第百四十五話 ラウラ その三

「ラウラ、また戦争みたいだな」

「はい、今度の戦いは今までにない規模だと聞いております」

「エルが出るのであろう?私も行きたい!」

「それは無理な事でございます!」

「むぅ~」

ここの所、ヘルミーネ王女様は戦争の事が気になるのか、全ての事に身が入っておりません。

いいえ、エルレイ男爵様の事が気になって仕方が無いのでしょう。

私もあれからエルレイ男爵様の事を調べまして、ヘルミーネ王女様のご友人の婚約者だと言う事を知りました。

そして噂では、公爵様がご令嬢を見放して婚約者にしたのでは無く、エルレイ男爵様の実力を見抜き先駆けて手を付けていたという事になっています。

公爵様についていた方々は歓喜し、そうで無い方々は戦争の敗北を願っております。

戦争に負けて良い事なんて無いでしょうに、自分達の利益を優先する方々のお考えは恐ろしいと思いました。


そんな折、私は国王陛下から秘密裏に呼び出されてしまいました。

国王陛下と直接お話しするのは初めての事ですし、この様に呼び出された事もございません。

ヘルミーネ王女様の動向を聞いてくる際には、必ず国王陛下に近しい使用人が来ておりましたので、私は非常に緊張しながら国王陛下の前へと向かい深々とお辞儀をしました。

「頭を上げよ。この場には他に誰も居ないので畏まらずともよい」

「は、はい、失礼します」

私は恐る恐る頭を上げ、国王陛下のお顔を真っすぐ見ました。

国王陛下は眉間にしわを寄せて険しい表情をなされていて、私は怒られるのでは無いかと身構えてしまいました。


「ヘルミーネの事だが、婚約させようと思うておる。

そこでお主に聞きたいのだが、ヘルミーネが想いを寄せている者はおるか?」

以前より、ヘルミーネ王女様の婚約の話は出ておりましたし、国王陛下から直接お聞きした訳では無いですが、ヘルミーネ王女様が気に入られた男の子を優先すると言う話は聞いておりました。

それなのに、国王陛下から婚約の話を聞かされて驚きましたが、私にその様な事を聞かれるという事は、まだ迷っていらっしゃると言う事なのでしょうか?

ヘルミーネ王女様が気になっているお方はエルレイ男爵様ですが、それが好意なのかは私には分かりません。

それに、エルレイ男爵様の名前を国王陛下に知らせたとしても、エルレイ男爵とは身分が釣り合いませんので、国王陛下と言えども無理に婚約させる事は不可能でしょう。

ですが、今ヘルミーネ王女様が気になさっているのはエルレイ男爵様で間違いありませんし、私が黙っていてはヘルミーネ王女様が可哀想です。

私は思い切って国王陛下に伝える事にしました。


「はい、エルレイ・フォン・アリクレット男爵様です」

「それは間違い無いな?」

「はい、相違ございません!」

「そうか、それは良かった!」

国王陛下の厳しい表情が緩み、本心から喜んでいる事が伺えます。

「ヘルミーネの婚約相手はそのエルレイ男爵だ。問題は無いと言う事で良いな?」

「ヘルミーネ王女様のお気持ちとしては問題無いかと存じます。

ですが、ヘルミーネ王女様の婚約相手としての地位が相応しく無いかと思われます…」

「うむ、その事なら気にせずともよい。

戦果次第だが、伯爵か侯爵にする予定だからの」

「それともう一つ、男爵様には既に公爵令嬢の婚約者がいらっしゃったかと思いますが…」

「うむ、そちらも話は付けておるから問題は無い」

「そうでしたら、私から申し上げることはございません」

「うむ、この事は他言無用で、ヘルミーネにも知らせるでないぞ!」

「承知致しました」


「ふぅ~」

国王陛下とのお話が終わり、廊下に出た私は壁に背を付けて大きく息を吐きだしました…。

いまだに心臓がどきどきしております。

ヘルミーネ王女様の事でしたので上手く話せたと思いますが、もう二度と国王陛下と直接話したくは無いと思いました…。

ですが、ヘルミーネ王女様のお相手がエルレイ男爵様に決まりそうで良かったと思います。

国王陛下から口止めされましたので、ヘルミーネ王女様にお知らせ出来ないのが残念ですが仕方ありません。

心臓も落ち着き、私は平静を装いながら廊下を歩きだし、ヘルミーネ王女様の下に戻る事にしました。

廊下を行き交う使用人達や騎士達は、戦争の話題で持ちきりです。

私は、ヘルミーネ王女様を安心させてあげられる内容が無いかと聞き耳を立てます…。


「軍は一つ砦を落とし、更なる目標に向かって進行中だそうよ」

「私の仕入れた情報だと、軍に大きな被害が出たらしいわ」

「英雄の生まれ変わりについての情報は無い?」

「戦場に家を建てて、贅沢な暮らしをしているそうよ」

「なにそれ、そんなの嘘に決まってるでしょう!」

「その話は私も聞いたから嘘では無いみたいよ?」

どうやらエルレイ男爵様はご無事のようですので、戻ってヘルミーネ王女様にお伝えする事にします。


「ラウラ、戦争に勝ったのだな?」

「はい、エルレイ男爵様のご活躍により、アイロス王国は滅んだとの知らせが届きました」

「そうか!エルが活躍したのか!」

ヘルミーネ王女様はご自身の事の様に、エルレイ男爵様の活躍を喜んでおりました。

「ラウラ、魔法の訓練に向かうぞ!」

「いいえ、魔法の訓練は午後からとなっており、今からはテーブルマナーのお時間となっております」

「いいでは無いか!エルが戦争に勝ったのだぞ!私も魔法を使いたいのだ!」

「駄目です。午後まで我慢してくださいませ。マナーが出来ておりませんと、エルレイ男爵様に嫌われてしまいますよ」

「む、むぅ…仕方が無い…」

最近では、エルレイ男爵様の名前を出すと言う事を聞いてくださいます。

あまり良く無い事だとは理解しておりますが、これもヘルミーネ王女様の為ですので頑張って頂かないといけません。

戦争が終わったと言う事は、ヘルミーネ王女様とエルレイ男爵様のご婚約が決まると言う事です。

普通の婚約であれば時間はあったのですが、エルレイ男爵様の婚約者である公爵令嬢様が一緒にお住まいとの事ですので、必然的にヘルミーネ王女様もエルレイ男爵様の下へ行かなくてはならないでしょう。

今日から少し厳しく教えて行こうと思いました…。


エルレイ男爵様は侯爵様となり、ヘルミーネ王女様とのご婚約が決定しました。

国王陛下より婚約を知らされた時のヘルミーネ王女は、今までに見た事の無いほどの喜びようでした。

国王陛下と王妃殿下も大層喜ばれておりましたし、私もヘルミーネ王女様と共に喜び合いました。


「ラウラ、ルドリーに会いに行くぞ!」

「はい、ルドリーさんも喜んでくれると思います」

ルドリーさんに会いに行くと言う事でヘルミーネ王女様に正装に着替えて貰い、近衛騎士に許可を貰いました。

お城を出て咲いているお花を少しだけ貰い、馬車に乗り込んでお墓に向かいました。

ルドリーさんが埋葬されている場所は王家の墓地より少し離れた所にあり、多くの使用人が眠る場所でもあります。

その墓地で比較的新しい墓石の前につき、摘んで来たお花をヘルミーネ王女様と共に供えました…。


「ルドリー、私は婚約したぞ!

相手はエルと言うとてもすごい魔法使いだ!

爵位は侯爵だが、きっと私の事を幸せにしてくれるはずだから心配しなくてもいいぞ!

結婚式はまだ先でルドリーに花嫁衣装は見せられないが、その時は必ず見せに来るからな!

それと、私はエルの所に行くので暫く会いには来れなくなるけど、お母様に私の事をルドリーに伝えるようにお願いしておくから安心してくれ!」

ヘルミーネ王女様はルドリーさんへの報告を終えたまま暫くの間、ルドリーさんの墓石を見つめていました…。

私もその間に、ルドリーさんに報告をします。


ルドリーさん、ヘルミーネ王女様は立派に、とは言い難いですが、それなりに頑張って下さるようになりました。

私の教えが至らないのが原因ですが、それでも私なりに精一杯頑張っているつもりです。

ルドリーさんの教えである我儘を許す事は私には難しく、時には厳しくなってしまう事があります。

その度に反省し、次は我儘を許そうと思うのですが、ヘルミーネ王女様の事を思えば厳しくせざるを得ません…。

ルドリーさん、私はこれからもヘルミーネ王女様に厳しく当たる事もあると思いますが、至らぬ私をお許しください。


ルドリーさんがご存命であれば、ヘルミーネ王女様は立派な淑女になられていた事だと思います。

それは叶わぬ事ですので、時間は掛かると思いますが、私なりに努力を続けて行き、ヘルミーネ王女様を立派な淑女に育てる事をルドリーさんに誓いました…。

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