第百八十七話 ネレイトの罠 その三

≪ルノフェノ視点≫

「ちっ!やはり無事に戻って来たか…」

私は二階の窓から下の様子を眺め、男爵家三男が魔法で戻って来たのを確認し苛立ちを覚えた。

男爵家三男がいなければ、私がこの家を継いでいたと言うのに!

二度、男爵家三男の暗殺を目論んだが、二度とも失敗に終わった。

認めたくは無いが、男爵家三男が英雄の生まれ変わりと称されるほどの魔法使いであることは事実だ。

殺せないのであれば、別の方向から攻めるしか方法は無いみたいだ。

その為には、この家を出て独立するのが先だがな。

私に与えられる予定の領地は、ルフトル王国との国境付近で僻地だが、そこから男爵家三男以上に上り詰め奴の領地も奪い取ってやる!

私には無駄に過ごしていい時間は無い!

私は眺めるのを止め、教養を深めるために書斎に向かって行った。


「ルノフェノ様、お待ちください」

「何だ、私は忙しいのだ!」

執事に呼び止められ、更に苛立って大声を上げてしまった。

私とした事が冷静さに掛けていたみたいだ。

心を静める為に大きく息を吐きだそうとした時、腹に激痛が走った!

「っ…」

執事に腹を殴られた事は理解できたが、肺の空気が抜け言葉が出ない…。

そして激痛と息苦しさで、私はそのまま意識を失ってしまった…。


…。

どれくらい気を失っていたか分からないが、目が覚めるとソファーに寝かされている状態だった。

「くそっ!あの執事は殺してやる!」

私は体を起こそうとしたが、後ろ手に縛られていて上手く起き上がれなかった。

「やぁルノフェノ、目が覚めたかい?」

「仕組んだのは兄さんか!」

「そうだよ」

ネレイトがいつもの様に、にやけた笑みを浮かべて私を見下ろしていた。

「くそっ、ほどけ!」

「それは出来ないね。何故縛られているのか理解出来ない事は無いだろう?」

ネレイトは意地悪そうな表情をし、ゆっくりと正面のソファーに腰掛けていた。

理由ならすぐ分かる。しかしそれを認める訳にはいかない!

それに、上から目線で見られるのは非常に腹が立つ!

私は反動をつけて体を何とか起こし、ネレイトと正面で向き合った。


「おっ、器用だね!」

ネレイトの小馬鹿にしたような態度に怒りが増すが、冷静に対応しなくてはならない。

「何の事だかさっぱりわからない。いいからさっさとこの縄をほどけ!」

「まぁ、素直に話すとは思っていなかったからいいけどね」

ネレイトは余裕の表情を浮かべながら、理由を話し始めた。


「僕の結婚式の夜にエルレイに暗殺者を仕向けた件と、この前僕とエルレイが視察に行った際に襲撃を受けた件だね。

ルノフェノが直接関わっていない事は分かっている。

しかし、ハイド侯爵家を通じて依頼したよね。

ルノフェノも知っての通り、ハイド侯爵家は裏でポメライム公爵と繋がっている。

そんな場所にわざわざ通っていれば、怪しむなと言う方が無理な話だよね?」

「ふんっ!私はローレリアの事が好きなのだ。好きな女性の所に通って何が悪い!」

私の婚約者は別にいるのだが、婚前とは言え、他の女性の所に通った所で別に不思議な事ではない!


「まぁ、本当に好きなら問題は無かったんだけれどね…。

ルノフェノがどう思っていようとも、ローレリアには好きな男性がいるんだよね」

「なに!?」

「おや、知らなかったんだ?」

くそっ、ローレリアは私にはそんな事は一切教えてはくれなかったぞ!

「ルノフェノより、ローレリアの方が一枚上手だったと言う事かな?

流石、ハイド侯爵家の一員と言った所だろうね」

私はまんまと騙されていたと言う事か!

だからと言って、私が依頼した証拠にはならない!


「ハイド侯爵家の動きを追えば、ルノフェノが依頼した事は明白だよね。

それに、僕があの日に視察に向かう事を知っているのは、ルノフェノだけなんだよ!」

「なっ!?」

「迂闊だったね。夕食時に視察の件は話したけれど、日程迄は言って無かったんだよね。

あの領地はルノフェノが治める予定だったから色々相談したけれど、あれ自体が僕の罠だったんだよ」

「ちっ!兄さんはいつも笑っているばかりで、そんな細かい事は考えていないと思っていたが、私の勘違いだった様だ…」

「いいや、僕はルノフェノみたいに細かい部分までは考えが回らないよ。

今回は事前に用意していたからこそ出来た事で、僕はルノフェノが思っているように雑で考え無しだよ」

ネレイトはそう言って笑っていたが、父が考え無しを跡取りに据えるはずもない。

完全に私の負けだ…。

潔く罪を認める事にしよう。


「そうだ。私がハイド侯爵を通じてポメライム公爵に依頼した。

しかし、いくら兄さんでもポメライム公爵を攻撃する事は難しいと思うぞ?」

「うん、そうなんだよね…」

ネレイトは頬を掻きながら苦笑いをしていた。

ポメライム公爵は、決して自分が動く事も証拠を残す様な事もしない。

だからこそ、様々な悪事を行って来てもポメライム公爵家が没落する事は無い。

奴には資金が豊富にあり、いくらでも自由に動かせる駒があるのだからな。

ラノフェリア公爵家としても、今まで幾度となくポメライム公爵家を潰そうとして来たが上手く言った試しはない。

逆に、こちらが攻撃されてしまうほどで、迂闊に手を出す事も出来ない。

ソートマス王国としても、ポメライム公爵家が生み出す資金が無くてはやっていけないほどだからな。

ネレイトも、自身が狙われた事になったとしても、攻撃出来ない悔しさを味わっている所だろうな。

そう思うと、少しだけ怒りが収まって来た。


「それで、私を殺すのか?」

「うーん、それはエルレイ次第だろうね。

まぁ、僕はエルレイがそんな判断を下すとは思えないけれど、彼はまだ子供だから何をするか分からないよね」

確かに、子供は感情に任せて行動する。

妹のエクセアがいい例だ。

あれは考え無しに感情で行動する。

とても私の妹だとは考えにくいが、ルリアも同じ様に感情で行動するからそう言うものなのだろう。


「エルレイが来る日まで、ルノフェノは反省して過ごすと良いよ」

ネレイトはそう言って退出して行き、私は執事に連れられて地下の牢屋に放り込まれた。


反省だと?

反省するつもりは全く無い。

そもそも、この世界に不釣り合いな魔法使いが現れたのが悪いのだ。

私はただそれを排除しようとしたに過ぎずない。

一人で軍隊を退けられるような力を持った存在を今後も許し続けて行けば、世界は終わりを告げる事になるのが分からないのだらろうか!

私はいつか必ず男爵家三男が暴走し、世界を思うがままにする日が来ると思っている。

もしくは、男爵家三男以上の力を持った存在が出現するやもしれない。

男爵家三男が、力の均衡を破った事は間違いないのだからな。


過去に英雄と言う強大な力を持った存在がこの世界を蹂躙し、魔物を殲滅した。

その後に起こった事は、人々が安心して平和に暮らせる世界では無かった。

人々は、魔物のいなくなった土地を求めて各地で争いを始めた。

始めは小さな争いだったが、徐々に国同士の争いに発展していき、大陸中を巻き込んだ大きな戦争になった。

その戦争は長く続き、人々は大きな犠牲を支払う結果となってしまった。

戦争が終わり、平和な世の中になりはしたものの、その後も領土をめぐる戦争は絶えずどこかで行われて来た。

そして今、男爵家三男を中心とした戦争が大陸中に広がって行っている。

また多大な犠牲者が出る事になるだろう。

あいつは危険な存在だと言う事がなぜ理解されない!

私は怒りに任せて壁を殴りつけた!

拳から血が滲み、激しい痛みが伝わって来る。

少し冷静さを取り戻せたか…。


「ふっ、エクセアの事を笑えないな…」

私もエクセアと同様に感情を抑えるのが苦手の様だ…。

今更気付くとはな…。

そんなだから、ネレイトの罠に引っかかる事態になったのだろうと、私は牢屋の中で虚しく笑い続ける事となった…。

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