まっていて、激しい音が聞こえて来ている。

ほぼ廃墟同然とは言え、今まで住んでいた建物が簡単に破壊されて行く様を見ていた住人達は怯えているな…。

時間は限られているし、そんな事は気にしてはいられない。

俺も自分の役割を果たすとしよう。


俺は、ルリア達が破壊して瓦礫の山となった場所の整地を行っていく。

開墾作業や街道整備で技術が精練されて来たので、平地にするのは簡単だ。

そこに新しく下水路を掘り、用意しておいた石畳を敷き詰めて行く。

最後に家を設置し、下水路につなげれば完成だ!

周囲の人達からは、突然家が出て来た事に対して驚愕の声が聞こえて来ているが、そんな事をいちいち気にしている余裕はない。

今日中に、五十軒の家の設置を完了しなくてはならないのだからな。

数日に分けてしまうと、新しい家に住めなかった者から不満が起きるし、最悪家を奪い取る行動に出るかもしれない。

そうならない様に、今日まで準備をしっかりして来た事だし、必ずやり遂げなければならないな。

ルリア達の方からは、破壊音が途切れず聞こえて来ているので、順調だとは思うが聞いてみる事にした。


『ルリア、誰か襲い掛かってきたりしていないか?』

『えぇ、大丈夫よ!と言うより、破壊魔法を使っている私達に近づく愚か者はいないと思うわよ?』

「まぁ、そうかも知れないが、油断せず気を付けるんだぞ!』

『分かっているわ!エルレイも頑張りなさい!』

『うん、頑張るよ!』

ルリアの言う通り、あれだけ派手に建物を壊し続けている魔法使いに近づく者などいないか…。

それに、ルリア達が破壊を始めてから、スラム街の住人が逃げ惑うかのように慌てて出て来ているな。

毎日警備隊員による説明を受けていたのに、信じていなかったのだろうか?

まぁ、信じて貰うために、俺が早く家を建て続けなくてはならないが、状況確認するのを怠る訳にはいかない。

次はアドルフに念話で連絡を取って見る事にした。


『アドルフ、そちらは順調か?』

『エルレイ様、今の所問題無く住民達の登録が行えております』

『それは良かった。登録が済んだ者から順番に家に案内してやってくれ』

『承知しました』

一気に住民登録に向かう人たちが増えたから、混乱しているのではないかと思ったが、流石アドルフ達と言った所だろうか。

俺が心配する必要はなかったな。

今の所、暴れている者達もいなさそうなので、俺も自分の仕事に集中する事にした。

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