第百八十四話 ネレイト その三
僕はラノフェリア公爵家の跡取りに決まってから、父上の傍について仕事を必死に覚えていた。
今まで以上に覚える事が多くて大変だけれど、ルノフェノの分まで頑張って行きたいと思う。
英雄の生まれ変わりのエルレイには、ルリアを婚約者にする事を父上が決定した。
僕は、ラノフェリア公爵家傘下の伯爵家あたりの令嬢を婚約者に据えようと考えていたので、かなり意外だった。
エルレイは男爵家の三男だからルリアとは身分が釣り合わないし、周囲からあらぬ噂を立てられるのは間違いない。
「ラノフェリア公爵家の命運がかかっているのだぞ。噂なんぞ気にしておられまい!」
父上の言う通りなのだけれど、父上が一番可愛がっているルリアを男爵家の婚約者にするとは思っても見なかったんだよね。
でも、エルレイは父上の期待に応え、男爵家三男から侯爵にまで上り詰めた。
僕が最初に思った通り、エルレイは英雄の生まれ変わりに違いなかった!
実際にエルレイに会い話をしてみると年齢通りの少年で可愛げもあり、とても一人で軍を降伏させられるような強者には思えないよね。
エルレイのお陰でラノフェリア公爵家も安泰だし、僕もクレメンティアと結婚できて幸せだね!
そう思えたのは、結婚式の翌日までだったけどね…。
「ネレイト様、緊急事態につき朝早くから申し訳ございません」
僕は夜明けとともに起こされ、まだ寝ているクレメンティアを起こさないように気を付けながらベッドから抜け出した。
昨日の結婚式の疲れも抜けていないのに、今日くらいゆっくりと寝かせて貰いたかったよね…。
僕は急いで着替えさせられて、父上の執務室へと連れて来られた。
「来たか!」
「はい、それで何があったと言うのですか?」
父上は時間が無いと言わんばかりの勢いで、昨夜起こった事を説明してくれた。
「それで、エルレイは無事なのですか!?」
「うむ、傷一つ付いておらぬ」
「それは良かった…」
僕が朝早くから起こされた理由が分かった。
と言うより、夜中に声を掛けて来なかったのは、気を利かせてくれたと言う事だよね。
でも、エルレイの一大事だと言う事であれば、遠慮なく声をかけて貰いたかった!
しかし、ラウニスカ王国の暗殺者の襲撃を受けて無傷で済むとは、喜んでいいのか驚いていいのか…。
エルレイが襲撃を受けた事は問題だが、それ以上にラノフェリア公爵家での襲撃を許してしまった方が大問題だ。
さっそく父上と一緒に、情報を知る使用人達から話を聞き出した。
暗殺者を引き入れた者はハーヴィン男爵で、今朝毒殺された状態で発見された。
恐らく暗殺者がエルレイを襲う前に殺したのだと思う。
ハーヴィン男爵はラノフェリア公爵家の傘下の貴族で、特別何か悪い所があるような人物では無かった。
強いて言えば、男爵にしては珍しく五人の妻を娶っているくらいだろう。
その分お金に困っていると言う話を聞いたくらいだ。
暗殺者を雇った側からすれば、お金をちらつかせるだけで使えるいい駒だったのだろう。
エルレイ暗殺未遂については公表できないので、ハーヴィン男爵は病死とし、早急に後継者を選ばせることにした。
それから、父上と共にエルレイに謝罪し、襲撃された状況を詳しく聞いた。
「父上、犯人を見つける事を僕に任せて貰えませんか?」
「失敗は許されぬぞ!」
「はい、承知しております!」
父上にお願いをし、僕がエルレイに暗殺者を送った人物の特定を任せて貰う事になった。
現段階である程度予想は出来ているが、証拠が全くない。
証拠を見つけて自白させなくてはならないが、今の段階で自信はあまりなかった。
しかし、犯人を見つけられなければラノフェリア公爵家の沽券にかかわる事になる。
失敗すれば、僕は跡取りの座から降ろされるのは間違いないだろう。
いいや、今は僕の事などどうでもよく、エルレイの身の安全の方が優先される。
しっかりと犯人を見つけて、一日でも早くエルレイを安心させてやらなくてはならない!
僕は自分の執務室に戻り、情報を纏めていく作業に取り掛かった。
暗殺者はエルレイが寝ていた部屋の鍵を使って扉を開けた事から、ラノフェリア公爵家内部に犯人とつながっている人物が居る事が分かる。
エルレイは結婚式当日に来て、エルレイが宿泊する部屋を知っている者は数人に限られていた。
父上、僕、執事ヴァイス、メイド長ジドニーナの四人だけで、この四人が鍵を渡した事は考えにくい。
他の使用人が知ったのは、結婚式が終わる少し前にジドニーナが指示を出してからだ。
エルレイの宿泊する部屋を担当した使用人は全員から聞き取りを済ませていて、この者達が鍵を渡したとは考えにくい。
考えられるのは、以前から全ての部屋の鍵を用意しておいて、当日エルレイが宿泊する部屋に入った後に、その部屋の鍵を渡したと言う事くらいだろう。
部屋の鍵は厳重に管理されてはいるが、使用人であれば誰でも持ち出す事は可能だ。
その際に鍵の型を取り、外で作らせたりしする事は可能だ。
今後は、定期的に鍵の交換をしていかなくてはならない。
首謀者についてだけれど、敵が多すぎて特定するのが難しい。
だから、一人ずつ地道に調べていくしかない。
ラウニスカ王国に依頼するには大金が必要となる。
最低金板十枚からで、対象者の難易度や地位次第で金額は跳ね上がって行く。
今回は公爵家と言う事で金板百枚以上かかったと推定される。
貴族と言えども簡単に出せる金額ではない。
でも、邪魔なエルレイを殺せるなら喜んで出す者は大勢いそうだし、高額だけれど失敗する事はほぼ無いと言われているからね。
首謀者の誤算は、エルレイ側にもラウニスカ王国の能力者が居た事だろう。
さて、金額からも絞れて来た事だし、後は結婚式前の行動を調べていくしかない。
ここからは、集められた情報を一つ一つ調べていく地道な作業が始まった…。
貴族の交友関係、資金の流れ、商人との繋がり。
膨大な量の情報を整理し、エルレイと結び付けていく…。
試験の時より精神が削られて行くが、今はあの時とは違う。
「あなた、お疲れのようですので、少し休憩なさってください」
「うん、そうさせてもらうよ!」
妻が心配して優しく声を掛けてくれるだけで、僕の精神は癒されて行く…。
更に、ソファーで膝枕をしてくれる妻は、本当に女神様だと思う。
妻は僕の頭を優しく撫でながら、微笑みかけてくれる…。
こんな幸せな時間が延々と続けばいいと思うと同時に、エルレイを安心させてあげなくてはと思った。
「クレメンティア、ありがとう。疲れも取れて元気が出て来たよ!」
「それはよろしかったです。ですが、無理はなさらないでください」
「うん、無理はしないよ」
僕は膝枕から起き上がり、妻に感謝を込めたキスをしてから仕事に戻った。
「父上、首謀者の特定が完了しました」
「そうか!」
父上は僕の報告を受けて、とても喜んでくれていた。
「ですが、最後に一つ罠を仕掛けたいと考えています」
「ふむ、まだ決定的証拠をつかめていないと言う事なのだな?」
「はい、その通りです」
父上にはそう伝えたが、証拠はもう既につかんでいる。
ただ、自分の目で確認したいだけだった。
「分かった。私の協力が必要なのだな?」
「はい、父上にも協力をお願いします」
首謀者をこの目で確かめるために、最後の罠を仕掛け、準備に取り掛かって行った。
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