第百四十九話 リアネの街へ その二
平民の服に着替えてリアネ城の廊下を皆で歩いていると、すれ違う使用人たちが驚愕し何度も見返して来ていた…。
「エル、これは目立っているのではないか?」
「今だけはな…街に出ると目立たなくなるはずだ」
商人が用意してくれた服だから大丈夫だろうとは思うが、ちょっと自信が無くなって来た…。
服の事より、皆の安全を第一に考えなくてはな。
「皆聞いてくれ。これからリアネの街に行くのだが、街ではどんな危険があるか分からないし、はぐれたりしない様に組み分けをする。
ルリアはヘルミーネとロゼ姉さんと一緒にいてくれ」
「仕方ないわね。ヘルミーネ、私から離れないようにしなさい!」
「エル、なぜルリアと一緒なのだ!」
ルリアは納得してくれたが、ヘルミーネは不満のようで俺に文句を言って来た。
「ルリアと一緒なのは、ヘルミーネがこの中で一番守らなければならないからで、ルリアは強くてヘルミーネを守れるからな」
「むっ、それならばエルが私を守ってくれればいい!」
「いいや、俺はラウラ姉さんを守らなくてはならないからな」
「そ、そうか…しっかりラウラを守ってくれ」
ヘルミーネも、この中で一番弱いのがラウラだと言う事を理解しているのだろう。
ヘルミーネはあっさりと引き下がり、ラウラから離れてルリアの傍に行ってくれた。
ラウラはヘルミーネの事が心配なのか少し困惑気味だ。
俺も全員を守る事は難しいので、今日だけはヘルミーネとラウラには分かれて貰うしかない。
ロゼには何も言わずとも、ルリアとヘルミーネの事を守ってくれるだろうから安心だな。
ロゼは軽く頷き、二人を守れる位置に移動してくれた。
「お姉ちゃんはリリーとリゼ姉さんと言う事になるのかしら?」
「うん、アルティナ姉さん、リリーの事をお願いします」
「分かったわ。リリー、リゼ姉さん、今日はよろしくね!」
「アルティナさん、よろしくお願いします」
「アルティナ…よろしくお願いします」
その三人の中では、魔法だけならリリーが一番強く、アルティナ姉さんが一番弱い事になる。
しかし、急に襲われたりしない限りアルティナ姉さんも身を守る事くらいは出来るだろう。
リリーも同様に身を守る事だけなら心配はしていないので、一番安心していられる組み合わせだ。
リゼにも二人の事を安心して任せられるからな。
「ラウラ姉さんは僕の傍にいてください」
「はい…」
ラウラは遠慮がちに俺の傍に来てくれた。
ラウラとは一緒に寝てくれたりもしているし、たまに着替えや入浴も手伝ってくれている。
それに、この前俺が贈ったエルフの木の指輪も左手の薬指にしっかりとはめてくれている。
そんなに遠慮しなくてもいいと思うのだが…実は嫌われていたりするのだろうか?
この機会に、ラウラとも打ち解けたいと思うが、焦って今以上に嫌われない様に注意しなくてはいけないな…。
玄関に来ると、俺の要望通り普段着姿のトリステン達が待ち構えてくれていた。
トリステンも俺達の姿に一瞬驚愕していたが直ぐに元の表情に戻り、姿勢を正して挨拶をしてくれた。
「エルレイ様、おはようございます」
「おはよう。今日はよろしく頼む」
「はっ!」
トリステンとの挨拶を終えて、俺はその隣に待機している二人の方を向いた。
「アドルフとカリナも着いて来る気なのか?」
「はい、お供させて頂きます」
そこには何故か、俺達と同じ平民の服装姿のアドルフとカリナがいた。
二人には今朝まで知らせていなかったから、平民の服を持っていないと思っていたのだが甘かった様だ…。
うるさく言われそうなので連れて行きたくは無かったのだが、服まで用意されては連れて行かない訳にはいかないだろう。
「分かった。しかし条件がある。
トリステン達も聞いてくれ、今から街を見学に行くが、その間僕の事はエルレイと呼び捨てにし敬語も不要だ。
僕が領主であることを知られないように注意してくれ」
俺達は馬車に乗り込み、リアネの街まで行く事となった。
リアネ城からリアネの街までは少し離れていて、歩いて行くには遠いからな。
俺は車窓からの景色を眺めつつ、アドルフに質問した。
「アドルフ、この辺りにはまだ手を付けていないのだったな?」
「はい、いずれは何かに活用したいと思っておりますが、良い活用法が思い浮かばず申し訳ございません」
「いいや、僕の方こそ良い案を出せていないから気にするな」
車窓から見える景色は貴族街と呼ばれていた場所で、今は使用されていないので非常に勿体ない地域でもある。
立派な屋敷を潰すのは勿体ないし、平民に貸し出したり売ったりすることも出来ない厄介な物だ。
いずれはどうにかして活用しなくてはならないが、余裕がない今は現状維持だな…。
貴族街を抜けた所で、俺達は馬車から降りた。
やっとリアネの街を見て回る事が出来る事に、少し興奮している。
しかし、俺は皆を守らなくてはならないので、気持を落ち着かせて行かなくてはならない。
一度深呼吸をし、皆にも注意するように声を掛けた。
「ルリアはヘルミーネと、リリーはアルティナ姉さんと手を繋ぎ、決して一人にならないように注意してくれ!」
ルリアはヘルミーネが勝手にどこか行かないようにとしっかり手を繋いでくれて、リリーはアルティナ姉さんと仲良く手を繋いでくれた。
「ラウラ姉さんも僕と手を繋ごう!」
「は、はい…」
俺も遠慮がちに差し出してくれたラウラと手を繋ぎリアネの街へと歩き出し、警護に着いて来ているトリステンに道案内を頼む事にした。
「トリステン、街を案内してくれないか?」
「エルレイ様、案内と言われましても、何処を案内すればよろしいのでしょうか?」
「様も敬語も不要と言ったはずだぞ、やり直し!」
トリステンは俺の駄目出しに表情を歪めながらも、一つ咳払いして言いなおしてくれた。
「エルレイ、何処に行けばいい?」
「そうそう、取り合えず商店街かな?ルリア達は希望があるか?」
「特に無いわね」
「お菓子!美味しいお菓子が食べたいぞ!」
「お菓子だそうだ…」
「味の保証は出来ないが…案内する…」
トリステンはヘルミーネの要望に困りつつも、案内を引き受けてくれた。
普段から美味しいお菓子を食べて来ているヘルミーネが満足するようなお菓子が売っているとは思わないが、俺も興味が無い訳では無い。
ルフトルの町の時の様に、英雄が伝えてくれたお菓子が無いとも言い切れないからな。
十分ほど歩いた所で、トリステンが立ち止まって振り向いて来た。
「ここからは人通りが多くなるから、はぐれない様にしてくれ」
「分かった」
トリステンが言った通り、通りには多くの人達で溢れていた。
道幅は広いが、中央は馬車が通る様になっている為、人達は両端を歩いているため混雑気味だ。
俺達はその中を歩いて行くが、トリステン達が前を歩いてくれているので、人とぶつかるような事にならずに済んだ。
「この店だ!」
トリステンが案内してくれた店からは甘い匂いが漂って来ていて、俺達は全員で店内へと入って行った。
「おや、懐かしい顔だね。元気にしていたかい?」
店内はとても狭く俺達が全員何とか入れる程度で、お菓子らしきものは置いておらず、鉄板があるからこれから焼いてくれるのだろう。
奥には一人の老婆が椅子に座っていて、トリステンの顔を見て柔しい笑みを浮かべていた。
「あぁ、元気にしてたさ。リーナばあさんも元気そうで何よりだ」
「ふぇふぇふぇ、もうすぐお迎えが来る頃さね」
どうやら知り合いの様で、二人は笑いながら再会を喜んでいた。
「リーナばあさん、少し多いが人数分頼むぜ」
「あいよ。今から焼くからで少し待ってな」
老婆は椅子からゆっくりと立ち上がり、鉄板が置いてある所まで移動して行った。
そして棚の中から作り置いてあった生地を取り出し、慣れた手つきで鉄板の上に生地を丸めてポンポンと置いて行った。
「あれは魔法…」
「そうだぜ。この町の子供はリーナばあさんの魔法見たさにここに通うのさ」
「ふぇふぇふぇ、大した魔法じゃ無いけれどね」
確かに老婆の使っている魔法は、基本的な火を灯すだけの魔法だ。
しかし、その制御は正確で、焼いているお菓子を焦がす様な事は無かった。
「見事な物ね…」
ルリアも感心しながら老婆の魔法を見ていた。
俺とルリアにも同じ事が出来るとは思うが、間違いなくお菓子を焦がしてしまうだろうな。
「はい、出来上がったよ。熱いうちにお食べ」
老婆は焼きあがったお菓子を串にさし、たれをつけて一人ずつ手渡ししてくれた。
「うん、味は変わって無いな!」
トリステンは懐かしむように味わいながら食べていた。
俺も食べて見ると、生地の素朴な味わいに甘くて少し辛いたれがよく合っていて美味しいが…。
「むぅ…」
ヘルミーネも微妙な表情をしながら食べていた。
いや、ヘルミーネだけでは無いな…皆もヘルミーネと同じような表情をしている。
普段から美味しい物を食べなれているから無理も無いが、せめて老婆の前くらいは美味しいと言わないとな!
「美味しいな!」
「う、うむ、美味いぞ!」
「そうね。美味しいわよ」
「ふぇふぇふぇ、無理しなくとも値段通りの味さね」
老婆には見抜かれていたみたいで、恥ずかしい思いをしてしまった…。
値段は小銅貨二枚で、子供相手の商売だからなのか非常に安かった。
「また来ておくれよ」
「あぁ、リーナばあさんのお迎えが来る前に寄る事にするぜ」
トリステンは老婆に挨拶をして、俺達は老婆の店を出て行った。
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