第百五十五話 暗殺者ニナ その一

女の子の失われた右腕の治療をしたおかげか、子供達は大人しく着いて来てくれる事を了承してくれた。

子供達は全部で八人。

男の子は、エリオット、ラルフ、オスカル、トーマ、フリストの五人。

女の子は、アンナ、エレン、マリーの三人。

アンナ以外は比較的元気にしているが、皆痩せ細っていて、いつ病気にかかっても不思議ではない状態だ。

でもそれは、リアネ城でしっかり食べさせれば問題は無くなるだろう。


俺達は危険な場所から無事に出て行く事が出来、アドルフが手配してくれた馬車に乗り込む事が出来た。

後はリアネ城に向かうだけだが、ここで問題が生じた…。

問題は乗り込む馬車の事だ。

アンナ以外の子供達はまとめて一つの馬車に乗せられ、アンナにはリリーとリゼが付き添った別の馬車に乗せて運ばれて行く事となった。

俺はと言うと、ルリアとロゼは分かるとして、アドルフとトリステンも一緒の馬車に乗り込んで来た。

そして今、三人から厳しい追及を受けている所だ…。


「エルレイ、あの子達をどうするつもりなの?」

「まだ考えていないけれど、放置は出来ないだろ?」

「考え無しだったのね、呆れたわ!ここが車内で無かったら殴っていた所よ!」

「うっ…どうするかは今日中に考えるよ…」

ルリアからは、エリオット達の処遇について追及された。

そうだよな…。

ただ保護しただけでは駄目で、エリオット達には食事の対価としての仕事を与えなくてはならない。

今はまだ、エリオット達にどの様な仕事が出来るのかも分からないし、エリオット達がやりたいと思えるような仕事で無いと駄目だろうからな。

ルリアに殴られない内に、知恵を絞りださなくてはならないな…。


「エルレイ様のお考えを尊重しましたが、リアネ城内で保護するのでは無く、使用人の別邸の方で保護させて頂きたいと思います」

「いや、リアネ城に空き部屋は沢山あるし、お客が来る事も無いので問題無いだろう?」

「いいえ、問題あり過ぎます。何からお伝えすればよいか迷うほどです!」

「まぁ、エリオット達からの信用を得るまでは、リアネ城内で保護してくれ!」

「…畏まりました」

アドルフからはエリオット達の住む場所について言われ、強引に納得させた。

安全面を考えて、素性の分からないエリオット達を俺達の傍に置いときたくは無いのだろう。

エリオット達が戦災孤児で、俺の事を恨んでいる可能性はあるかも知れないが、でもそれは俺が受ける罰であり、襲って来ると言うのであれば正面から受けて立とうと思う。

それで、俺の傍にいたくないと言うのであれば、アドルフの言う通り使用人の別邸の方に住んで貰う事にすればいい。


「エルレイ…様」

「あー、別にもう俺に対して今後は様付けも敬語も不要だぞ」

「そっちの方が助かるが、警備隊長としてのけじめは付けないといけないからな」

トリステンは街を案内してくれていた様な気を抜いた姿勢を正し、気を引き締めなおして話し始めた。

「改めてエルレイ様、スラム街の対応についてですが、今後は警備を厳重にした方がよろしいでしょうか?」

「いや、今まで通りで構わない。

いずれは手を付けたいと思うが、どの様に対処すればいいか考えてからだな。

それまでは、警備隊員を危険に晒す様な事は避けてくれ」

「分かりました。それで、孤児を見かけた場合については、どの様に対処すれば?」

「そうだな…」

積極的に保護していきたいが、受け入れる体制が確立していない。

今回は、アンナを救うために急遽保護したまで、リアネ城では受け入れ準備で大忙しになっているに違いない…。

その苦労を考えると、すぐに保護しろとは言えないよな…。

「早急に対応を考えるから、それまで孤児の保護は見送ってくれ…」

「分かりました」

トリステンからはスラム街の対応についてだな。

リアネの街にあんな場所がある事自体許されないが、先程見てきた感じからすると、かなり前からあの状態だったに違いない。

アイロス王国としても放置していた訳では無いだろうし、簡単に排除できるような物でもないはずだ。

アドルフとトリステンの意見を聞きつつ、スラム街の排除計画を練って行こうと思う。


「マスター、緊急事態だ!」

馬車がもうすぐリアネ城に到着する所で、グールが声を掛けて来た!

アドルフはグールの存在を知っているがトリステンは知らないので、俺が変な声を出したと驚愕しているが、今はトリステンに説明している余裕は無い。

俺は懐からナイフ状のグールを取り出し、詳しい話を聞く事にした。

「危険なのが近づいて来ているぜ!」

「危険だけじゃわからない!もっと正確な情報を教えろ!」

「マスターがガキ達の所にいた時からずっと後をつけてきた奴がいるんだが、そいつが今接近して来ているぜ!」

「は?もっと早く教えろ!」

「いや、殺気が無ねーから危険は無いかと思ったんだが、よくよく魔力を見てみると、マスターを襲った暗殺者だったぜ!」

「何だと!?」

俺を襲った暗殺者だと聞いて驚いたが、今は驚いている場合ではない!


「ルリアは皆を守ってくれ!アドルフとトリステンはリアネ城の防衛を頼む!ロゼは俺と一緒に着いて来てくれ!」

「分かったわ!」

「承知しました!」

「分かった!」

「はい、承知しました!」

俺とロゼは、走っている馬車から飛び出し暗殺者の襲来に備えた!

馬車はそのままリアネ城に進んでいるし、ルリアが上空で馬車を守ってくれているから安心だな。


「グール、暗殺者は何処だ?」

「来たぜ!正面だ!」

暗殺者は道路の真ん中を堂々と歩いて来ていた…。

暗殺者は黒いローブを身にまとい、黒い布で顔を隠しているので表情は伺えないが、戦闘態勢を取っている訳ではなさそうだ。

しかし、相手はラウニスカ王国の暗殺者で高速で動ける能力を持っている。

障壁で身を守っているが、必ずしも安全とは言えないので、油断せずに対応しなくてはいけない!

暗殺者との距離が徐々に縮まって来て、十メートル手前で暗殺者が立ち止まった。

この距離ならば魔法を外す事は無いが、能力を使われれば魔法は意味をなさない。

先に仕掛けるか!

そう思った時、暗殺者が両手を頭の上に上げた!


「話し合いに来たのさね!攻撃しないで欲しいのさね!」

暗殺者の声は少しかすれているが、女性の声の様だ。

話し合いに来たと言っているが、それを信じるほど俺はお人好しでは無い。

警戒を解かず、慎重に対応しなくてはいけない!

「ラノフェリア公爵家で僕の命を狙ったお前の言う事を信じろと言うのか?」

「そ、そんな事は知らないのさね!」

「お前がラウニスカ王国の暗殺者だと言う事は分かっているのだぞ!」

「あっ、うっ…」

俺が指摘すると暗殺者は動揺し、言葉を失っていた…。

グールの言う通り、俺を襲った暗殺者に違いないみたいだ。

ではなぜ、堂々と俺の前に現れて来たのだろう?

グールの話によれば、エリオット達の住処にいた時から監視していたみたいだし…。

あの場所で不意打ちを受ければ、守る者が多いあの状況で俺は誰かをかばってやられていた可能性は高い。

という事は、本当に話し合いに来ただけなのだろうか?

俺は暗殺者に注意を払いつつ思考を巡らせていると、隣にいたロゼが一歩前に出た。


「エルレイ様、ここは私に任せて頂けませんか?」

「分かった、無理はするなよ!」

「はい!」

流石にラウニスカ王国の暗殺者を前にして、命の危険がある能力でも使うなとは言えない…。

俺はロゼが無事でいる事を願う事しか出来ない…。

「顔を見せなさい!」

ロゼが強い口調で命令すると、暗殺者はゆっくりと手を降ろして顔を覆っている布を首まで下げた。

布の下から現れた顔はどことなく幼い印象を受け、可愛い少女といった感じだ。

ロゼは暗殺者の顔を見て、少し力を抜いたような気がした…。

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