第百八十九話 新たな魔法書

再び平和な日常を取り戻した!

と言いたい所だが、仕事と訓練で忙しい日々を過ごしていた。

午前中はルリアと剣術の訓練をした後に魔法の訓練を行い、午後は丸々執務室に籠って書類を確認してサインをする作業だ…。

自由になれるのは食事の時間と、寝る前の僅かな時間だけだ。

俺はその貴重な時間を使って、自室の机に向かって書き物をしていた。


「グール、ここの呪文はこれで良いのか?」

「あぁ、間違ってねーぜ」

「分かった」

書いている物は、英雄クロームウェルが作り直す前の魔法の呪文書で、魔法を使う際に魔法陣が描かれていた物だ。

なぜ今になってそんな事をしているのかと言うと…。

魔法陣を使う魔法と言うのは、今の魔法に比べて使用する魔力量が多い反面、術者の技量に左右されないという特徴がある。

つまり、魔法に必要な魔力があれば、この呪文を唱えるだけで魔法に失敗する事は無いと言う事だ。

今の呪文は、魔法に必要な魔力があったとしても、術者の技量によっては魔法が失敗するらしい…。

俺は失敗した事が無いので分からなかったのだが、ルリアが言うには魔力があったとしても失敗する者は居ると言う事だった。

なので、誰でも失敗しない魔法陣の呪文をグールから教えて貰い、新たな魔法書として書き記している。

でも、一般にこの魔法書を広めるつもりは一切なく、あくまで俺の研究の為だ。

別に、魔法陣が出た方が見た目が格好いいからなどと考えてはいないぞ!


「それにしても、呪文が長すぎないか?」

「だから作り直したんじゃねーの?」

「そうかもな」

魔法陣を描くために呪文が長くなるのは理解できるが、今ある呪文の倍以上長いのはどうかと思う。

例えば水を作り出す魔法は次の通りだ…。


「雨となりて大地潤し、川を流れて海を満たし、全ての生きとし生けるものの命の源である水よ、我が力の根源たる魔力を水に変え、その大いなる命の恵みを我に与え賜え、クリエイトウォーター」


倍以上長くなっている上に使用魔力量が増えるって、かなり実用的ではない…。

英雄クロームウェルが作り直すのも理解できると言う物だ。

単に興味があったからグールに教えて貰ったが、二度と使う事は無いだろうと思い、書き終えた魔法書を収納魔法の奥に仕舞いこんだ…。

最悪、どうしても魔法が使えない人が居た時に使うくらいだろう。


その魔法書とは別に、俺はもう一つの薄い魔法書を作り上げていた。

薄いからと言って、エロい魔法書では無いぞ…。

この魔法書は魔法が使えない人の為に書いたもので、俺が魔力を与えずとも、魔法を使用する事が出来ないかと言う実験の為だな。

実際にロゼとリゼにこの魔法を使って貰ったが、問題無く魔法が発動したのを確認している。

後は魔法を使えない人に、実際に呪文を唱えて貰うのだが、秘密を守れる人でないといけない。

この呪文が成功すれば、誰でも魔法が使えるようになるからな。


今は、十人に一人位しか魔法使いが生まれない。

皆はそれに対応した生活を営んでいる、

それが突然、全員が魔法を使えるようになったとなれば、生活が一変し安心して暮らせないようになるかもしれない。

逆に、皆が魔法を使えて便利で過ごしやすくなる可能性も否定できない。

どちらにしても、急激な変化が与える影響は大きく、俺にその責任を取る事は出来ないからな。

と言う事でアドルフに頼んで、秘密を守れる魔法が使えない者を連れて来て貰う事にした。


「私の妻カリナでしたら、信頼できます」

「えっ、アドルフの奥さんってカリナだったの?」

「はい」

アドルフが結婚している事は知っていたが、相手は聞いていなかったな。

そう言えば、俺達とリアネの街に行った時もカリナと一緒に着いて来ていたな。

あれは、カリナがメイド長だから着いて来ていたのかと思っていたのだが、夫婦だったからなのだな。

カリナなら信頼できるし、アドルフの妻だと言うのであればなおさらだな。


俺はアドルフとカリナ、それから念のためにリリーを連れて、使用されていない部屋へとやって来た。

「さて、カリナには僕の実験に付き合ってもらうために来てもらった」

「実験でございますか?」

カリナは何も説明を受けない状態で連れて来られたため、突然実験と言われて眉をひそめていた。

「実験と言っても危険は無いし、用心のためにリリーも連れて来ているの安心してくれ」

「はい、それで私は何をすればよろしいのでしょうか?」

「うん、まずは説明するから聞いてくれ。

その後に実験に付き合いたくなければ断って貰って構わない」

「承知しました」

カリナが了承してくれたので、実験内容を説明していく事にした。


「僕が他人を魔法使いに出来るのは、僕達の傍でお世話をしてくれているカリナなら知っている事だろう。

リリーも僕と同じようなことが出来るのだけれど、ルリア達は出来ない。

今後、僕の家族内に同じようなことが出来る者が増えればいいが、そうならない可能性もある。

そこで、僕やリリーが居なくとも、誰でも魔法使いになれないかと考えて、新しい呪文を作ってみた」

「呪文を新しく作られたのですか?」

「うん、と言っても、今ある呪文を少しだけ変更しただけだけれどね」

「それを、私が唱えればよろしいのでしょうか?」

「うん、お願い出来るかな?」

カリナは少しだけ考えアドルフの方を見て確認すると、アドルフは無言で頷いていた。

「承知しました」

俺はカリナに薄い魔法書を手渡し、呪文を唱えて貰う事にした。


「室内で唱えても問題無いのでしょうか?」

「うん、火の魔法でも一瞬だけ火が灯るだけだから、燃え広がる事は無い」

カリナは若干不安そうな表情を浮かべつつ、魔法書を開いて呪文を唱えてくれた。


「大地を潤す恵みの水よ、我が宿す微かな魔力を糧とし水を作り出し賜え、クリエイトウォーター」


魔法は正常に発動し、ビー玉程の水が生み出されて床に落ちた…。

「成功だ!」

「カリナ、何処か具合が悪い所はありませんか?」

俺が喜んでいると、リリーがカリナに近寄り体調を気にしていた。

「はい、特に変わった所はございません」

「それなら良かったです。カリナ、後は毎日魔力が切れるまで魔法を使えば、魔力が増えて行くはずです。

ですが、魔力切れで倒れる可能性がありますので、魔法を使用する際には私を必ず呼んでください」

「リリー様、お気遣いありがとうございます」

「いいえ、いつも私達のお世話をして頂いていますので、気にしないでください。

それでは、他の属性魔法も試してみましょう」

リリーが説明してくれたおかげで、俺が話す事は何もなくなってしまった。

でも、実験は上手く行ったので、これからはこの魔法書を使って行けば、魔法使いを増やす事が可能となった。

後は、誰を魔法使いにしていくかだが、取り合えず、リアネ城の守りを任せているトリステンを魔法使いにする辺りから始めた方が良いだろうか…。

そんな事を考えていたら、アドルフから声を掛けられた。


「エルレイ様、少しよろしいでしょうか?」

「うん、何かな?」

「はい、エルレイ様はその魔法書をどのように使用するおつもりなのですか?」

「そうだな…リアネ城の警備強化の為に使ったり、後はお世話になった人に配るとか?」

俺の答えに、アドルフは眉間にしわを寄せた厳しい表情をしていた。

「エルレイ様、この魔法書は決して他人に見せたり譲渡したりしないで下さい!」

「まぁ、アドルフの言いたい事は分かるが…」

「いいえ、エルレイ様は分かっておりません。

この魔法書がどれだけの価値があるとお思いですか?」

「まぁ、誰もが欲しがるくらいには…」

「その通りです。この魔法書を巡って争いが起きる事は間違いありません!

どうしても魔法を教えたい者が居るのであれば、今まで通りエルレイ様が直接行ってください!」

「ラノフェリア公爵家に対しても?」

「ラノフェリア公爵家に対してもです!よろしいですね!」

「うん、分かった…」

アドルフの気迫に押し負けてしまい、俺はこの魔法書を使う事を禁止されてしまった…。

俺としても、誰でも魔法使いに成れる魔法書を広めるつもりは全く無かったのだが、せめて信頼のおけるものに使って貰うくらいは良かったのではないかと思う…。

まぁ、人の口に戸は立てられぬと言うし、どれだけ信頼のおける者であろうと広がっていく可能性は否定できないか…。

役に立てられない魔法書だったが、魔法の研究には役に立ったので良しとしよう…。

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