第百五十四話 孤児達 その二
建物内に入って行くと、四人が寝ているアンナを心配そうに見つめていた。
エリオットの手には、俺があげた果物が皮を剥かれた状態で握られていて、アンナが少ししか食べていないのが分かる。
俺も近くに寄って覗いて見ると、アンナは目を瞑って寝ている様子だ。
病気は治り安定はしているものの、衰弱した体では食事をまともに摂ることは出来ないみたいだな…。
「エリオット、話がある」
俺が声を掛けると、四人が一斉に振り向いた。
違いはあれど、皆悲しそうな目をしていて、エリオットの目には涙がにじんでいた…。
「病気は治ったのじゃなかったのかよ!」
エリオットが絞り出すような声で訴えて来た。
寝ているアンナを気遣い大きな声では無かったが、俺の心に重くのしかかってくるような感じがした…。
大切な妹の病気が治ったと喜んでは見たが、状況が変わっていない事に絶望を感じたのだろう。
俺もアルティナ姉さんが同じ状況になっていたとしたら、エリオットと同じように絶望していた。
だから、エリオットの気持ちは痛いほど分かるし、どうにかしてやりたいと心から思う。
「エリオット、僕の話をよく聞いてくれ。
アンナの病気が治ったのは本当の事だが、アンナの体調が良くなった訳では無い。
それは、アンナが病気になってから殆どまともな食事を食べられなかった事が原因で、このままではアンナが元気になる事は無い」
「どうすればいいんだよ!この果物もアンナは食べてくれなかったし、このままアンナは死んでしまうのか?」
「ここにいては、そうなるだろう…」
エリオットは力なく
「エリオット、僕から提案がある。僕がアンナを預かって元気になるまで、いいや、元気になった後も面倒を見ようと思う」
…。
エリオットは俯いたまま答えない…。
大切な妹と別れたくは無いが、妹を死なせたくも無い!
そんなエリオットの気持ちが、強く握られた拳から伝わって来るみたいだ…。
他の三人も声を発せないでいる。
そんな中、声を上げたのは意外な人物だった。
「エルレイ様、お待ちください!」
「アドルフは黙っていてくれないか?」
「いいえ、黙りません。エルレイ様の行いたい事は重々理解しました。
その上で申し上げます。
エルレイ様は困っている者を全員、お助けするおつもりでしょうか?」
アドルフの言葉は俺に突き刺さって来た!
アンナを救えば、他の者も救わなくてはならなくなると…。
そんな事は当然無理だし、やろうとも思わない。
だがそれでも、俺の目の前で苦しんでいる者がいれば手を差し伸べたくなるのが人情では無いだろうか?
アンナを見捨てて行く事は俺には出来ないし、俺の手をギュッと力強く握って来るリリーもそんな事は望まないだろう。
アドルフの目をしっかりと見て、俺の意思を伝えた!
「アドルフ、全員を助けるなんて事は無理だし、そんな愚行はしない。
だが、僕の手の届く範囲にいる者は助けたいと思うし、アドルフが何を言おうとも心変わりするつもりは無い。
こんな僕が嫌になったのであれば、アドルフはラノフェリア公爵家に帰るといい」
アドルフが居なくなれば、俺はまともに領地経営を行う事は出来ないだろう。
今の俺はお飾りだからな…。
しかし、アドルフがいなくなると言うのであれば、どうにかして頑張って行かなくてはならない!
アンナを助ける前に、俺はルリア達を養い守って行かなくてはならないのだから!
「エルレイ様が甘いのは承知しておりましたが、ここまでとは思いませんでした!」
アドルフも俺の目をまっすぐ見て答え、そして大きく息を吐いた…。
「ふぅ~仕方ありません。私はエルレイ様に仕える者として、エルレイ様が道を誤った際にはお
それと同時に、エルレイ様の理想を実現すべく尽力する者でもあります。
今後もエルレイ様にお仕えして行きたいと思います」
アドルフは俺に対して
いいや、表面上はそうでも、呆れているのは間違いないだろう。
だがこれで、アンナを保護することは出来そうだ。
いや、まだエリオットの許可を貰っていなかったな…。
エリオットの方に向き直ると、沈痛な面持ちで俺を見ていた。
「なぁ、アンナを本当に元気にしてくれるんだな?」
「本当だ!」
「それなら、アンナの事を…」
「エリオット、騙されては駄目だ!」
「そうよ!前に連れて行かれた子も戻ってこなかったじゃない!」
エリオットが俺にアンナを
他にも子供を連れて行く者がいるみたいだな…。
全員を納得させない事には、アンナを保護する事は厳しそうだ。
「アンナの事が心配なら、皆も着いて来るといい。
僕に着いて来れば、毎日美味しい食事が食べられるぞ!」
「だ、騙されないからな!」
「あいつらも同じこと言ってたし!」
なるほど、食事で釣るのは失敗だったか…。
何か良い策は無いかと思案していると、珍しく厳しい表情をしたリゼが俺に声を掛けて来た。
「エルレイ様、発言の許可を下さい」
「うん、構わないぞ」
「ありがとうございます」
リゼはエリオットたちの前に出て、しゃがみこんで話しかけていた。
「皆さんに質問です。貴方達に声を掛けて来た人はどんな方だったのですか?」
「怖い男の人…」
「優しそうな表情で声を掛けて来るけれど、目が怖い奴で信用できない!」
「この前も声かけて来たし、居なくなって欲しいぜ!」
「そうでしたか、私達も同じ様に見えますか?」
リゼの問いに、子供達は首を横に振って応えた。
「ううん、後ろのおじちゃんは怖そうだけれど、悪い人ではなさそう」
「お姉ちゃんと後ろの女の子は良い人そうだけど、男の子とおじちゃんは嘘を吐きそうだ」
「うん、僕もそう思う!」
どうやら、俺とアドルフは嘘吐きだと思われているらしい…。
この子達に対して嘘はついていないと思うし、俺は嘘を吐く事は…そんなにないと思うぞ?
アドルフは仕事柄嘘を吐く事は多そうだが、それは仕方のない事だ。
それとアドルフはまだ若いのに、おじちゃんと言われて微妙な表情をしているな…。
まぁ、俺とアドルフが嘘吐きだと思われていようとも、リゼが上手く説得してくれそうなので見守る事にした。
「もし貴方達が騙されそうになったら私が助けますので、どうか着いて来ては貰えませんか?」
「どうする?」
四人は顔を見合わせて相談し始めた…。
「本当に毎日食べさせてくれるんだな?」
「はい、お約束しましょう」
「アンナの事もあるし、着いて行こうと思うがまだ他にも仲間がいる!そいつらも一緒でいいよな?」
「エルレイ様、よろしいですよね?」
「勿論だとも!」
リゼの説得で、ここにいる者は着いて来てくれる事になり安心した。
「エルレイ様、あの子は私がお運びしてもよろしいでしょうか?」
「うん、お願いする」
リゼはエリオットに許可を貰い、寝ているアンナを優しく抱き上げた…。
「アドルフ、馬車の手配をお願いする」
「畏まりました」
空間転移魔法で連れて行くのが早いが、衰弱しているアンナに影響が無いとも言えない。
ここは安全を期して、馬車でリアネ城まで連れて行く方が良いだろう。
皆を連れて建物を出ると、先程見たのと同じ光景が繰り広げられていた…。
「エリオット、あの子達も仲間か?」
「そうだ、降ろしてやってくれ!」
ルリアにお願いして捕まえている子供達を降ろして貰うと、子供達はエリオット達の後ろに一目散に逃げ出して来た…。
飛行魔法で浮かべて捕らえるやり方は、相手を傷付けず捕縛出来て便利だとは思うが、やられた方は自由を奪われるので想像以上の恐怖を感じるのだろうな…。
子供相手に使うのは止めた方が良いようが気もして来たが、それは後で考える事にしよう。
「この子の怪我を治せる?」
先程建物内にいた女の子が、怯える別の女の子の手を引いて俺の前に連れて来た。
「うん、大丈夫治せるよ!」
「良かった!早く治してあげて!」
俺はリリーの手を離し、怯えている女の子の前に進み出た。
「手を見せてくれる?」
「ほらマリー、手を出して治してもらおう!」
俺が優しく話しかけると、怯えている女の子は背中に隠してあった右手を
俺は差し出された右手の肘の上を優しく両手で掴み取った。
「今から魔法で治療するけど、痛くも無いので動かないでね」
怯えている女の子はゆっくりと小さく頷いた。
さて、この治療は一度自分で実践しているが、傷口が完全に塞がっている状態でも成功するのか自信は無い…。
自信は無いが、集中して全力で治療にあたるしかない!
俺は女の子の魔力を見る事に集中し、慎重に魔力を注ぎ込んで行く…。
大丈夫!上手く行く!
そう自分に言い聞かせながら、魔法を発動した!
俺の魔力が女の子の右腕に集まり、俺の時と同じように、女の子の失われた右手の肘から先に骨が作られ、筋肉が付き、皮で覆われ元通りの右手が作り上げられて行った…。
「どう、動くかな?」
怯えていた女の子は驚き、右の手の平を握ったり開いたりを何度も繰り返していた。
「マリー、元通りになってよかったね!」
「うん!お兄ちゃん、ありがとう!」
女の子二人は抱きしめ合って、涙を流して喜んでいた。
治癒魔法は集中を要し、非常に疲れる…。
リリーもアンナを治療した事で疲れた事だろう。
後は、無事に皆をリアネ城に連れて行くだけだが、子供達を狙っている者もいるみたいだし、最後まで気を抜かずに行かなくてはな!
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