第百五十八話 トリステンとニナ その一
子供達の教育係にヘルミーネが入っているのは、ヘルミーネが我儘を言ったからではなく、ちゃんとした理由がある。
ヘルミーネが子供達に教える事で、ヘルミーネ自身のやる気につながる事を期待しての事だ。
建前としてはこんな感じだが、実際にはアルティナ姉さんとラウラを教育係にしたため、ヘルミーネが一人だけになってしまうからな…。
今はルリアとリリーが居るからヘルミーネが一人になる事は無いが、俺がルフトル王国に呼び出されればルリアとリリーも連れて行く事になる。
ヘルミーネが子供達と友達になってくれれば一番いいのだがな…。
俺はリゼと共にリアネ城を出て、警備隊の詰め所へとやって来た。
昨日トリステンにニナを無理やり預けて来たから、どうなっているのか心配していたんだよな。
アドルフから問題無いと言う報告は受けているが、自分の目で確認しておきたかったし、ロゼとリゼもニナの事が心配だっただろう。
詰め所にいる警備兵にトリステンの居場所を尋ねると、奥にいると言う事なので呼び出して貰った。
「トリステン、おはよう!」
「エルレイ様、おはようございます…」
俺の前に来たトリステンの顔色はあまり良くなかった。
「疲れている様だな?」
「それは疲れもします…。エルレイ様には、ここには男性しかいない場所なのを理解して貰いたい!」
「あ~それはすまなかった。しかし、ニナを襲う様な命知らずがいるとは思わないが?」
「いいえ、私以外はニナの正体を知りませんので…」
「確かに…すまない、それは思いつかなかった。
それで、トリステンが徹夜でニナを守っていたと?」
「はい…」
トリステンは寝不足で顔色が良くなかったのか…。
ニナを別の場所に住まわせた方が良いのか、それとも他にいい方法は無いものか…。
「リゼ、おはようさね」
「ニナ!」
俺が思案していると、建物の奥から大きめの警備隊の服を着たニナらしき人が出て来て、リゼに挨拶をしていた。
ニナらしき人と言ったのは、昨日と同じように顔を黒い布で覆っていて本人か確認出来なかったからだ。
でも、少しかすれた声と独特の話し方はニナの声で間違い無いな。
「リゼ、あの時は悪かったのさね。でも、リゼを殺すつもりは無かったのは信じて欲しいのさね」
ニナがリゼに近づいて来て、俺を襲った時の事を謝罪していた。
「エルレイ様を殺そうとしていたのは間違い無いのですよね?」
「それは任務だったから仕方ないのさね…」
暗殺者を仕事だと考えれば、俺を殺そうとした事は仕方ないとは言えなくも無いが、襲われた側からすると納得できるものでもない…。
しかし、リゼは今にもニナに襲い掛かりそうなほどの殺気を出しているし、俺がニナの事を許さないとリゼに知り合いのニナを攻撃させてしまう事になる。
二人がどれだけ親しい仲なのかは今の所分からないが、ニナが頼って来るくらいだから相当仲がいいはずだろう。
「リゼ、僕はもう気にしていないから、ニナを許してやってくれないか?」
「エルレイ様がそう言うのであれば…」
リゼの殺気は瞬く間に消えていき、表情に少し笑顔が現れた。
リゼも本気でニナを攻撃するつもりは無かったみたいで安心した。
「リゼ、僕は暫くトリステンと話をしているから、ニナの相手してやってくれ」
「はい、承知しました!」
リゼの声も少し弾んでいており、リゼはニナを連れて少し離れた場所に行った。
「トリステン、中で話そうか」
「はい」
俺はトリステンと共に詰め所の中に入り、小さな部屋でテーブルの席に向かい合わせに座った。
「ニナの事についてだが、トリステンの恋人と言う事にしてはどうだ?」
「はっ?はぁぁぁぁぁ!?」
俺の申し出にトリステンは慌てふためいていた…。
突然恋人にと言われてば、誰でも慌てるのは理解出来るし、お茶を飲んでいたら間違いなく俺の顔に噴出していただろう。
「恋人と言うのは形だけのもので、ニナの事を好きになれと言っている訳では無い」
「は、はい、それは分かりますが、どの様な理由で恋人になる必要があるのでしょうか?」
「恋人と言う事にしておけば、他の男が手を出す事も無いだろう?」
「それは確かにその通りではありますが…。」
「それに、本当の恋人や夫婦になっても構わないのだぞ!」
「えっ…しかし…」
俺が夫婦と言った瞬間、トリステンの表情が微かに緩んだのを俺は見逃さなかった!
昨日見たニナの顔は、いがいにも可愛かったからな。
暗殺者は、もっと殺気じみた鋭い顔つきを想像していたのだが、予想外の可愛らしさに俺も一瞬油断しそうになったほどだ。
独身者のトリステンも、ニナの事を可愛いと思ったはずだ。
ここはもう一押しすれば、完全にニナをトリステンの恋人にする事に成功する!
「ニナは、トリステンが徹夜をして警備隊員達から守らなければならないほど可愛かったのだろう?
そのニナを恋人にし、ゆくゆくは結婚して夫婦になるのも悪く無いとは思わないか?」
「そ、それは…」
「確かに、暗殺者と言う過去を持っている危険人物に変わりない。
だが、僕を守るトリステンの恋人となり妻となってくれれば、僕も安心出来ると言うものだ。
どうか僕の為に、ニナと恋人になっては貰えないだろうか?」
「…分かりました。しかし、私は無理やりと言うのは好まないので、ニナの気持ちを聞いてからにしたいと思います!」
「すまない。僕も相手の意思を無視するのは好まない。後で僕の方からニナに確認しよう」
「いいえ、その役目は私にやらせてください!」
「うん、分かった!」
俺から言い出した事なので、ニナの気持ちは俺が確認しようと思ったのだが、トリステンが意外と男らしい事に驚かされた。
いいや、男らしく無ければ荒々しい軍人を纏め上げる事など出来ないし、今の地位にもいないだろう。
ニナの事も、俺がお節介を焼くまでも無く自力で手に入れていたのかもしれないな…。
「ニナの住む場所は後で考えるとして、ニナには名前の変更と顔を覆った布を取って貰わなくてはな」
「確かに、ラウニスカ王国が暗殺者の逃亡を許すはずも無く、追手が掛って来ないとも限りません。
しかし、あの布は…ニナが顔を見せるのが恥ずかしいと言っておりましたので…」
「そうか、長年身に着けて来たのだろうからそれは仕方のない事かも知れない。
だが、あの布は目立つので、警備隊員が着けていても目立たない様な物に変更して貰ってくれ」
「分かりました」
「ニナの事に関してはこんな所だな。他に何か気になる事はあるか?」
俺が問うと、トリステンは少し考えてから遠慮がちに聞いて来た。
「エルレイ様、昨日の話す剣について聞いてもよろしいですか?」
「あぁ、グールの事だな。説明するのを忘れていた…」
俺は懐からナイフ状のグールを取り出し、テーブルの上に置いた。
「これは魔剣グール。リアネ城の宝物庫に置かれていたのを発見し、そのまま所持している」
「やはりそうでしたか…」
トリステンはグールについて知っている様子だ。
まぁ、元々はアイロス王国の城だったのだから、その宝物庫に収められていた魔剣の事をトリステンが知っていても不思議では無いか。
「えーっと、大変言いにくいのですが、その魔剣は呪いの魔剣と言われており、使用者の命を奪う魔剣です。
実際に私もその魔剣が振るわれるのを一度目にしており、その時はカールハインツが魔剣を叩き折ったのですが使用者の命は助かりませんでした」
確かにグールが呪いの魔剣なのは間違い無いな。
一度所持したら死ぬまで離れない所なんかそっくりだ!
実際にどうなのかは、グールに聞いて見た方が早いな。
「なるほど、グール、お前は呪いの魔剣なのか?」
「俺様が呪いの魔剣!?ふざけんじゃねぇーぜ!こんな優秀な魔剣は他にねぇーんだぜ!」
「まぁ、お前が優秀なのは僕も認めよう!だが実際に使用者が死んでいるのだろう?」
「それはあれだ!マスターも理解していると思うが、俺様を使うには大量の魔力が必要だ!
今までの使用者が俺様に必要な魔力を所持していなかったから、ちょーっと命を削って貰っただけだぜ!」
「理解した…。トリステン、僕の魔力量はグールの使用に耐えられるので大丈夫そうだ」
トリステンはグールの下品さに驚いていたが、やがて乾いた笑いを吐き出していた。
「ははははっ、優れた魔法使いのエルレイ様なら納得です」
「それで、グールの事は秘密にしていて貰いたい」
「はい、分かりました。しかし、アイロス城にいた者には、その魔剣の話は知れ渡っておりますので
「分かった」
いずれはグールの事も口外しなくてはならない時期が来るのかも知れないが、出来る限り俺が所持している事を知られない方が良いだろう。
これ以上目立つような事は極力避けたいからな…。
トリステンとの話を終え、リゼとニナの所に向かう事にした。
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