第百八十三話 ネレイト その二

ルリアに気付かされたのは、挑戦していく事の大切さだね!

僕もこの試験に対して、ルリアと同じように挑戦して行こうと思う。


僕は書き纏めた資料を手に取り、ページをめくり続けて行った。

これだ!

魔法使いの一覧表を簡単に書き留めていたのだけれど…無いな。

僕は自室を出て資料室に向かい、魔法使いが載っている資料に再び目を通した。


やはりそうか…。

僕は無詠唱とだけ書かれていた人物の所に、使用属性が書かれていない事を再確認した。

他の人物の所には全て使用属性が書かれているのに、この人物だけ書かれていない。

調べられなかったと言う事では無いはずだ。

この人物はラノフェリア公爵家の傘下にある男爵家の子供だから、教えろと言えば拒否しないはず。

教えられなくとも、遠くから魔法を使っている所を見ればすぐに分かる事だしな。

それなのに書かれていないと言う事は、書く必要が無かったと捉えるのが自然だろう。

つまり、全ての属性魔法を使えると言う事。

全ての属性魔法を使えたのは、ローアライズ大陸の歴史の中において英雄ただ一人しかいない。

僕は心躍る気持ちを抑えながら自室に戻って来た。

彼は英雄の生まれ変わりに違いない!

彼を中心として、ソートマス王国の向かうべき将来について考えて行く事にした。


そして、試験開始から三か月がたち、僕とルノフェノは父上の前で発表する事となった。

「ネレイトから発表しなさい」

「はい、分かりました」

僕はこれまで纏めて来た事を、自信を持って発表する事にした。


「ソートマス王国の将来についてですが、アイロス王国と戦争をし、領土を奪い取るべきだと考えました。

歴史において幾度となく戦ってきた両国ですが、決着をつけるのは今しかないと思うのです。

その理由としては、アリクレット男爵家の三男エルレイと言う魔法使いです。

彼はまだ子供ですが、将来は大陸一の魔法使いとなるのは間違いない事です。

とは言え、まだ実績のない子供をいきなり戦いに駆り出すのは無謀です。

先ずは彼を取り込み、成長を見守った後に一度アイロス王国側に工作を仕掛け、攻め込んで来た所の戦いに参加させて実力を確認しようと思います。

幸いな事に、アリクレット男爵家は国境に位置しており、アイロス王国が攻め込んでくれば否応なしに戦わなくてはならないでしょう。

勿論、ソートマス王国軍での支援も必要です。

その戦いにおいて彼が実力を示すことが出来れば、本格的にアイロス王国に攻め込めると言う事になります。

ラノフェリア公爵家として彼を全面的に支えて行けば、貴族間の優位性と領土を手に入れることが出来ると思います。

戦争をするのですから、一時的な損失は免れませんが、アイロス王国を手に入れることが出来れば、それ以上の見返りがあるのは間違いありません。

決断するのはこの時をおいて他にない!と僕は考えました。

以上です」


父上は僕の発表を聞いて表情を変化させる事は無かった。

父上は公正な人だから、ルノフェノの発表を聞くまで表情に出す事は無いと思うので、希望を持って待つ事にしよう。

ん?希望?

僕はいつの間にかラノフェリア公爵家を継ぎたいと思っていたのだろうか?

いいや、単にエルレイの行く末を見たいだけだね。

僕は相変わらず、ラノフェリア公爵家はルノフェノが継いだ方が上手くやって行ける思っている。

だからと言って、試験で手を抜いたりはしていない。

決めるのは父上だから、ルノフェノの発表を待つ事にしよう。

視線をルノフェノに向けると、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

まぁ、ルノフェノの言いたい事はよく分かるが、僕としても最大限に頑張った結果であって恥ずかしい物では無かったと思う。


「ルノフェノ、発表しなさい」

「はい!」

ルノフェノは堂々とした態度で発表を始めた。


「私は兄さんと違い、夢物語を信じるほど愚かではない。

ソートマス王国は戦争と言う無駄な事はせず、食料の生産に力を注ぐべきだと考えます。

理由としましては、四、五年に一度は天候不順などにより作物が不作となり、餓死者が出る事もあります。

三年前には、疫病の発生により多くの死者が出たのは記憶に新しい所です。

今のソートマス王国は国力を下げており、これを回復させるのが喫緊きっきんの課題となっております。

幸いな事に、ラノフェリア公爵領側は肥沃な大地に恵まれており、農作物の生産力は非常に高くなっております。

作物の不作に備え、新たな土地の開墾を行い穀物類の生産を行っていき、食料を保存しておかなくてはなりません。

疫病の備えとして、魔法使いの確保は当然の事として、薬草の栽培も開始して行こうと考えています。

薬草があれば、魔法使いが到着するまでの間の生存率を高められ、あるいは魔法に頼らなくとも治癒出来るかも知れません。

ラノフェリア公爵家では薬草の生産と販売を行っていく事で、いずれはポメライム公爵家の資金力にも対抗できるのではないかと考えます。

アイロス王国への備えですが、現状のままで対応可能だと判断しました。

アイロス王国の強みは難攻不落のアイアニル砦の存在が大きく、侵攻する軍はそれほど精強ではありません。

したがって、現在ある砦で十分守り切れるはずです。

仮に、アイロス王国軍が全軍で攻め込んできた場合は厳しい戦いになりそうですが、アイロス王国の北にはラウニスカ王国の目が光っているため、その様な愚行は行わないと判断します。

以上で私の発表を終わらせていただきます」


ルノフェノの発表も終わり、父上の判定待ちとなった。

父上は目を瞑り、考え込んでいる…。

ルノフェノの発表には、僕も納得してしまった。

食料の生産力を高め、不作に備える事は非常にいい考えだ。

戦争をしていては、開墾費用を捻出する事は難しいと思う。

薬草の栽培もいい着眼点だね。

やはり、ルノフェノがラノフェリア公爵家を継ぐのに相応しいと思う。


父上がゆっくりと目を開き、僕とルノフェノをじっと見た。

「ネレイトに質問だ」

「はい」

「何故この子供が大陸一の魔法使いになると思ったのだ?」

「それは、彼が四属性魔法全てを使え、更に呪文を唱えないで魔法を行使できるので、英雄の生まれ変わりだと確信したからです」

「ほう?与えた情報の中に四属性魔法を使える記載は無かったと思ったが?」

「はい、ありませんでした。しかし、他の魔法使いは全て使用属性が書かれているのに対して、彼だけ書かれていませんでした。

ですので、全てを使えるのだから記載していないと判断しました」

「なるほど、分かった」

父上の質問で僕の考えは間違っていなかったと確信した。

父上は、僕達に与えた資料に目を通したのだろうけれど、全てを記憶しているはずも無い。

しかし、エルレイの情報を覚えていたと言う事は、父上もエルレイに興味を示していたと言う事だよね。

僕の考えが合っていたことに対して、少し嬉しい気持ちになった。


「ルノフェノに質問だ」

「はい」

「栽培する薬草は決めているのか?」

「いいえ、与えられた情報には無かった事ですので、まだ決めておりません」

「ふむ、では仮に薬草栽培が上手く行き、何処へ販売すると言うのだ?

平民は高価な薬草を購入することは出来ないと思うが?」

「それは、領地を治める貴族に販売し、疫病に備えて貰います」

「疫病に対して効果があるかどうか分からない薬草を購入するとは思えぬ。

しかし、値段を平民でも買えるほど安くし、通常の病気に対して効果のある薬草であれば作る価値は出て来る。

調査してみる価値は大きそうだ」

「はい、父上のおっしゃる通りです!」

父上は、薬草に興味がわいた様子で、ルノフェノと議論を重ねていた。

どうやらルノフェノが後を継ぐ事に決まったみたいだね。

少しだけ残念に思うが、ルノフェノにならラノフェリア公爵家を安心して任せられる。


「さて、試験結果を発表する。

ネレイト、ルノフェノ、どちらとも私の想像を上回る内容に正直驚かされた。

どちらが跡取りとなったとしても、ラノフェリア公爵家の未来は明るいだろう。

しかし、跡取りに成れるのは一人のみ。

選ばれなかった方はラノフェリア公爵家を出て貰う事になるが、その才能を生かせる場所を用意するので安心するがよい」

そこまで話して、父上は僕とルノフェノの目を見た…。


「ネレイト、お前がラノフェリア公爵家の跡取りだ。今後より一層励むのだぞ!」

「はい!父上の期待にお応えできるよう粉骨砕身の覚悟で励んでまいります!」

「父上!どうして私では無かったのですか!理由を教えてください!」

選ばれたのは僕の方で、選ばれなかったルノフェノは父上に説明を求めていた。

「理由か。ラノフェリア公爵家は代々ルノフェノが提案した様な安全策を取って来た。

その結果として、長い間ラノフェリア公爵家は受け継がれて来たのは事実だ。

しかし、今時代が大きく動き始めようとしている。

危険だと分かっていても、突き進むべきだと私は考えた」

「それが、兄さんの言った英雄の生まれ変わりですか?」

「うむ、この判断がラノフェリア公爵家を潰すかもしれない。

しかし、私はそれでもいいと考えている。

ルノフェノには、ラノフェリア公爵家が潰れた際には血を受け継いでほしいと思っている」

「…分かりました」

ルノフェノは父上の説明を受けて、表向きは納得したように見せていた。

しかし、思いっきり握りしめられた拳には、ルノフェノの気持ちがよく表れていた…。

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