第百七十四話 魔剣戦争 その五
≪リリー視点≫
いよいよ、ルフトル王国とリースレイア王国との戦争がはじまります。
私もエルレイさんに我儘を言って戦いに参加させてもらい、ロゼと共にエルレイさんが作った塔の上にやってまいりました。
塔の上には、エルレイさんが用意した小石や土を固めた球が多く積み上げられていて、エルフさん達が自分の配置場所に運んでいました。
私は水を凍らせて飛ばす事にしていますので、小石や球は使用しません。
ですので、皆さんのお手伝いをさせていただきました。
「お手伝いします」
「ありがとう!」
この様に何かをしていると気が紛れて良かったのですが、お手伝いを終えてする事が無くなった途端に緊張して来ました。
ドクン、ドクンと鼓動が早くなり、隣に居るロゼに聞かれてしまうのではと思うほどです…。
エルレイさんとルリアも、戦いを前にして緊張しているのでしょうか?
いいえ、こんなに緊張していては普段通りに戦う事は難しと思いますので、二人は緊張などしたりしないのでしょう。
私も何とかして緊張を和らげたい所ですが、その方法を知りません…。
「リリー様、失礼します」
そんな時、ロゼが私の手を握って下さいました。
ロゼの手から伝わる体温を感じる事で、少しだけ落ち着いて来たような気がします…。
「リリー様、戦いを前にして緊張しない人などおりません」
「そうなのですか?」
やはりロゼには、私の緊張が伝わっていたみたいです。
「はい、エルレイ様とルリア様も緊張なされるはずです」
ロゼから二人も緊張するのだと教えられて安心しました。
「周囲をご覧ください。皆様の表情も少し硬くなっております」
「…その様です」
ロゼに言われてエルフさん達の表情を見ると、少し強張っているのが分かりました。
「緊張しすぎてはいけませんが、緊張しないと言うのもいけないのです。
緊張していない、つまり油断していると言う事なのです。
戦いにおいて油断は死につながります。
その点において、リリー様は油断などなされていないでしょうし、私が付いておりますのでご安心ください」
「はい、ロゼ、ありがとうございます」
ロゼの話を聞いていると、私の鼓動も収まって来ました。
これでしたら、訓練と同じように出来るかと思います。
「敵が攻めて来たぞ!
今回の戦いはいつもとは違うが、落ち着いて行えば問題無く勝利できる!
敵を十分引き付けた上で、石を相手にぶつけてやれ!」
遠くにいるマルギットさんの声が、風に乗って伝わってきました。
遠くには、こちらに向かって進軍して来る多くの敵が見えます。
それに伴い、また少しだけ緊張して来ましたが、ロゼが傍に居てくれますので安心出来ます。
上空では、早くもエルレイさんとルリアが戦闘を開始し、魔法の爆発による衝撃と閃光が私達がいる所まで届いて来ています。
二人の事が心配ですが、私は目の前の敵に集中しなくてはなりません。
「まだだ、まだ攻撃するな!敵の魔法攻撃では障壁が壊れる事は無い!
落ち着いて、もう少し敵を引き付けるぞ!」
敵は魔法をこちらに撃ち込みながら、急速に近づいて来ています。
私が居る塔でも、エルフさんが飛んで来る魔法を防いでくれています。
今の所は大丈夫そうですが、飛んで来る魔法の数が多く大変そうにしています。
「ロゼ、手伝ってあげてください」
「はい、承知しました」
ロゼは私の傍から離れてエルフさんの元へと行き、守りの手伝いに行ってくれました。
少し心細くなりましたが、そんな事を気にしている余裕はありません。
「用意は良いか!放て!」
マルギットさんの号令で、一斉に敵に向けて石を飛ばして行きます。
私も合わせて多くの氷を飛ばしました!
ですが、半数ほどの石は斬り落とされていました。
石が当たった敵は後方に飛ばされて倒れていますが、死んではいないでしょう。
エルレイさんの説明でも、石で敵が死ぬことは無いと教えられていたので、エルフさん達に動揺はありません。
死ななかった敵は、敵の負担になると言う事でした。
私も説明を受けた時は良く理解していなかったのですが、今の状況を見て理解出来ました。
倒れた敵は他の人達に助け起こされ、後方に下げられています。
倒れた敵を助けるのに人員を割かなくてはいけませんので、当然戦う人が減ってしまいます。
仮に敵が死んでしまっていれば、助けることはしないでしょう。
魔法で一気に蹴散らす事が出来ないので、少しでも戦う敵の数を減らす為にエルレイさんが考えた作戦で、とても素晴らしい作戦だと思います。
「休まず放ち続けろ!」
エルフ達は休まず石を撃ち込んでいましたが、少数の敵は壁の前まで来ていました。
その場所は堀になっていて、塔からは死角になっていて攻撃出来ない場所です。
ですが、堀から壁の上まではかなりの高さがあり、魔法以外で登って来る事は出来ないと予想していました。
「死ねぇぇぇぇ!」
その予想は外れ、壁を駆け上がって敵が塔に迫って来ました!
「ごめんなさい」
私は用意していた氷を幾つも敵に放ち、壁の外側まで吹き飛ばしました。
予想外の事はありましたが、概ねエルレイさんの思惑通り進んでいます。
敵も最初のような勢いはなく、少しずつ後退しているようにも見えます。
「まだ戦いは終わっていない!油断せずに石を補給を怠るな!」
マルギットさんの声で、私も慌ててエルフさん達の補給を手伝います。
その合間に、少しだけ上空を見上げて見ました。
エルレイさんとルリアの戦闘も落ち着いた様子ですし、無事を確認出来て安心しました。
ですが、最後まで油断しない様に気持ちを引き締めて、また戦いに参加しました。
≪アンドレアルス視点≫
戦闘が始まり、逐一戦況が報告されて来るうちに違和感を覚えた。
それはなぜ敵が、大規模魔法を使用して来ないのかと言う事だ。
これまでの戦史において、ルフトル王国側は大規模魔法を得意とするのは明白であり、今回の戦闘でも使用して来ると想定して作戦計画を立てていた。
大規模魔法を受けずに、こちらの被害は軽微で済んでいるのでいいはずなのだが、何故か腑に落ちない。
「報告します。第一次作戦失敗に終わりました。
それと、飛空魔剣部隊の被害が甚大につき、戦闘継続が厳しいとの事です」
「分かった。各部隊に撤退を指示し、飛空魔剣部隊には戦線を維持しつつ後退しろと伝えよ!」
「はっ!」
表の作戦は失敗に終わったが、裏の作戦は半分成功だな。
無事に撤退が完了するまで気は抜けないが、味方を化け物にする事無く終われた事に安堵した…。
戦史通り、ルフトル王国の追撃は無く、無事に我が国まで撤退する事が出来た。
そこで各軍団長と部隊長を集め、戦闘の詳細を聞く事にした。
一番被害を受けたのは飛空魔剣部隊で、約半数が死傷した。
その原因は主に高威力の魔法によるものだが、それ以外にも敵が使用した魔剣で倒された者がいたのには驚愕した。
「情けなくも子供二人にやられたぜ…。
ヴァーミリオンもこの通りだぜ」
ヨルゲンは暗く落ち込んだ表情で、根元の部分から斬り落とされた魔剣を差し出して見せてくれた。
「魔剣ヴァーミリオンをこの様に出来る魔剣など、ありえるのか?」
集まった者達からも疑問の声が巻き起こる。
しかし、現にヴァーミリオンはこの状態で、ヨルゲンの受けた傷は癒えたものの敗北したのは事実だ。
魔剣に関しては、戻り次第魔剣開発部に問い合わせてみるほかあるまい。
一方地上部隊の被害は軽微だが、受けた攻撃が問題だ。
「こちらです」
敵が撃ち込んで来た物を回収し、持ち帰って来た物が皆の前に出された。
「単なる石ではないか!」
「そうだ。敵は魔法を直接撃ち込んで来るのでは無く、魔法で石を飛ばして来たのだ!」
…我々が使用もしていない新魔剣の情報を、ルフトル王国側が知っていた?
誰もが口には出さないがそう確信し、誰が情報を漏らしたのかと疑惑の視線を向けていた…。
新魔剣の情報はごく限られた者しか知らない。
ここにいる者達の他には、国王陛下、軍務卿、財務卿、魔剣開発部だろうが、この中で漏らす可能性が高いのは軍務卿辺りか…。
しかし、今はそんな事を考えている時ではない。
「落ち着け!敵は我々と戦うために防衛拠点を作成し、新魔剣の対策を
我々が新魔剣の情報を知る以前から準備していたのだと推察する。
この事は内密にし、我々の味方である情報通の財務卿に調べて貰う事にする」
今まで軍にとって敵だと思っていた財務卿だが、一番信頼のおける者になるとは思ってもみなかったものだな…。
私は財務卿に渡す情報と、国王陛下にお伝えする情報を選別し、まとめ上げていった。
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