第百五十二話 リアネの街へ その五

泥棒は逃げ足が速く、人混みの中をスイスイとすり抜けて行く。

一方俺はと言うと、泥棒を見失わないように必死で追いかけているが、人とぶつからない様に気を付けながらだと離されて行ってしまうな。

俺はまだ子供の小さな体なので楽だが、トリステンとロゼは追いかけるのは厳しく、このままでは見失うのは時間の問題だ…。

魔法を使えばすぐにでも捕まえることは可能だが、人混みの中では他の人に被害が出る可能性が高くて使えない。

何とか見失わない内に、人混みから抜け出せればいいが…。

かなり犯人との距離が離れた所で、人混みの多い市場から出られた。


「何処に行った!?」

「エルレイ様、あの通路です!」

咄嗟の事でロゼも普段通りの話し方に戻っているが、今はそんな事を気にしている場合ではない!

俺はロゼが指さした通路に向けて走り出した!

「エルレイ、俺は回り込むからそのまま追いかけてくれ!」

「分かった!」

俺とロゼは真っすぐ泥棒を追跡し、俺達に追いついて来たトリステンは別の通路に走り込んで行った。

泥棒はかなり土地勘があるのか、狭い通路に逃げ込でなかなか追いつく事が出来ない。

盗んだ荷物を抱えている分、泥棒の方が走りにくいはずなんだがな…。

人通りも少なくなって来た事だし、魔法を使おうかと考えていた所で突然泥棒が立ち止まった!


「エルレイ様、気を付けてください!」

「分かってる!」

反転して襲って来る事も考えられるので、俺は自身に障壁を張り攻撃に備えた。

「もう逃げられないぜ!」

泥棒が立ち止まったのは、前方にトリステンが回り込んでいたからだった。

泥棒は前と後ろをキョロキョロと見比べ、俺とロゼの方が弱そうだと判断したのか、こちらに向けて突っ込んで来た!

「残念だったな、こっちの方がハズレだ!」

まだトリステンに突っ込んで行った方が逃げられる可能性が高かったかもしれない。

俺としてはこっちに来てくれて助かったがな!

俺は飛行魔法を泥棒に掛けて十センチほど浮かせた。


今までなら他人に飛行魔法を掛ける事なんて思いつかなかったのだが、ルフトル王国で一度に複数人飛ばすのを見せられたからな。

そのおかげで、帰って来てからその練習をしていた際に、別の対象に飛行魔法がかけられる事が分かった。

今その飛行魔法を掛けられた盗賊は、浮かび上がった足を必死に動かして逃げ出そうとしている。

飛行魔法は懸かっているが俺が操作しないと自由に動けないので、誰かを捕縛するのにも使えて便利だ。


「俺に何をした!」

「逃げられない様に魔法をかけただけだ。大人しく盗んだ物を返せば見逃してやらなくもないぞ?」

魔法で捕らえられた泥棒は俺を睨みつけ、どうにかして逃げられないかと思案している様子だ。

泥棒は大人かと思ったが子供のようだな。

まぁ、子供であろうと人の物を盗むのは良くない。

二度と同じことをしない様に教え込まなくてはな…。


「これは俺の物だ!返すわけないだろ!」

泥棒は俺に取られない様にと、持っている袋を背中に回して隠した。

しかし、それは悪手だったな…。

「よっと!」

「あー!返せ!返せよ!」

後ろにいたトリステンが袋を取ってくれて、俺の所に持ってきてくれた。

「中身は果物か…」

「簡単に食べられて美味しいからな…」

袋の中には美味しそうな果物が入っていて、走って逃げたため多少傷んでいるのもあるが売れない事は無いだろう。

これを元の持ち主に返せば解決するが、問題はこの泥棒の処分だよな。

盗まれた物は高い商品ではないが、犯罪を許しておけるはずも無い。

今は俺を領主だと知っている者は少ないだろうが、領主が泥棒を見逃す訳にはいかないからな。


「エルレイ、こいつの処分はどうする?」

「そうだな、取り合えずルリア達と合流し、盗品を返却してから考えようと思うがどうだろう?」

「妥当だな。取り合えずこいつは捕縛しておく」

トリステンは、どこからともなく取り出したローブで泥棒を素早く縛り上げた。

「用意がいいな…」

「こんなこともあるかと思って用意はしておいた」

「そうか…」

つまり、日常的に犯罪が起こっていると言う事なのだな。

何か対策を考えなくてはならないが、それは帰ってから考える事にして、今はルリア達との合流が先だな。

俺は念話を使い、ルリアに連絡する事にした。


『ルリア、泥棒は捕まえた、そちらに合流したいが今は何処にいる?』

『エルレイ、安全を考えて市場の外まで移動したわ!』

『分かった、今からそっちに向かうので動かないようにしてくれ!』

ルリアとの連絡を終え、皆でルリア達が居る場所まで戻りながら、犯人から話を聞く事にした。


「名前は?」

「俺は何も悪い事はやってない!妹が俺の帰りを待っているんだ!放してくれ!」

「そうか、早く帰りたいのなら名前を教えてくれ?」

「…エリオット」

「エリオット、両親は居るのか?」

「そんなものいない…」

「今は何処に住んでいるんだ?」

「何でそんな事をいちいち話さなくてはならないんだよ!名前を教えただろ!早く放してくれ!」

俺の質問に苛立ちを覚えたのか、今まで大人しかったエリオットが逃げ出そうと暴れ出した。

しかし両手は後ろに縛られているし、トリステンに引っ張られている状況だから逃げる事は出来ないのだけれどな。

これ以上話を聞くのは無理そうだし、名前を聞けただけましだと考えるべきだろう。

リアネの街の警備にも精通している、トリステンと話した方が良さそうだ。


「トリステン、エリオットは両親が居ないと言う事だったが、似たような子供は多いのか?」

「そうだな。エルレイのお陰で戦争での被害は少なかったが孤児になった子供がいなかった訳では無い。

それと、娼婦に捨てられた子供もそれなりにいる」

トリステンは、俺を気遣って言葉を選びつつ話してくれた。

そうか…。

エリオットが孤児なのかは分からないが、俺のせいで孤児になった子供がいると言う事に違いはない。

トリステンにエリオットの処分を任せようかと思っていたが、もう少し事情を聞いてみて俺に出来る事が無いか考えて見ようと思った。


「エルレイ、その子が犯人なの?」

「汚い奴だな」

「うん、まだ確定した訳では無いけどな。これから盗んだ品を返して確認しなくてはならない」

「ふ~ん、そうなのね」

ルリアとヘルミーネは捕まった犯人が気になるのか、ジロジロと見回していた。

エリオットが見世物になっている感じで可哀そうな気もするが、罰だと思って諦めて貰うしか無いな。

俺はトリステンの部下に袋に入った果物を渡し、取られた物かを確認して来て貰った。


「間違いないそうです。それと商品が返って来たので、それ以上の要求はしてきませんでした」

「それは良かった。さてトリステン、この場合の処分はどの様な感じになる?」

「そうだな。反省するまで牢屋に入れるのが妥当だな」

「だそうだぞ?」

俺達の会話を聞いていたエリオットは、絶望したような表情を見せながらも必死に訴えて来た!

「牢屋は勘弁してくれ!病気の妹が俺の帰りを待っているんだ!

本当なんだ!信じてくれ!」

俺としてはエリオットが嘘を言っている様には思えないが…。

「トリステン、いいか?」

「何がいいのは分からないが…俺よりアドルフに許可を貰った方が良いと思うぞ?」

トリステンは苦笑いしながら視線を俺の背後に向けたので後ろに振り向くと、眉間にしわを寄せて厳しい表情をしたアドルフが立っていた。


「エルレイ様、危険ですのでお止め下さい!

どうしてもと言うのであれば、警備兵をお呼びくださいませ!」

アドルフには俺の考えが分かっているのが、意地でも許可しないつもりだな…。

だが、俺も途中で投げ出す様な事はしたくない!

「僕はこの街の現状を知り、より住みよい街へと改善する義務がある!

アドルフが止めても、僕は確認しに行くからな!」

俺とアドルフのにらみ合いがしばらく続いたが、ルリアの声によって俺の勝ちとなった。

「エルレイの言う事が正しいわ!危険なんて事は最初から分かっていた事よ!

さぁエルレイ、義務を果たしに行くわよ!」

「うん!」

ルリアに助けられ、俺達はエリオットの妹が待つ場所に行く事になった。

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