第百八十二話 ネレイト その一
≪ネレイト視点≫
僕は歴史あるラノフェリア公爵家の長男として生を受けた。
幼い頃より周囲からは、将来はラノフェリア公爵家を背負って行く者として期待されていた。
しかし、ラノフェリア公爵家の跡取りを決めるのは生まれた順番では無く、試験により選出される。
現段階でラノフェリア公爵家には男子は二人しかおらず、弟ルノフェノと共に試験を受け跡取りを決める事になっている。
ルノフェノは頭がとても良く、間違いなく僕よりラノフェリア公爵家の跡取りとして相応しいだろう。
性格に多少の難があるのだが、そこは試験とは関係ない所だから問題にはされていない。
僕が十五歳、ルノフェノが十四歳になった時に試験が行われた。
試験内容は、ソートマス王国とラノフェリア公爵家の将来について、というものだ。
この内容が言い渡された後、僕とルノフェノは困惑してしまった…。
ルノフェノの表情は全く変わっていなかったが、恐らく僕と同じ事を思ったに違いない。
将来とは、いったいいつまでの事を指しているのか?と…。
一年後、五年後、十年後、二十年後?
いつまでかは分からないが、与えられた膨大な資料を見てから、ゆっくりと考えるしかなさそうだ。
試験期間は三か月間。
膨大な資料に目を通すだけで一ヶ月以上かかるだろう。
ルノフェノは既に資料に目を通し始めている。
僕も限られた時間の中で、資料に目を通して行く作業に取り掛かった。
毎日が苦痛の連続だ…。
ルノフェノは澄ました表情で黙々と資料を読み解き纏め上げている。
一方僕はこの様な作業は苦手で、長時間資料に目を落としていると集中力が無くなって来る…。
気分転換をする為に資料の置かれている部屋を出て、庭を散歩して周る事にした。
時間が無いのは分かってはいるが、一日中机に向かっているのは性に合わない。
それに、外の空気を吸っていると良い案が浮かんだりもするんだよね…。
「はぁ~、気持ちいい!」
気楽に散歩を楽しんでいると、遠くから炸裂音が聞こえて来た。
「ルリアだろうね」
ラノフェリア公爵家で魔法が使えるのはルリアしかいない。
使用人たちの中には魔法が使える物は多く居るが、こんな時間に魔法を使ったりはしないからね。
音のする方に向かうと、案の定ルリアが魔法の訓練を一生懸命やっている所だった。
僕は邪魔をしない様に、遠くからその様子を窺う事にした…。
魔法かぁ…。
僕も魔法が使えたらどんなに楽しかった事だろう。
試験なんて受けずに、宮廷魔導士を目指していた自信はある!
でも、才能の無い僕では宮廷魔導士は無理だね…。
思わずため息が零れてしまった…。
勉強においてはルノフェノに敵わない。
剣術も同じで、年の離れたルリアにも負けそうになっている。
何をやっても一番に成れない僕では、ラノフェリア公爵家を継ぐ資格は無いのかも知れないな…。
でも、試験は頑張って見るつもりだけどね。
ルリアの魔法の訓練も終わったみたいなので、僕も休憩を終えて資料室に戻って行った。
ルリアの魔法を見ていたからだろうか。
運良く手に取った資料が魔法使いについての物だった。
ラノフェリア公爵家と魔法使いは、切っても切れない関係だ。
今もラノフェリア公爵家は多くの魔法使いを雇い入れて、大陸中の情報を集めさせている。
そう言った点で、一番重要な資料なのかもしれない。
資料には貴族、平民を問わず、ソートマス王国内の魔法使いについての情報が記されていた。
僕はその中から、将来有望そうな若い魔法使いの情報をまとめて行く。
当然、ルノフェノもこのくらいの事はやっているだろう。
しかし、ラノフェリア家の将来を左右する様な魔法使いなどいる筈もないよね。
何となく資料をまとめていると、一人だけ目に留まった魔法使いがいた。
無詠唱とはどういう意味だろう?
文字の如く、呪文を唱えないと捕らえて良い物なのか?
ルノフェノに聞く訳にもいかず、先程のルリアの魔法を思い出して見た。
ルリアが可愛い声で呪文を唱えていたのは間違いない。
その呪文を必要としないと言う事であれば、魔法使い同士の戦いにおいて負ける事は無いのでは?
勿論、相手の数が多ければ、多勢に無勢で敗北するだろう。
うん、ルリアより一つ下の子供だし、気に留めておく程度で良いだろう。
僕は他の資料に目を通して行く作業に移って行った。
資料を読み始めて二か月が経過し、僕はやっとすべての資料に目を通す事が出来た。
ルノフェノは一ヶ月で終えて、さっさと自室の方に戻って行ったのだけれどね…。
残り一ヶ月、纏め上げた資料を基に、やっと課題に取り掛かる事になった。
ソートマス王国の将来は、現状を維持したままだと仮定した場合、人口増加に伴い産業も大いに発展していく事になるだろう。
順風満帆だけど、ラノフェリア公爵家にとってはあまり良い事ではない。
ラノフェリア公爵家の主な収入源は、農産物、海産物、塩等の食料品が主な物だ。
一方、ラノフェリア公爵家の敵であるポメライム公爵家は、紙の生産、鉱山、その他の生活必需品の生産をしている。
ラノフェリア公爵領は、肥沃な土地に恵まれているのは間違いない事ですが、そこから生み出されるお金はそこまで多くはない。
試験では、この辺りの変化をどうすればいいのかと言う事なのかもしれないね…。
一番簡単な方法は隣国の領土を奪い取る事だけれど、失敗する可能性が高い。
でも、アイロス王国の方も、そろそろ戦争したそうな雰囲気だと言う情報もあったんだよね…。
ソートマス王国とアイロス王国とは、何度も戦争を繰り返して来ていて、その度に国境の位置が変わっている。
しかし、どちらの国も相手を滅ぼす所まではいっていない。
ソートマス王国軍は精強で、多くの砦を建造していて守りは硬い。
アイロス王国側は切り札の砦があり、ソートマス王国軍は一度としてその砦を抜けた事が無い。
だから、戦争に勝利したとしても、僅かな領土を得られるだけに過ぎない…。
ルフトル王国側には強力な精霊魔法使いが居て、勝てたためしはない。
大金と人命を使ってまでするような事ではないよね…。
何か新たな産業を起こせれば一番いいのだけれど、過去の当主も色々試して失敗に終わっている。
始めて早々に僕は壁にぶち当たってしまい、僕はベッドに体を投げ出して仰向けに寝転んだ…。
「頭のいいルノフェノは、新しい産業を考えているのだろうな…。
父上も同じだろうか?」
あの父上が、新たな産業を生み出そうとしているとは思えなかった。
何故なら、その様な考えがあるのであれば、すでに動いているに決まっている!
それと同時に、父上が何もしないと言う事はありえないとも思う。
あの資料から考えると、ラノフェリア公爵家の現状を大きく変化させるのは領地を増やすしかない。
ポメライム公爵派閥の貴族を引き抜く?
資金力で負けているためにそれは無理な事だろう。
残された道は戦争だが、先程考えた通り無駄な事だろう。
僕は頭をかきむしりながら勢いよくベッドから飛び降りた。
無い頭で考えても無駄だと諦め、気分転換に散歩に出かけた。
温かな日差しの中を散歩すれば気分が晴れると思ったが、そうはならなかった…。
僕の頭の中は晴れ渡る空とは違い、暗雲が立ち込めたままだ。
しばらく歩いていると、暗雲を斬り裂くかのような声が聞こえて来た。
ルリアが剣の訓練をしていたので、今日も見学させて貰おう近づいて行くとルリアに見つかってしまった。。
「ネレイト兄様、少し手合わせをして貰えないかしら?」
「いいけど、手加減してくれると嬉しいかな?」
ルリアは僕の言った事を冗談と思ったのか、一切手を抜かずに攻撃してきた。
ルリアの小さい体から繰り出されてくる一撃は軽く、受け流すのは苦ではない。
しかし、その手数の多さに押されまくる。
「参った!」
「むぅ~!」
ルリアは頬を膨らませて不満顔だけれど、僕は本気を出して戦って負けたのだけれどね…。
ルリアとは体格も違えば力も僕の方が上なので、その差を使って戦えば勝つのは当然僕になる。
可愛い妹のルリアに対してそんな大人げないことは出来ないので、技術のみで勝負すれば結果はごらんの通りだ。
ルリアの何に対してもまっすぐ向かって挑戦して行く姿は、僕には無い事で羨ましく思えるね。
そうか!
「ルリア、ありがとう!」
僕の感謝に首をかしげているルリアの頭を撫で、急いで自室に戻って行った。
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