第百七十九話 財務卿ヒューイットの戦い

≪ヒューイット視点≫

リースレイア王国とルフトル王国との戦争は、敗北と言う形で幕を閉じた。

軍が私の提案を受け入れ、新魔剣を使用せずにいてくれた事には感謝しか無い。

想定以上の被害が出た事は残念に思うが、致し方ない事だったのだろう。

それと、私の所に一足早く軍は情報を持って来てくれた。

その情報は、私を驚愕させるには十分な物だった。

そして、その情報を確認するために魔剣開発部のガロを尋ねて行った。


「今日は何の用?」

何時もながら、面倒くさそうな表情を隠しもせずにガロは私の前に出て来てくれた。

「ここでは話せない、出来れば二人きりで話をしたい」

「ん-こっちに来て」

ガロは魔剣開発部の自室へと私を案内してくれた。

ガロの部屋に入るのは初めての事だが、様々な物が乱雑に置かれていて、書籍などは積みあがっていて倒れて来そうな感じだ…。

「そこに座って」

ガロは椅子の上に載っていた物を机の上にのせて、私にその椅子に座る様にと勧めて来た。

私は椅子の埃を手で軽く落としてから着席した…。

ガロも自分の椅子に座り、座ったままクルリと体を回して私と向き合ってくれた。


「それで?」

「あぁ、軍から届けられた情報だが、リースレイア王国側に二本の魔剣があったそうだ。

その詳しい情報はこの紙に記されているから読んでくれ」

「ん」

ガロは私から紙を受け取り読み始めた。

魔剣をリースレイア王国が所持していても不思議ではない。

戦争の際に回収された魔剣もあれば、貴族が密かに売り捌いた魔剣もある。

問題は、軍の所持する魔剣ヴァーミリオンが斬られた事だ。

私は魔剣に関して詳しくは無いが、有名どころの魔剣くらいは知っている。

ガロは読み終えたのか、急に立ち上がって書籍が積み上げられている所に行き、その中から下の方にある書籍を勢いよく抜き取った!

私は積み上げられている書籍が倒れて来るかと身構えたが、グラグラと揺れただけで倒れて来る事は無かった…。

ガロは椅子に戻って座り、持って来た書籍のページをめくり始めた。


「ここ」

ガロは開いたページを私の前に差し出して来たので、私はそれに目を落として見た。

「魔剣エンペラーか?」

「ん、ヴァーミリオンを斬れるのはこれしか無いと思う」

「相手が魔剣エンペラーを所持しているとは考えにくいぞ?」

魔剣エンペラーは国宝の魔剣で、国王が所持している物だ。

私は実際に見た事は無いが、緊急時には国王の身を守ると言われている。

ガロが開いたページには、所持者の身を守り、あらゆる物を斬り裂くとだけ書かれている。


「ヴァーミリオンは火炎強化系の魔剣。威力と切れ味でこれに勝る魔剣はこれくらいしか思い浮かばない」

「そうか…」

ガロは再びページをめくり始め、最終ページあたりで止めた。

「これは?」

「この紙に魔剣が話したと書かれていた。話す魔剣はこれしか無い」

ガロは詳しい説明をめんどくさがり、俺に読むようにと促して来た。

仕方なく私は目を落として読み始める。


リースレイア王国が誕生する遥か昔、英雄クロームウェルの弟子として魔剣作成に携わった者達がいた。

そして今、リースレイア王国の王家に連なる者達はその弟子の末裔であり、魔剣の作成方法を受け継いできた。

ガロもその中の一人であり、一応立場的には私よりも上だ。

しかし、ガロは魔剣作成以外に興味が無く、地位を捨て研究に没頭している。

英雄クロームウェル没後、ガロの様な者達が研究を重ねて来てなお作り出せないのが、書籍に書かれている魔剣グール。

またの名を、呪いの魔剣グールと呼ばれている魔剣だ。

魔剣グールは英雄クロームウェルが作り出し魔物を排除した魔剣で、英雄クロームウェル以外使いこなせたものは居ないと言われている。

魔剣グールを所持した者は死ぬまで魔剣グールを手放せず、使用すると確実に死を迎える事になる。

故に呪いの魔剣グールと呼ばれ、誰も所持したがらない魔剣だとされている。

魔剣グールの能力は、刀身を変化させられる事と話せる事以外分かっていない。

そんな魔剣を相手が使用していたという事実を信じられるはずもない。

しかし、軍が虚偽の報告を私に伝えて来たとは思わない。


「本当に魔剣グールしか無いのか?」

私はガロに確認すると、大きく頷いた。

「英雄クロームウェル以外使いこなせない魔剣では無かったのか?」

「それは本当。過去に何人も使いこなそうと試したけれど全員死亡している」

ガロは机の中から古い紙束を取り出し、私に見せてくれた。

紙束には多くの名前が書きこまれていて、その者達がグールを使用した結果、死亡と書かれていた。


「そしてこれは、そっちから貰った情報」

ガロが差し出してきた紙は、確かに私が渡した物だった。

「そうか!」

「この人なら使いこなせる可能性がある?」

ソートマス王国に英雄の生まれ変わりとが居るのを忘却していた。

いや、ルフトル王国に加担するとは思っていなかったと言うのが正解だな。

「魔剣グールは英雄クロームウェルの知識を全て持っていると言われている。

その報告書にあった魔剣を強化した可能性を否定できない」

「なるほど、それでヴァーミリオンを斬り落としたと?」

「ん、そう思う」

ガロの説明を受け、今回の事態をおおよそ把握する事が出来た。

それと同時に、我が王国はルフトル王国とソートマス王国に勝利する事は不可能だと理解した…。


私はガロから情報を聞き出した後、国王と軍務卿との会議に参加していた。

議題は、敗戦の責任を誰に取らせるかと言うものだ。

私は当然、無理な戦争を仕掛けた国王と軍務卿にあると思っている。

しかし、二人はその責任を負いたがらず、軍部に押し付けようとしている。

こうなる事は予想していたが、このままではリースレイア王国は内部から崩壊するのではないかと思わなくもない。

さて、二人が最悪な方向に進まない内に、私が話を持ち掛けるしかない。


「国王陛下、敗戦で軍の士気は下がっており、国王陛下自ら追い打ちをかける様な事を行えば防衛にも支障が出かねません。

しかしながら、責任を負う者は必要です。

ここはひとつ軍務卿に任せて見てはいかがでしょう?」

「ふむ、ジョナルド軍務卿、任せても構わぬか?」

「はい、私が軍の士気を下げない程度の責任を負わせる事をお約束致します」

国王を言いくるめられたが、軍務卿からは面倒事を押し付けるなという視線を向けられた。


私と軍務卿は退室し、廊下を歩きながら軍務卿に話しかけた。

「軍務卿、私に良い案が御座います」

「ふんっ!私が任されたのだ、貴様の手など借りぬ!」

仕事をしなくても良い所でやる気を見せるとは、本当に困った奴だ…。

普段からもっとしっかり仕事をしてくれていれば、私が苦労する事も無いのだがな。

しかし、今回軍務卿に仕事をされては、軍が離れて行く事態になりかねない!

多少出費してしまう事になるが、軍務卿を説得する必要がある。


「軍務卿のご子息が治める領地の状況がよろしくないと言う噂を耳に致しました。

私であれば、多少の手助けが出来るやもしれません」

「むっ、それで…儂に何をして欲しいのだ?」

「はい、軍の処罰に関してなのですが、この通りにして頂けないかと…」

私は事前に用意していた紙を軍務卿に渡すと、軍務卿は無言で紙を受け取り懐にしまい込んだ。

「息子の件、頼んだぞ!」

「はい、承知しました」

私は軍務卿と別れて、仕事場の自分の席に戻り座った。


軍務卿に渡した処分内容は、軍の方から要求されたものに過ぎない。

ヴァーミリオンを破壊されたヨルゲンは、自ら降格を望んだとの事だ。

軍の最高責任者のアンドレアルスは給与の減額。

後は隊長格の降格と称した移動で、実際には隊長の地位を失った者は少ない。

軍務卿が細かい内容まで確認するはずもなく、そのまま命令を下すはずだ。

後は私がそれを確認し、軍務卿の息子に支援金を渡せばよい。

その金を生かすも殺すも本人次第なので、後の事は知った事ではない。

そもそも、領地の状況の悪化の原因は軍務卿の息子が散財したからに過ぎないのだからな…。


今回の戦争では軍の被害も抑えられ、ミスクール帝国の思惑も阻止する事が出来た。

今後はミスクール帝国の動向に注意しつつ、キュロクバーラ王国、ラウニスカ王国にも注意を払わなくてはならないだろう。

軍の強化は急務であり、何処から金を捻出すればいいのか頭が痛い問題だが、やり遂げなければリースレイア王国は滅ぶ事となるだろう。

その前に逃げ出したい所だが、財務卿と言う地位を得ている以上は、最後まで民のために働かなくてはならないだろう。

今はただ、周辺国が攻め込んで来ないのを願うばかりだ…。

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