第百五十六話 暗殺者ニナ その二

「ニナ、やっぱりあなたでしたか…」

「ロゼ、あたいの事覚えていてくれたのさね!」

「忘れる筈もありません!」

どうやら暗殺者は、ロゼの知り合いだったみたいだ。

ロゼの表情はいつも通り変っていないが、暗殺者の方はロゼに対して笑顔を見せていた。

ロゼもリリーのメイドだったから、ラウニスカ王国の暗殺者と知り合いでも不思議ではない。

「ロゼ、あたいをかくまってくれ!」

「それは出来ません!」

「どうしてさね!あたいもロゼと同じようにあの国から逃げ出して来たのさね!

行くところも無いから、助けて欲しいのさね!」

暗殺者はロゼに助けて欲しいと懇願こんがんしていた…。

ロゼとしては俺が許可を出さない限り、助けたくても助けられないよな…。


「ロゼの知り合いと言う事であれば、助けてあげても構わないぞ」

「いいえ、確かに知り合いではありますが、エルレイ様を傷付ける者を助けるわけには参りません!」

ロゼの表情はいつも通り平静を保っているみたいだが、目や言葉から困惑しているのが良く分かる。

本当はロゼも暗殺者を助けてやりたいのだろう。

しかし、俺を襲った事のある暗殺者を助ける事など、ロゼの立場では出来ない。

だから、俺が助けてやらなくてはな!


「ニナだったな。僕が保護してあげてもいいが条件がある」

「エルレイ様!」

俺を止めようとするロゼを手で制し、ニナと対話を始めた。

「…条件って何さね?」

「難しい事では無い。ニナが知っているラウニスカ王国の情報を全て教えてくれればいいだけだ」

「そんな事ならお安い御用さね」

ニナは迷う事無く条件を飲んでくれた。

ニナが本当の事を話してくれるかは分からないが、少なくとも俺を襲った時の事だけは聞いておきたかった。

いまだに犯人の特定は出来ていないし、少しでも情報は欲しい所だ。

ロゼと知り合いだと言う事を口実に俺に近づいて来た可能性は否定できないが、ニナを放置していても危険な事には変わりない。

それならば近くで監視していた方がまだましだろう。

「ではニナ、拘束させて貰うが構わないだろうか?」

「い、痛いのは嫌さね…」

「魔法で拘束させて貰うだけで、痛くはしない。

心配だと言うのであれば、ロゼにやらせよう」

「えっ、ロゼも魔法が使えるのさね?」

「使えます。ニナ、大人しくしていてください」

ロゼは有無を言わさず、ニナを飛行魔法で浮かせてから障壁で囲った。

障壁は防御に使うのが普通だが、一人だけなら障壁内に拘束し、攻撃を通さなくさせることも可能だ。


「う、浮いてるのさね…」

「ニナ、これで貴方は逃げられませんので、暫く大人しくしていてください」

「分かったのさね」

ニナは自分が浮かび上がった事に驚きつつも、抵抗する事は無かった。

「ロゼ、ニナをリアネ城に運んでくれ」

「承知しました」

俺はロゼを抱きかかえて浮き上がり、ロゼはニナに掛っている飛行魔法を操作し、俺の後に着いて来させた。

まだ訓練が足りてないだけなのかもしれないが、自分に賭けた飛行魔法の操作と、他の者に掛けた飛行魔法の操作が混乱して上手く飛べなくなる。

いずれは精霊魔法の様に、一度の複数人を運んで飛べるようになりたいが道のりは厳しそうだ…。


リアネ城の玄関に到着すると、ルリア、アドルフ、トリステンが警戒しながら待ち構えていた。

リリー達はリアネ城内に避難を終えているみたいで安心した。

「エルレイ、そいつがエルレイを襲った暗殺者なのね?」

「そうだが、抵抗はしないそうだから拘束して連れて来た」

「ふーん、強そうには見えないわね…」

ルリアは暗殺者に興味があるのか、ニナを上から下までじっと観察していた。

「エルレイ様、情報を聞き出すのであれば私にやらせて頂けませんか?」

「いいや、ここにいる全員で話を聞こうと思う。

トリステン、警備隊の詰め所の方に話をできる場所は無いか?」

「ありますが、危険では無いのですか?」

「魔法で拘束しているので大丈夫だし、本人も抵抗しないと言っているからな」

俺がニナの方に振り向き同意を求めると、ニナは大きく頷いてくれた。

「分かった。こっちだから着いて来てくれ」

俺達はトリステンの後に続いて、リアネ城に隣接している警備隊の詰め所へとやって来た。


「ロゼ、リゼもニナの事は知っているのか?」

「はい、リゼも呼んだ方がよろしいでしょうか?」

「うん、頼むよ」

俺達は警備隊の詰め所内に入り、縦に長いテーブルと椅子だけが置かれた部屋の中に入って行った。

俺達は席に座り、正面に話を聞くニナを配置した。


「あたいも座りたいのさね…」

「駄目だ。話を聞くまでは我慢してくれ」

「分かったのさね…」

ニナは少し浮かんだ状況になっていて、立たされているよりかはましなはずだ。

可愛そうな気もするが、お互いの安全の為なので我慢して貰うしかない。

暫くするとリゼもやって来て席に着き、準備が整った。

リゼは走って来たのか少し息が荒いが、話をするのは俺なので始めさせて貰う事にした。


「ニナ、ラノフェリア公爵家で俺を襲い、リゼと戦闘になったのはニナで間違い無いな?」

「そうさね。あの時はリゼに魔法を使われて凄く驚いたのさね」

ニナはリゼの方を見て表情を歪めていた。

リゼも、あの時戦った相手がニナだと言う事を知り、驚いているみたいだ。

ニナが、双子のロゼとリゼを間違えずに判別出来ているという事は、単なる知り合いでは無く、もっと深い関係にあるんだと言う事が分かった。

俺も二人を判別できるようになるまでは、かなりの時間が掛ったからな…。


「そうか、戦いの感想はひとまず置いておくとして、誰に頼まれたかを教えて貰いたい」

「それは分からないのさね。あたいみたいな下っ端には殺す対象しか教えて貰えないのさね。

知ってるのは一緒に来ていた指示役の男だけど、あたいが殺してしまったのさね」

ある程度予想はしていたが、やはり何も知らないのか…。

ニナから犯人を特定する糸口に辿り着ける可能性は低そうだ。

でも、最後まで話を聞かなくてはならないし、質問を続ける事にした。


「そうか、なぜ指示役の男を殺したんだ?」

「あたい達は任務に失敗すると殺されるのさね。だから、殺される前に指示役の男を殺して逃げ出したのさね」

「それで、ロゼとリゼを頼ってここまで来たと?」

「そうさね。あたいには他に頼る所も無いさね。

あの時リゼに出会わなかったら、あたいはここに来ていないのさね」

ニナは運が良かったと、リゼに対してニコッと笑いかけていたが、リゼの方は微妙な表情をしていた。

リゼとしては、俺を殺しに来た相手だと知り厳しく対応したい所だろうが、ニナに再会出来て喜びたいと言う気持ちもあるのかも知れない。

ロゼの方は、いつもの冷静な表情を崩してはいないな…。


「ここに来た理由は分かった。

次に、ラウニスカ王国の現状について知っている事があれば教えて貰えないか?」

「あたいは何も知らないのさね」

「自分の国の事なのにか?」

「あたいは暗殺者になった後から、一度も戻った事は無いのさね。

それに、あたいの生まれた国は、ロゼとリゼと同じここなのさね」

「えっ、そうなのか?」

「「はい…」」

俺は思わずロゼとリゼの方を見ると、二人はどこか悲しそうな表情をしながら返事をしてくれた。

リリーのメイドだと言う事だったから、二人の出身地はラウニスカ王国だと思っていた。

二人にしてみれば、あまり触れられたく無い話題なのだろう。

俺は話題を変えるべく、別の質問をした。


「ニナ、約束通り保護してやるが、一つだけ約束してくれ。

ここにいる者の許可なく能力を使わないと!」

「刺客が来た時もなのさね?」

「そうだ!ニナの能力を使われても、僕、ロゼ、リゼは対処できるが、アドルフとトリステンは対処が出来ない。

刺客が来た際に能力を使うかどうかは、ここにいる者の許可を必ず貰ってくれ。

それが出来ないと言うのであれば、保護する事は出来ない!」

「…分かったのさね」

ニナは少し考えてから了承してくれた。

実際にニナの能力を不意打ちで使われれば、俺でも一瞬で殺されてしまうだろう。

ニナの話が全部嘘で、俺に近づくための口実だったとしても、これだけ言っておけばそう簡単に襲って来る事は無いだろう。


「エルレイ様、この危険人物を保護するのは反対です!

子供達を保護するのとは訳が違います!」

アドルフは俺の予想通り反対してきた。

今日は幾度となくアドルフとは言い合いをしてきたので、アドルフを納得させるだけの答弁は用意してある。

「アドルフ、ニナは確かに危険だが、それは保護しなくても同じだし、むしろ放置している方が危険だと言えるだろう。

僕もニナをただ保護する訳では無く、きちんと働いて貰うつもりだ。

ニナも働いてくれるよな?」

「食事を食べさせてくれるなら、いくらでも働くのさね」

「ニナもこう言っている」

「ですが…」

「ニナを保護せずに放置すれば、食事を求めて罪を犯したり他国に行ったりするかもしれない。

有能なニナを、わざわざ手放す事は無いと思うのだがな?」

「…承知しました」

アドルフは眉間にしわを寄せながら、苦渋の決断を下してくれた。


「トリステンにニナの管理は任せる。食事をさせて明日からは適当な仕事を与えてやってくれ。

それから、着替えなどは後で持って来させるからな」

「えっ!?エ、エルレイ様、お待ちを!」

「ロゼ、リゼ、帰るぞ!」

「「はい」」

俺はトリステンにニナの世話を強引に押し付け、リアネ城に戻る事にした。

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