第百八十八話 ネレイトの罠 その四
「ルノフェノ様に対する処分を決めました!」
俺がそう宣言すると、ラノフェリア公爵とネレイトは厳しい表情のまま頷いてくれた。
一方ルノフェノは、堂々とした態度で俺の事を睨む続けていて、反省している様子はうかがえないな。
俺をわざと怒らせようとしているようにも捕らえられる…。
それが狙いであれば、俺は見事にはまっているな。
まぁ、ルノフェノには素直に俺の怒りを受けて止めて貰う事にしよう。
「ルノフェノ様の処分は、僕と剣で戦って貰います!」
「はぁ?なんだそれは!?」
ルノフェノは大声を出して驚いていた。
ラノフェリア公爵とネレイトも似たような感じだな。
「エルレイ君、そんな事で良いのかね?」
「はい、何か問題でも?」
「いや、エルレイ君が構わないのであれば問題無い…」
「では、早速始めたいのですが、よろしいでしょうか?」
「うむ、外で準備させよう」
俺達はそのまま外に出て行く事になった。
「エルレイ、ルノフェノは剣の腕は結構立つけど大丈夫かい?」
移動中にネレイトが心配して声をかけて来てくれた。
「はい、僕も自信がありますから!」
「それならいいんだけどね…」
俺は自信満々に言ったつもりだけれど、ネレイトは俺を信じてくれなかったのか、不安そうな表情を浮かべていた。
この前の襲撃の際にも俺は剣で戦っていたのだが、グールのお陰だとか思われているのだろうか?
庭に出て、執事から剣を受け取った。
ルノフェノも縄を解かれていたが、縛られていた手が傷むのか触って確認していたので、近寄って治療してやった。
「何のつもりだ!」
治療したのにルノフェノから文句を言われてしまった…。
「負けた時の言い訳にされては困りますからね」
「私がそんな言い訳はしない!」
ルノフェノは激怒していたが、俺は無視して所定の位置に下がり、素振りを始めた。
与えられた剣は少し長めで少々使いにくいが、子供用の剣など無いだろうからな。
グールを使えば俺の体に合ったサイズに出来るのだが、魔剣を使う訳にはいかないからな。
「二人共準備は良いか?」
「はい、大丈夫です」
「行けます!」
「では、始めよ!」
ラノフェリア公爵が二人の準備が整った事を確認し、戦いの開始を告げた!
ルノフェノは剣を構えたまま動かないでいる。
先程の様子から、いきなり斬りかかってくると思っていたのだが、意外と冷静な所もあるみたいだ。
それとも、年上の自分から攻撃するのは貴族として相応しくない、とか思っているのかもしれないな。
来ないのであれば、遠慮なく攻撃するだけだな。
「はっ!」
キンッ!
上段から打ち下ろした剣は簡単に受け止められ、そのまま打ち返された。
さらに俺は、ルノフェノの実力を測るために連撃を加えて見た。
「ふんっ!この程度か!」
ネレイトが言ってた通り、ルノフェノは相当剣の腕が立つみたいだな。
ルノフェノの方が身長も高く力も強い。
その事はこの数撃でルノフェノも理解した事だろう。
ルノフェノは、余裕の表情を見せながら剣を振るっている。
だがその余裕を見せられるのも今だけだ!
少し打ち合いしただけで、ルノフェノの実力は大体わかったからな。
ルノフェノの剣技は、ルリアの剣技とよく似ている。
つまり、俺にとっては戦い慣れた相手と言う事になる。
「ここから本気で行かせて貰います!」
「はっ!こっちもそうさせて貰う!」
ルノフェノの力を込めた一撃が襲い掛かって来た。
俺はそれを受け流し、ルノフェノの懐に潜り込んだ!
「なっ!」
ルノフェノは目を見開いて驚いているが、次の瞬間苦痛に表情が歪んだ。
俺が剣の柄をルノフェノの腹に突き刺してやったからな。
ルノフェノが苦し紛れに
「くそが…」
ルノフェノはお腹を片手で押さえ、苦しさを我慢しながら暴言を吐きだしていた。
「まだまだ行きますよ!」
それから俺は、ただひたすら致命傷にならない場所を選んで、ルノフェノを痛めつけて行った。
「くっ…私の負けだ…」
ルノフェノは片膝を付き、剣を支えにして何とか倒れないでいる状態になっていた。
「そこまで!」
ラノフェリア公爵が試合終了の合図を下した。
ルノフェノが罪を犯したとはいえ、息子がこれ以上傷つくのを見たくはなかったのだろう。
しかし俺は、ここで止めるつもりは全く無かった。
「ラノフェリア公爵様、まだ終わってはいません!」
「何だと?」
「僕はルノフェノとの戦いを望み、それを認めて頂きました。
これは試合ではありませんので、どちらかが倒れるまで続けさせて頂きます!」
「むっ…確かにエルレイ君の言う通りだ。
ルノフェノ、立ち上がって戦いを続けるのだ!」
ラノフェリア公爵は俺の言い分を聞き入れてくれ、ルノフェノに戦う様に促した。
だが、ルノフェノは倒れないのが精一杯の様子で、これ以上戦い続けることは不可能なのは俺も分かっている。
だから俺は、ルノフェノの治療を行った。
「貴様!また何のつもりだ!」
ルノフェノの痛みと傷が癒えたのが分かり、立ち上がって俺に文句を言って来た。
「ほら、殺したいと思う相手が目の前にいるんです。
僕は貴方にその機会をあげているのです。
そろそろ、全力でかかって来てはいかがですか?」
「くそが、舐めやがってぇぇぇぇ!」
ルノフェノは、なりふり構わず剣を俺に振り続けて来た!
「そう、それです!上品な剣技では僕を殺せませんよ!」
「ふざけんな!」
俺の剣技が上なのはルノフェノにも分かった事だろう。
その上で助言などされれば、俺でもキレる!
まぁ、キレたところで俺に勝つ事は出来ないけどな…。
「ぜーはーぜーはー…」
ルノフェノは力まかせに剣を振り続け、力尽きて地面に座り込んだ。
「僕を殺したかったら、いつでも掛かって来て貰って構いません。
それとも、他の人を頼らないといけないほど貴方は弱いのですか?」
「断じて…私は…弱くなど…ない!」
息も切れ切れになりながらも、ルノフェノは大声で吠えた!
「それなら、今度からは姑息な真似をせず、正面から僕に向かって来てください」
「…」
ルノフェノは答えなかったが、頭を上げて俺を真っすぐ睨みつけて来た目は清く澄んでいた。
あれなら、今後は俺に暗殺者を仕向ける様な依頼はしないだろう。
俺は剣を鞘に納め、戦いが終わった事をラノフェリア公爵に告げた。
「エルレイ君、ルノフェノの処分はこれで本当に良いのか?」
「はい、ルノフェノ様が僕に暗殺者を仕向けた事を知っているのは、ここにいる人達だけですよね?」
「うむ」
「僕の気も晴れましたし、表立って処分しない方が僕の為にもなるはずです」
「確かにな…」
ラノフェリア公爵家の次男が俺の暗殺者を仕向けていた事が世間に知れ渡れば、ラノフェリア公爵家もそうだが、俺にも被害が及ぶはずだ。
ポメライム公爵家かその周辺が、ラノフェリア公爵家は裏切ったとか言って、俺にすり寄って来るのは間違いない。
そんな面倒ごとに巻き込まれるより、ルノフェノの罪を無かった事にした方が、俺にとっても救いとなるからな。
「それに、僕の兄さんになるルノフェノ様を殺す事は出来ません」
「わはははっ、ルノフェノ、エルレイ君が家族を大事にする者で良かったな。
ルリアとリリーをエルレイ君に預けた事は間違いではなかった!」
ラノフェリア公爵は珍しく大声で笑い、ルノフェノの所に行って手を差し伸べ立ち上がらせた。
「だからと言って、ルノフェノにはけじめを付けさせねばならぬ!
ルノフェノ、真剣勝負で負けたのだ。
今後は、エルレイ君の為に力を尽くすのだぞ!」
「…はい」
ルノフェノの声は小さかったが、意思のこもった返事に聞こえた。
「所で、一つだけ気になってたことがあるんだよね。
僕の結婚式の夜に襲われた際、どうして無事に撃退出来たのかとね。
ロゼとリゼが能力者でエルレイを守っていたとしても、不意を突かれれば防げないと思うのだけれど?」
ネレイトが俺の所に来て質問して来た。
確かに、ユーティアから事前に襲撃を知らされていなければ、危なかったのかも知れない。
でも、グールがいるから何とかなった可能性もあるが…。
いや、強固な障壁を張って、自分を守っていなかったかも知れないな。
「それは、事前に襲撃があると知らせてくれた人物がいましたので」
「あっ、やっぱり!」
「むっ?その様な人物がいたのか!」
ネレイトは気付いているみたいだけれど、ラノフェリア公爵は知らないのか。
しかし、ユーティアが知らせていない以上、俺から言う訳にはいかない。
「はい、私の口からは言えません」
「そうか…」
ラノフェリア公爵はそれ以上追及して来る事は無かった。
この件は一件落着したが、ポメライム公爵側がまた何かして来る可能性はあるんだよな…。
今後も暗殺者に気を付けて行かなくてはならない事に落胆しつつ、もう二度と暗殺者が襲って来ない様にと女神クローリスに祈りをささげた…。
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