第百五十三話 孤児達 その一
「本当に妹の病気を治してくれるんだな?」
「本当だ。僕が魔法使いなのはエリオットが体験したから知っているだろう?」
「うん…こっちだ!早く妹の病気を治してやってくれ!」
エリオットに妹の病気を治してやると言って、二人が住む場所に案内して貰っている。
エリオットの両腕は後ろで縛られたままだが、妹を思う気持ちがエリオットの歩く速度を速めているのだろう。
俺は最初の時と同じようにラウラと手を繋いでいるが、ラウラの繋いでる手からは微かな震えが伝わって来ている。
ラウラが震えているのは寒いからという事では無く、周囲に漂う雰囲気を感じての事だ。
トリステン達の表情も険しくなっているし、油断できない危険な場所に来たのだろうな…。
ラウラを安心させるために繋いでいる手に力を込めてしっかりと握ってやると、ラウラも握り返して来てくれた。
ラウラの恐怖心を完全になくすことは不可能だが、今の俺に出来る事はこれくらいしかないので我慢して欲しいと思う。
「トリステン、この辺りは警備隊も来ないような場所なのか?」
「そうだ、余程の事が無い限り近づかない様に指示している」
「そうか…」
周囲の建物はボロボロで、窓ガラスは割れているのか風雨が入らないようにと板が打ち付けられているので、中の様子を見る事は出来ない。
細い道はゴミが散乱し異臭も漂って来ている…。
ルリア達は鼻を手で塞いでいるし、連れて来なかった方が良かったのかも知れない。
まぁ、ルリアは何を言おうとも着いて来たとは思うが、リリー、ヘルミーネ、アルティナ姉さんは置いて来た方が良かったな…。
今更戻れとも言えないから、何が起ってもしっかりと守らなくてはいけない!
「こっちだ!」
エリオットは細い路地を右や左にグネグネと回りながら進んで行くので、気になって声を掛けて見た。
「わざと遠回りしているのか?」
「違う!向こうは危険なんだよ!」
「そうか、すまなかった…」
この場所に住んでいるのだから、危険な場所を避けて通るのは当然の事だな。
エリオットを疑った事を謝罪し、黙って後に着いて行く事にした…。
「あの建物の中に妹が眠っている。この紐をほどいてくれ!」
「トリステン、開放してやってくれ」
「いいのか?」
逃げ出したとしても、ここなら遠慮なく魔法が使えるし逃がしはしない。
それに、エリオットは嘘を吐いていないと思っているからな。
トリステンがエリオットを縛り付けた縄を解いている間に、建物の中に入るメンバーを選ぶことにした。
「リリーとリゼ姉さんは僕と一緒に着いて来てくれ。後はこの場で待機して貰うが、危ない場合はトリステンの指示に従い逃げてくれ」
「お待ちください!私もエルレイ様のお供をさせていただきます!」
「分かった、アドルフも着いて来てくれ」
ここでアドルフと問答する時間は無いし、素直に連れて行く事にした。
俺はラウラをアルティナ姉さんに預け、代わりにリリーと手を繋いだ。
「リリー、どんなことがあっても僕が必ず守るから安心して着いて来てくれ!」
「はい、信じています」
リリーに怯えた感じは無く、俺の手をしっかりと握り返してくれた。
リリーを連れて行くのは、エリオットの妹の病気の治療をしてもらうためだ。
どんな病気か分からなく俺では治せないかもしれないが、リリーならどんな病気でも治療できると思うからな。
エリオットは縄が解けると、走って建物内に入って行った。
「アンナ無事か!?」
エリオットの後に着いて行く前に、安全を確認しておこう。
「グール、危険な人物はいそうか?」
「マスター、建物内には二人しか確認出来ねーぜ!しかし、周囲には危険なのも潜んでいるが様子を窺っているだけだと思うぜ!」
「分かった、近づいて来たら知らせてくれ」
「了解したぜ!」
周囲の警戒はグールに任せ、俺はリリーを守る事に集中しよう!
慎重にエリオットが入って行った建物内に侵入して行く…。
中は薄暗く、匂いもかなりきつい…。
入った部屋の中は掃除されてはいるみたいだが、清潔とはとても言えない状態だな。
そんな部屋の奥に木の板が並べて置いてあり、そこに薄茶色く汚れた布をかけただけで横たわっている少女とエリオットの姿があった。
「エリオット、その子が妹か?」
「そうだ!早く治療してくれ!」
「分かった。リリー、頼めるかい?」
「はい、任せてください!」
リリーは繋いでいた手を離し、エリオットの妹の傍に両膝をついてしゃがみ込み、布を少しはいでエリオットの妹の細い手を握った。
そして、集中してエリオットの妹の様態を確認していた…。
「こほっ、こほっ、お兄ちゃん…」
「ここにいるぞ、今からこの人が病気を治してくれるからな!」
「うん…」
エリオットの妹の頬は瘦せこけ、相当衰弱している状態だと言うのが分かる。
リリーが病気を治した後に、栄養のある食事をきちんと食べさせない事には、またすぐに病気に
だがそれは、ここにいては無理な相談と言うものだ。
リリーから魔力があふれ出し、エリオットの妹の体を柔らかな光が包み込んだ…。
その光がエリオットの妹の体に吸い込まれるようにして消えていくと、リリーがほっと息を吐きだした。
「エリオットさん、妹さんの病気は治療いたしました」
「本当か!アンナ、苦しくはないか?」
「うん、お兄ちゃん苦しくなくなったよ…。お姉ちゃん、治してくれてありがとう…」
「いいえ、気にしないで下さい」
リリーはアンナに優しく微笑みかけてから立ち上がり、アンナに背を向け俺の所に深刻な表情をして戻って来た後、小声で俺に話しかけて来た。
「エルレイさん、あの子をそのままにしておくと…」
「分かっている。後の事は僕に任せてくれ」
「はい、お願いします」
アンナを治療したリリーには、彼女の状態が良く無い事は理解できたのだろう。
エリオットの処分を理由に無理やり連れだす事は可能だが、その手段はなるべく取りたくは無いので、説得を頑張って見ようと思う。
俺は収納魔法から食べやすい果物を二つ取り出し、エリオットに差し出した。
「エリオット、少ないがアンナに食べさせてやってくれ」
「良いのか?」
「あぁ、だがアンナは弱っているから、少しずつ時間をかけて食べさせてやってくれ」
「ありがとう」
エリオットは俺から果物を受け取ると、アンナの体を支えながら起こしてやり、果物を食べさせ始めた…。
「一度出よう」
「はい」
待たせているルリア達の事も心配だから、一度外に出る事にした。
「ルリア、その子達は?」
「逃げられない様に捕まえて置いたわ!」
外に出て見ると、見知らぬ三人の子供が空中に浮かせられていた…。
「おーろーせーよー」
「降ろしてよ!」
「はなせー!」
エリオットの仲間だろうか?
ルリアの魔法で空中に浮かされてたまま、逃げようと必死にもがいている…。
俺が先にエリオットに対して使ったからルリアを責める事は出来ないが、ちょっと可哀想だな…。
「ルリア、降ろしてやってくれ…」
「分かったわ。逃げ出そうとしたらまた浮かばせるわよ!いいわね!」
ルリアは逃げない様に念を押し、三人の事もを地面に降ろした。
三人は地面に足が付いた事で安心しているものの、お互いを見合って逃げ出して方が良いか相談しているみたいだった。
俺はその三人の前に出て話をする事にした。
「僕はエルレイ、今アンナの治療を魔法で行った。
君達も病気や怪我をしているのであれば治療してやるが、どうだ?」
三人は俺の問いかけにお互いの顔を見合わせ、一番背の高い男の子が代表して答えてくれた。
「その魔法はどんな怪我でも治療出来るのか?」
「そうだ。怪我をしているなら治療してやるから、患部を診せてくれ」
「いいや、俺では無い。今は食事を探しに出ている。戻ってきたら治療してやってくれないか?」
「分かった、では待つ間にお前達の名前を教えてくれ」
三人はまた顔を見合わせ、今度は少し体格のいい男の子が話しかけて来た。
「アンナの為に食べ物を持って来たから、先に食べさせてやりたい」
男の子は汚れた袋を大事そうに抱えていて、その中に食べ物が入っているのだろう。
どんな食べ物を持って来たのかは分からないが、衰弱しきったアンナの体が受け付ける筈もなく、もどしてしまうのが関の山だろう。
「アンナには俺が果物をやって食べて貰っている。それはお前達で食べると良いだろう」
「本当だろうな?確認して来る!」
「俺も!」
「あたしも!」
三人ともアンナの事が心配だったのだろう。建物内に駆け込んで行った。
俺もリリーを連れて、再び建物内に入って行く事にした。
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