第百七十八話 エルフの婚約者 その四

「さぁ、何もない家だけれど入って頂戴!」

カミーユに促されて、俺達は家の中へと入って行った。

キッチンと一緒になった狭い部屋は、テーブルと椅子と食器棚が置かれているだけだったが、一人で暮らすには十分の広さがある。

「困ったわ、椅子が足りないわね…」

椅子が四脚しか無く、全員が座る事が出来ない。

「は、母、裏庭、裏庭なら座って話せると思うのじゃ」

「でもいいのかしら?」

「僕達は構いません」

と言う事で、俺達は家を出て裏庭へとやって来た。


「綺麗な所ね!」

「とても気持ちが落ち着きます」

「気に入って貰えたのなら良かったわ!」

裏庭には小さな小川が流れていて、俺達は小川そばの草の上に座った。

小川の周囲には様々な花が咲いていて、そこに美しい蝶が花の蜜を求めて飛び回っている。

遠くからは美しい小鳥のさえずりも聞こえて来る。

そこは争い事など一切無いような穏やかな雰囲気に満ち溢れていて、戦争で疲れた心が癒された…。

ルリアとリリーも気の抜けた表情で風景を眺めていた…。


「は、母、皆を紹介するのじゃ」

ロレーナはぼーっと風景を眺めている俺達の事を気遣ってか、カミーユにルリア達の事を紹介してくれていた。

「そう、と言う事は全員私の娘と言う事になるのよね!家族が増えて嬉しいわ!」

カミーユは立ち上がり、俺にしたようにルリア達を一人ずつ抱きしめて回っていた。

家族か…。

カミーユがこんな所で暮らしている理由は知らないが、俺がロレーナを連れて行けば一人寂しく暮らす事になるのだろう。

俺も家族を大切に想っているし、カミーユも俺の義母になるのだから寂しい思いはさせたくはない。

そこで俺は、カミーユにロレーナと共に俺の所に来ないかと提案してみた。


「気持ちは嬉しいのだけれど、私は二度と外には出ないと決めたのよ…」

「は、母…」

カミーユは悲しそうな表情を見せていて、ロレーナも同じ様な表情をしていた…。

「エルレイ、ロレーナをお願いしますね!」

カミーユは明るい表情を見せ、ロレーナと俺に覆いかぶさって来るように抱きしめて来た!

「は、は、母!エ、エルレイと近い!近のじゃ!」

「夫婦になったのだからいいじゃない!」

ロレーナは俺と体が密着して恥ずかしそうにしていたが、それでも強引に離れる様な事はせず、カミーユが満足するまで三人で抱きしめ合う事となった…。


「は、母、行って来るのじゃ」

「ロレーナ、行ってらっしゃい。次帰って来る時は、赤ちゃんを連れて来て頂戴ね!」

「あ、あ、赤ちゃん!」

ロレーナは赤ちゃんと言われて、恥ずかしそうに顔を両手で覆って顔を真っ赤にしていた…。

俺も子供は欲しいが、数年先の事だろうな…。

「カミーユさん」

「駄目よ!お母さんと呼んで頂戴!」

「お、お母さん…ロレーナを大切にします」

「お願いね!」

お姉さんの様な見た目のカミーユをお母さんと呼ぶのには少々抵抗があったが、カミーユは喜んでくれているし良かったのだろう。

最後にもう一度カミーユは全員を抱きしめてから、俺達の事を見送ってくれた。


「ロレーナ、何日間か待っても良かったのだけれど?」

「い、いや、いいのじゃ。母とはいつでも会えるのじゃからな」

ロレーナがカミーユと別れる際に、とても寂しそうな表情をしていたので残る様に言ったのだが…。

そうだな。

ロレーナの言う通り、いつでも会いに来る事は出来る。

今度の休日は皆でここに遊びに来るのもいいな。

俺も日本食を食べられるし、リアネの街の時の様に護衛を付ける必要も無い。

休日を過ごすに適した場所だからな!

俺達は結界の外に出て、空間転移魔法でリアネ城へと帰って来た。


「こ、こ、ここがエルレイの住む城なのか!?」

「うん、今日からロレーナが住む城でもある」

ロレーナは口をぽかんと開けてリアネ城を見上げていた。

驚くのも分かるが、ルフトルの城の方が荘厳だと思うのだがな…。

俺はそんなロレーナの手を引いてリアネ城へと入って行った。


「ルリアとリリーとロゼは、ロレーナを案内してやって欲しい」

「分かったわ」

「はい、ロレーナさん行きましょう」

「承知しました」

「う、うむ、よ、よろしく頼むのじゃ」

ロレーナはルリアとリリーに手を引かれて、リアネ城の奥へと進んで行った。

「リゼは、ベッドとかロレーナが必要な物を揃えてやって欲しい」

「はい、エルレイ様はどうなされるのでしょうか?」

「僕は、アドルフに報告と仕事だな…」

「畏まりました」

また決裁書類が溜まっているだろうし、嫌な事はさっさと済ませておきたいからな。

俺は執務室に行き、アドルフにルフトル王国でのことを説明した。


「では早速ラノフェリア公爵様にお伝え致します」

「頼んだ」

セシリア女王から親書を預かって来ているので、一度国王の所に報告に行かなくてはならない。

こういう時、直接お城に行ってポンと渡して帰って来れれば楽でいいのだが、手順を踏まないと国王に面会する事が出来ないのは不便としか言いようがない…。

かと言って、俺が預かった親書をラノフェリア公爵に預ける事も出来ないんだよな…。

俺はため息を吐きつつ、積み上げられていた書類に目を通して行く事となった。


そして二日後、意外と早く国王と面会できることになった。

俺はラノフェリア公爵と共にミエリヴァラ・アノス城へとやって来た。

お城では騎士から怪しまれる事はもうなくなったな。

しかし、すれ違う貴族や使用人達は俺の顔を見るなり、こそこそと小声で話をしているのが聞こえて来る。

内容までは聞き取れないが、横目で表情を見た感じいい話をしているとは思えないな…。

「エルレイ君はソートマス王国において今一番注目されている。

周囲の雑音をいちいち気にする事は無い!堂々としていたまえ」

「はい、分かりました」

隣を歩いてくれているラノフェリア公爵は気にするなとは言うが、微妙に聞こえてくる話声はやっぱり気になってしまう…。

耳を塞いで歩ければよかったのだがな…。


やっと雑音の無い所まで辿り着き、狭くて窓が無い部屋へと入って行った。

そこには既に国王が席に座って待っており、俺とラノフェリア公爵は国王の前に行って挨拶をし席に着いた。

俺は国王にセシリア女王からの親書を手渡し、国王は封を切って読み始めた。


「エルレイ、よくやってくれた!」

国王は読み終わると同時に、満面の笑みを浮かべて俺を褒めてくれた。

「ルフトル王国との和平条約が締結され、ソートマス王国は長きにわたる安寧の時を迎えるであろう!」

「今後は内政に力を注ぎ、ソートマス王国を大陸一豊かな王国にして行かなくてはなりません」

「うむ、ロイジェルクの手腕に期待しておるぞ!」

国王とラノフェリア公爵は上機嫌で王国の未来を語らい始めた…。

俺としては用事も済んだ事だし早く帰りたいのだが、もう暫く話を聞いていないといけない様だ…。

二人の話に適当に相槌を打ちつつ聞き流していると、いつの間にか俺に対する報酬の話になっていた。

俺の領地は財政難だし、爵位とか婚約者は要らないからお金だけ貰えないかと期待した。


「エルレイ、今回の褒美についてだが、表立った褒美を与える事は出来ぬ!」

しかし、国王から褒美を与えられないと言われ、俺はがっくりと肩を落とした…。

「エルレイ君がルフトル王国の戦争に参加した事は秘匿されている。

ルフトル王国側としては、ソートマス王国の協力を得ないと戦争に勝利できないとは思われたくはないはずだ。

ソートマス王国側としては、貴族の承認を得ずにエルレイ君をルフトル王国に貸し出した事が知られれば大問題となる。

最悪、内戦に発展してもおかしくない状況だ。

だから、秘密を守れるこの部屋を使用しての事だったのだ」

「そうだったのですね…」

言われてみれば、ルフトル王国との問題を解決する時は必ずこの部屋で会談していた。

普通であれば貴族が集まる謁見の間、もしくは国王の執務室とかだったに違いない。

会談は常にこの三人で行われていたしな…。

しかし、戦争に参加して報酬は無しだと言われれば落胆しても仕方がないだろう。


「エルレイ君、表立った報酬は無いと国王陛下はおっしゃられたのだ」

「えっ!?それって…」

「多くは渡せぬがな、金銭を少々用意しておる」

「ありがとうございます!」

俺は無報酬では無かったことに喜び、国王に感謝した!


お金は金板十枚、約一億円をラノフェリア公爵を通して渡して貰えた!

国王は少々と言ったが、一億円もあれば当分楽が出来る筈だ!

そう思ってアドルフに渡したのだが…。

「エルレイ様、全て借金の返済に当てさせて頂きます」

個人の感覚で一億円は大金だが、俺の広大な領地からすれば微々たる金額に過ぎなかったみたいだ…。

当分楽は出来そうにないと、落ち込んでしまった…。

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