第百八十五話 ネレイトの罠 その一

ルフトル王国から帰宅して一週間が経ち、ロレーナもリアネ城での生活に慣れて来たみたいだ。

ロレーナはハーフエルフと言う事で耳も短く、幼少期は結界の外で過ごしていたので、外の生活は慣れていると本人は言っていたのだがな。

それは、ごく普通の平民としての生活であり、リアネ城での贅沢な生活とは懸け離れていたみたいだ。

それに、俺達と一緒の部屋で生活すると言うのが、一番の変化だったに違いない。


「わ、私はお姉さんなのだし、エルレイとはふ、ふ、夫婦なのだからな!

い、一緒に寝る事など、と、と、当然の事じゃ!」

と、顔を真っ赤にしながら恥ずかしがるロレーナが可愛いから少しからかったら、皆からめちゃくちゃ怒られてしまった…。

ロレーナはアルティナ姉さんやヘルミーネともすぐ仲良くなり、皆から守られる存在となったみたいだ。

火の精霊ソルも、子犬の様だと皆から可愛がられているのも一因だな。

それに、貴族の生活などした事が無いロレーナにとって、貴族の常識や礼儀作法を皆から教えられていると言うのもある。

そんな事で、ロレーナは皆とすぐに打ち解けてしまい、俺が少し除け者の様な感じになってしまった…。


リアネの街で保護して来たエリオット達だが、食事が改善されたからだろう、急成長していた…。

全身は細いままだが身長が急激に伸びていて、俺と同じか年下だろうと考えていたが、どうやら全員年上の様な気がして来た。

子供達は自分の年齢を把握しておらず正確な年齢は分からないのだが、十三歳から十五歳位だと思う。

このまま順調に育ち、勉強に励んで貰えれば、いずれは俺の執事やメイドとして働けるようになるはずだ。

勿論、エリオット達が望まないのであれば、街での働き口を探してやるつもりだ。

でも、それはまだ先の話だな。


俺の方は、溜まっていた書類を片付けた所で、何か新しい事を始めたいと考えている所だった。

このまま何もせずに過ごしていれば、アドルフから何か仕事を押し付けられそうな気がするんだよな…。

でも、今の所いい案が浮かんで来ず、戦争から帰って来たばかりだし、もう少しゆっくり過ごしても罰は当たらないよな…。

そんな事を考えていたからだろうか、ラノフェリア公爵からの呼び出しがかかり、ちょっと沈んだ気分になりながらラノフェリア公爵家へとやって来た。


「いやぁ、急に呼び出して悪かったね!」

ラノフェリア公爵家で待っていたのは、ちっとも悪いとは思っていなさそうな笑顔を浮かべているネレイトだった。

珍しいなと思いつつ、ネレイトの前に座って出された紅茶とお菓子に手を伸ばした。

ネレイトが相手なら、そこまで気を使う必要はないのでお菓子を食べる余裕はある。

「僕もこのお菓子大好きなんだよね!」

ネレイトもお菓子を食べつつ、俺を呼んだ理由を話し始めた。


「エルレイがルフトル王国に行く際に、兵の鎮圧した貴族の事を覚えているかな?」

「貴族の名前までは覚えていませんが…」

兵の鎮圧は行ったが、貴族とのやり取りはラノフェリア公爵が行ったので名前は忘れてしまっていた。

そもそも、自分の領地に多数配属された男爵達の名前も、よく覚えていなかったりするからな…。

こっちは覚えないといけないので、そのうち暇を見つけて覚えなくてはならない。

「そうだろうね!」

ネレイトも気にしていないと笑顔を向けながら話を続けてくれた。

「あの貴族達は、王命に逆らい勝手に挙兵したと言う事で取りつぶされたんだよね。

そして、そこの領地をラノフェリア公爵家が管理する事になってね。

今日エルレイに来て貰ったのは、僕が視察に行くから送ってほしいんだよね」

「なるほど、それくらいならお安い御用です」

「うん、助かるよ。馬車で行くと時間がかかり過ぎるからね」

お城に行くとか言われずに済んで一安心した。

一度行った場所だから送迎するのは簡単だし、視察なら面倒事に巻き込まれる可能性は低いだろう。


早速出掛けると言う事で、ラノフェリア公爵家の玄関に用意されていた馬車を二台と、ネレイトと使用人を八名連れて、地図で指示された場所に空間転移でやって来た。

「馬車で見て回るから、エルレイはゆっくりしてていいからね」

「はい、町には寄らないんですか?」

「うん、町の様子は分かっているから、今日見て回るのは開墾できそうな場所だね」

「なるほど」

町を見て回るのであれば、俺も見学できて嬉しいと思ったのだけれど、車窓から見える景色は長閑な風景のみだ…。

ネレイトは、地図と実際の土地を見比べながら、紙に色々書き込んで行っている。

揺れる馬車の中で器用な物だと感心すると同時に、良い感じの揺れ具合に徐々に眠たくなって来て少し眠る事にした…。


「エルレイ起きてくれ!」

どれくらい寝ていたのか分からないが、ネレイトから体を揺すられて起こされた。

どうやらお昼の様で、馬車の外では昼食の準備が整えられていた。

「たまには外で食べる食事も良いよね!」

「そうですね」

木陰に簡易テーブルと椅子が置かれていて、俺とネレイトはそこに座って昼食を摂る事となった。

たまには男同士と言うのも悪くはなく、ネレイトと外の空気を感じながら会食を楽しんだ。

「ごちそうさま」

「うん、午後も見て回る予定だからよろしくね」

まだ帰れないが、お腹もいっぱいになったし、また馬車の中で揺られながら寝ていれば終わるだろう。

そう思って馬車に乗り込もうとしていた時、胸元のグールから声を掛けられた。


「マスター、敵が近づいて来ているぜ!」

「へぇ、グールはそんな事も分かるんだ。便利で良いね!」

ネレイトはグールの危険を知らせる声を聴いても、落ち着いた様子で感心していた。

「いや、感心している場合では無いでしょう!それでグール、敵は何処から来ているんだ!?」

「前後からだぜ!見事に挟まれて逃げ場はねーな!」

「なんだと!」

俺は首を左右に振りながら街道を見ると、確かに両方から馬に乗った者達が急速に近づいて来ているのが見えた!


「ネレイト様は馬車の中に入っていてください!」

「うん、悪いけどそうさせて貰うよ」

ネレイトは俺の指示に従い、速やかに馬車の中に入ってくれた。

使用人達はネレイトの乗り込んだ馬車を守る様にして固め、俺はナイフ状のグールを取り出して剣に変化させた。

馬車と使用人を守りながらの戦いとなる。

しかも、敵は前後から攻めて来ている状況だ。

壁を作り出そうかと考えたが、敵の接近が早すぎる!


「くそっ!」

魔法が両側から放たれて来て、俺はそれを魔法で打ち消すのが精一杯だ!

範囲魔法で一気に吹き飛ばせれば楽なのだが、ネレイトと使用人が近くに居るのでそれは出来ない。

しかも敵はもう目の前まで来ている!

「グール、人数は分かるか?」

「ざっと、五十人くらいだぜ!」

五十人は多すぎるが、何とかするしかないな…。


「おらぁぁぁぁ!」

敵が馬上から斬り掛かって来た!

「くっ!」

グールで受け流したが、馬上から振り下ろされる衝撃をまともに受けてしまい、飛ばされてしまった!

俺に斬り掛かって来た奴はそのまま馬を走らせ、馬車に突っ込んで行った!

狙いはネレイトか!

俺はネレイトの馬車に向かっている馬に対して魔法を撃ち込んだ!

何の罪もない馬には悪いとは思うが、足止めするにはそうした方が早かったからな。

「マスター、右と後ろだ!」

俺は右から来た敵に魔法を撃ち込み、振り向いて後ろの敵の剣をグールで受け止めた!

一気に攻め込んで来た五十人の敵が、魔法と剣で俺とネレイトの馬車に攻撃している!

馬車が破壊される前にネレイトを助け出さなくてはならないが、馬車との間に立ち塞がる敵を排除しなくてはならない!

俺は魔法とグールを駆使して、ネレイトの救出に向かって行った!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る