第百八十一話 アドルフ その二
アリクレット侯爵様がこちらにやってくる日が来ました。
今日まで準備を進めて来て、何とか間に合わせることが出来ました。
課題として残っている部分は多々ありますが、残りはアリクレット侯爵様と共に解決して行かなくてはなりません。
ラノフェリア公爵様からは、私の裁量で全ての物事を決めてよいとは言われておりますが、流石にそこまでは出来ません。
重要な案件は、アリクレット侯爵様に確認して頂く必要があります。
私は使用人全員を集め、アリクレット侯爵様を迎えるにあたり訓示を行います。
「本日より、アリクレット侯爵家の皆様がお住まいになられます。
より一層気を引き締めて仕事を行ってください。
アリクレット侯爵様についてですが、優れた魔法使いで英雄の生まれ変わりとも言われている人物です。
今後も様々な出来事に巻き込まれる可能性が非常に高く、私達がしっかりとお支えしなくてはなりません。
次に奥方様についてですが、アリクレット侯爵様の年齢と実力を考えますと今後も増える事が考えられます。
その為の準備を怠らぬようお願いします。
最後に、アリクレット侯爵家はラノフェリア公爵家と共にソートマス王国を支えていく事となるでしょう。
私達は歴史に名を残す家に仕える事を誇りに思い、精一杯お仕えして行きましょう!」
私達はアリクレット侯爵様を迎えるために玄関に整列しまし、仕える主の到着を固唾をのんで待ち構えます…。
玄関は静まり返り、緊迫した空気に包み込まれています。
静寂を打ち破るかのように、主の足音が聞こえてきました。
「「「「「エルレイ侯爵様、お帰りなさいませ!」」」」」
私たちは一斉にお辞儀をし、主を出迎えました。
本来であれば、アリクレット侯爵様をお呼びしなくてはならないのですが、本人からアリクレットでは他の家族と間違えてしまうと言う事で、エルレイ様と呼ばせて頂く事になっております。
エルレイ様の挨拶は、侯爵家の主としては相応しい物ではありませんでした。
ですが、後からカリナから聞いた話によると、女性の使用人達には受けが良かったようです。
可愛らしくて母性をくすぐられ、守ってあげなくてはと思わされたと…。
男性の使用人の方は、もう少ししっかりして頂きたいと言う声が多かったです。
その辺りの事は、私が少しずつ教えて行かなくてはならない様です。
エルレイ様には、私達が纏め上げた書類の決裁作業をお願いしました。
エルレイ様はまだお若く、元々は男爵家の三男であったため、このような仕事に関する勉強をしてきてはいなかったと教えられていました。
それに、エルレイ様は戦争で活躍するために、ラノフェリア公爵様から魔法の訓練に集中する様に言われており、勉強する暇が無かったはずです。
ですので、私も書類に目を通して下さるだけで良いと考えていたのですが…。
「なぜ武器と防具の購入費が計上されているのだ?
アイロス王国軍から装備を取り上げた筈だが?」
「はい、取り上げた装備はソートマス王国軍の物になっております。
ですので、ここには装備がありません。
仮に装備があったとしても、アイロス王国を想起させるような物は使用できません」
「そうか、分かった」
エルレイ様は書類に目を通し、疑問や分からない所があれば私に質問して来て理解した上でサインをしてくださいます。
勉強していなかったと言うのは嘘では無いのでしょうか?
確認の為、わざと計算間違いをした書類を混ぜていたのですが、見事に指摘されてしまいました。
エルレイ様は魔法だけではなく、領地経営の方でも素晴らしい才能を発揮して下さるのかも知れないと期待してしまいます。
とは言え、先にエルレイ様には魔法で解決して頂かなければならない問題があります。
それは、旧アイロス王国軍の処遇に関してで、降伏の条件に兵士達の仕事を求めて来ました。
一部はアリクレット侯爵領の守りとして雇いますが、残りの多くには家と畑を与えなくてはなりません。
家の方はお金で解決できる問題なので何とかなるのですが、畑の開墾作業は簡単にはいきません。
エルレイ様は戦争の際に、壁を作り落とし穴を掘ったりなさっておりますので、開墾作業も可能なのではと思っておりました。
実際にエルレイ様が引き受けて下さり、その作業を見学させて頂いたのですが…。
まさか、一日で広大な土地を開墾してしまうとは思ってもいませんでした…。
この事は暫く秘密にしておかなくてはなりません!
もしこの事が露見してしまえば、王国中から開墾の依頼が殺到するのは間違いありません。
それはそれで、お金になる事業なのですが、エルレイ様の貴重な時間を使ってまで行う事ではありません。
エルレイ様には、もっと重要な要件が幾つもあるのですから。
とは言え、アリクレット領内の事であれば、エルレイ様に頑張ってもらうしかありません。
次は街道整備をお願いしましたのですが…。
まさか、石畳まで作られるとは思っておりませんでしたので、急遽注文していた石の切り出しを止めて貰いました。
ですが、既に切り出していた石の買い取らなくてはなりませんし、人を大量に雇っていた分のお金は支払わなくてはなりません。
これは私の失態です。
この事をエルレイ様に報告し謝罪したのですが…。
「その石畳は、リアネの街の石畳を整備しなおすのに使えば良いんじゃないかな?
それでも余る様なら、他の街に回しても良いと思う」
「承知しました」
なるほど、街道が新しくなるのにリアネの街の石畳が古いままでは、エルレイ様の統治される街として相応しくありません。
私は直ぐに手配をし、リアネの街の石畳の整備を開始しました。
石を切り出すために雇っていた人をこちらに回し、エルレイ様が街道整備を終えるまでに何とか間に合わせる事が出来ました。
それにしても、エルレイ様の魔法は戦争に活用するより、事業に活用する方が向いているのではないかと思えるほどです。
残念な事に、強力な魔法を周囲が武力として使わないはずはありません…。
エルレイ様は、貴族の鎮圧及びルフトル王国に出掛けられました。
私達はエルレイ様が戻って来られるまでの間に、少しでもアリクレット侯爵領を発展させなくてはなりません。
執務に携わる使用人全員で案を出し合い、それを実行していきます。
まず初めに、大量に余っていた旧アイロス王国軍の馬車と馬を使い、街道に乗り合い馬車を運行させました。
これにより、アリクレット侯爵領内の人の行き交いが増える事でしょう。
次に、リアネの街に商人を寄こして貰うようにと、ラノフェリア公爵家にお願いしました。
当然、リアネの街にも商人は大勢いますが、せっかく二つの王国が一つに纏まったのですから交流させない手はありません。
その事により、商人達がより競い合う事を期待しています。
ラノフェリア公爵領までの街道整備も行わないといけない事になりますが、そちらは余裕が出来てからになるでしょう。
最後に、警備の強化を行いました。
人が増えれば、それだけ犯罪も増加します。
完全に犯罪を無くすことは不可能ですが、減らす事は可能です。
お金はかかりますが、安全な街でなければ人は来てくれませんし、人が多く来てくれるのであればお金は直ぐに回収できます。
もう既に、使用人の中にエルレイ様にお仕えする事は不満に思う者はおりません。
ラノフェリア公爵家に居た頃より、生き生きとして仕事に取り組んでいる者達ばかりです。
やりがいのある仕事と言う意味合いもありますが、お優しいエルレイ様の為に尽くしたいと思っているのだと思いますし、私も同じ気持ちです。
エルレイ様は使用人の私達と同じ立場で話して下さいます。
最初は私も戸惑いましたし、貴族として相応しくありません。
もしこの事が他の貴族に知られでもしたら、良い攻撃材料になるのは間違いありません。
しかし、よく考えて見れば、エルレイ様を攻撃できる貴族など存在しません。
表立って文句を言えば、ラノフェリア公爵家とアリクレット侯爵家、そしてソートマス王家を敵に回す事になり、潰されてしまうのは目に見えています。
エルレイ様は、それだけの力を手に入れているのです。
本人はお気づきになっていらっしゃいませんし、無理に教える必要も無いでしょう。
過ぎたる力は身を亡ぼすものです。
そうならない様に、私達がしっかりとお支えして行かなくてはなりません!
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