第百六十話 ラノフェリア公爵と魔剣
エリオット達をリアネ城に迎え入れてから数日が立ち、アンナの状態は普通の食事を食べられる所まで回復してきた。
後数日様子を見て、問題無ければ皆と合流させる事にしている。
エリオット達の勉強も順調に行っていると、アルティナ姉さんから報告を受けている。
意外にも、ヘルミーネが頑張って教えていて、エリオット達とも仲良くなったという事だった。
俺も時間があれば様子を見に行きたかったのだが、街で見て来た問題の解決と、戦争に向けての準備が忙しくて出来ていない。
孤児達の保護については、貴族街にある屋敷の一つを孤児院とすることで決着がついた。
アドルフには貴族の住まう屋敷を孤児院にするなど言語道断と猛烈に反対されたが、新たに建てるよりはるかに安く済み、場所も安全だからな。
今は屋敷の改装を行いつつ、子供達のお世話係を募集している所だ。
お金はかかる事になってしまうが、子供達が
ニナはトリステンと共に、使用人達の宿舎へと移り住んで貰った。
流石に男所帯の場所に、結婚したての夫婦を住まわせる訳にはいかなかったからな。
それからニナの名前は、ニーナと言う事になった。
トリステン曰く、好きになった女の名前をあまり変えたくはなかった、という事らしい。
ロゼとリゼにもニーナと言う呼び名は好評だったし、刺客が来たら返り討ちにすれば良いだけだな。
ニーナの顔を覆っていた布は取ってくれたが、今までずっと隠していたから素顔を見せるのは恥ずかしいらしく、トリステンの背後に隠れているんだよな…。
周囲の者からは、新婚だからべったりしているのだと思われているので問題は無さそうだし、ニーナもそのうち慣れるだろう。
俺はルリアとリリーを連れて、ラノフェリア公爵家へとやって来ていた。
理由は、ニーナを確保した件の報告だ。
俺一人で来ても良かったのだが、ラノフェリア公爵も俺と話すより娘の顔を見たいだろうからな。
現に、正面に座っているラノフェリア公爵の視線はルリアとリリーに注がれているからな…。
俺が居なかったら破願しているに違いない。
さっさと報告を済ませて、娘達と会話させてあげようと思う。
「僕を襲撃した暗殺者はこちらで保護し、情報を聞き出しましたが有益な情報は持ち合わせておりませんでした」
「そうであろうな。依頼主に関しての目星は立っておるが、確信出来るまで手は出せないので、もうしばらく待ってくれ」
「はい、よろしくお願いします」
流石ラノフェリア公爵、もう犯人の目星は付いているのか。
俺が安心して過ごせる日も近そうだな…。
「エルレイ君には悪い知らせがある」
ラノフェリア公爵が表情を厳しくしているので、相当悪い知らせなのだろうかと思い、どんな事を言われても大丈夫なように心構えをした。
「この前エルレイ君が鎮圧してくれた魔法使い達だが、カール・キリル・パルを中心とした十人の魔法使いが脱獄し行方をくらました。
エルレイ君に相当な恨みを持っているだろうから、注意してくれたまえ」
「はい、分かりました」
あいつか…。
呪文を唱えず魔法を使えるようになっていたから、脱獄するくらい簡単だよな。
今のところあいつに負ける要素は見当たらないが、将来的にどうなるかは不明だ。
それに、俺の留守中にリアネ城に攻め込んで来たら、トリステン達では手に負えないだろう。
ヘルミーネとアルティナ姉さんは、魔法だけならあいつに勝てる実力を備えているだろうが、実際に魔法を使って戦った経験がない。
そう考えると、かなり厳しい状況だな…。
いっその事、トリステン達にも魔法を教え込むか?
いいや、無詠唱を教えないと意味がないな…。
無詠唱は俺の身内以外には教えたくはない技術で、間違って広がってしまえば自分の首を絞める事になってしまう。
ヘルミーネとアルティナ姉さんに戦う方法を教えた方が良いのか迷う所だな…。
俺が悩んでいると、ルリアが話しかけて来た。
「脱獄したのって、エルレイと勝負したやつよね?」
「うん、この前戦った時は呪文を唱えず魔法を行使できるようになっていた」
「ふーん、そうなのね。また襲って来るようなことがあれば私が始末してあげるわ!」
「う、うん、ほどほどにね…」
ラノフェリア公爵の前で物騒な話はしない方が良いのではと思ったが、ラノフェリア公爵はルリアに笑顔を向けていた。
ラノフェリア公爵もルリアが前面に出て戦う事を容認したのか、それとも諦めたのかは不明だが、俺もルリアを止める事は出来ないからな…。
止められない分、しっかりとルリアを守らないといけないな。
「そうだ、エルレイ君には渡す物があったのを忘れていた」
ラノフェリア公爵はテーブルのベルを鳴らして執事を呼び出し、何かを持ってくるように指示を出した。
暫くして戻って来た執事の両手には一振りの剣が握られていて、執事が俺に剣を手渡して来た。
「ラノフェリア公爵様、この剣は?」
「うむ、リースレイア王国で作られた魔剣だ。
次の戦争での参考になるだろうと、急遽取り寄せたのだ。
エルレイ君の好きな様に使ってくれたまえ」
「ありがとうございます!」
魔剣は作られている数が少なく、かなり高価だったろうに…。
少しでも俺の負担を軽減しようと言う心遣いは、非常にありがたかった。
「お父様、魔剣は一本だけなの?私の分は無いのでしょうか?」
「うっ、すまぬ…魔剣は数が少なく一本取り寄せるだけで精一杯だったのだ…」
ラノフェリア公爵はルリアに責め立てられて、可愛そうなくらい困った表情をしていた。
魔剣はグールがあるし、頂いた魔剣をルリアに渡す事は可能だが、それは魔剣の事を調べてからだなと…考えていたのが悪かったのだろう。
「エルレイ!その魔剣私に譲りなさい!一本持っているのだから良いわよね!」
「ん?エルレイ君はもう既に魔剣を持っていたのかね?」
「あっ」
ルリアも失言に気付いたが、時すでに遅い…。
こうなってしまえば、グールの事を話さないといけないな。
俺は懐からナイフ状のグールを取り出し、テーブルの上に置いてラノフェリア公爵に見せた。
「これは、リアネ城の宝物庫で見つけた魔剣で、名をグールと言います」
「ほう、ナイフ状の魔剣もあるのだな…」
俺はラノフェリア公爵にグールについて説明をした。
「英雄の作りし魔剣とは素晴らしい!エルレイ君は本格的に英雄の仲間入りを果たしたわけだ!」
「いいえ、それは違いますけれど…」
この魔剣を作った英雄は凄い存在だとは思うが、俺は英雄と比べるほどの事を成し遂げてはいないし、英雄に成りたいとも思ってはいない。
出来る事なら、目立たず平穏な毎日を送りたいと思っている。
今の状況がそれを許してくれない事は理解しているが、これ以上忙しくならない事を願いたいものだ…。
「この魔剣は話が出来るのであったな。私も話をする事は可能なのか?」
「お父様!グールはとても下品なのです!お話しするのはお勧めできません!」
俺が止める前に、ルリアが席を立ってまでラノフェリア公爵を止めてくれた。
「し、しかし、一度くらいは話して見たいのだが…」
ラノフェリア公爵もグールに興味があるのか、ルリアが言っても聞き分けては貰えなさそうだ。
興味津々な所は、ネレイトの父親なのだと思う…。
「仕方ありません…。グール、お父様に失礼な事を言ったら燃やすわよ!いいわね!」
ルリアがグールに釘を刺し、不安はぬぐえないがラノフェリア公爵と話す許可をグールに与えた。
「ひゃっはー!俺様の名はグール!全てを食らい尽くす最強の魔剣!
そこのへぼいゴミみたいな魔剣とは違う所を見せつけてやるぜ!」
「なるほど…確かに口が悪そうだ…」
ラノフェリア公爵のこめかみがひくひくしていて、怒りを我慢しているのが良く分かる。
俺の為に頑張って用意してくれた魔剣をゴミだと言われれば、俺でも怒りたくもなる。
でも、俺が怒る必要は無いな…。
ルリアは問答無用でグールをつかみ取り、メイドに窓を開けるように指示をだした。
「ちょっとまて、落ち着いて話し合おう!俺様失礼な事言って無いよな?なっ?」
「燃え尽きなさい!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ルリアは思いっきりグールを窓の外に投げ、全力の炎をグールに撃ち込んでいた!
流石にラノフェリア公爵もルリアの魔法に驚いている様子だが、ぶすぶすと音を立てながら真っ黒になったグールがテーブルの上に戻って来た事に更に驚いていた。
「この様に、グールは契約者の僕の所に戻って来ます…」
「な、なるほど…」
「ほんと、にくったらしいわ!」
「ちょっと酷過ぎじゃねーか?俺様何も悪い事言ってねーのにこの仕打ちは!」
「いいからもう黙れ!」
グールが口を開けば話が進まないし、これ以上ラノフェリア公爵を怒らせるのは得策ではない…。
グールへの怒りが、俺に降りかかって来ないとも限らないからな。
ラノフェリア公爵に改めて魔剣のお礼を言い、俺達は早々に帰る事にした。
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