第百四十四話 ラウラ その二

ヘルミーネ王女様は、ルドリーさんが亡くなられてからその寂しさを紛らわすためなのか、更に我儘になってしまいました。

「ラウラ、魔法の訓練に行くぞ!」

「ヘルミーネ王女様、まだ歴史の勉強中です!」

「勉強は嫌だ!」

それに加えて、ヘルミーネ王女様に魔法の才能が発覚しましたので、魔法が使えない私では抑えようがありません…。


「ラウラ、ヘルミーネ王女様への苦情が各所より届いております。

全てを無くすことは無理でしょうけれど、せめて城内で危険な魔法を使わせない様にしてください」

「はい、承知しました…」

メイド長からも時折お叱りの言葉を貰ってしまいます…。

私がヘルミーネ王女様に言い聞かせても、なかなか聞き入れては貰えません。

元々ルドリーさんがヘルミーネ王女様の我儘を許していましたし、私もルドリーさんの考えに賛同してヘルミーネ王女様を自由にさせておりました。

しかし、魔法は危険な物ですし、何とか止めさせなくてはなりません。


「ヘルミーネ王女様、城内で魔法の使用は危険ですのでお止めください」

「むっ、危険でなければいいのだな?」

「そ、その様な訳では…」

「水を出すだけなら問題あるまい!」

ヘルミーネ王女様は、城内では水を出す魔法のみに限定してくださいました。

後始末が大変ですが、苦情も無くなり私が叱られなくなりましたので助かりました。


ヘルミーネ王女様は勉強や礼儀作法は苦手ですが、ダンスは非常に上手です。

この前開かれたパーティーでも、何人かの男の子相手に美しいダンスを披露なされていました。

「ヘルミーネ王女様、足を踏まれたのはよろしくなかったのでは?」

「気に食わなかったからな!それよりケーキを持って来てくれ!」

ヘルミーネ王女様と踊られたお相手の何人かは、将来婚約者となられる男の子も混じっていましたのに、あれでは印象を悪くしてしまいます。

幸いな事に、お相手の男の子達はダンスがお世辞にも上手とは言えませんでしたので、足を踏まれたのがわざとだと言う事に気付かれていない事でしょうか…。

それでも、このパーティーでヘルミーネ王女様に初めてのご友人が出来たのは良かったと思います。

パーティーを二人で抜け出して、テラスで魔法を競うように撃ち出していたのには驚かされましたが、ルドリーさんが亡くなられて以降初めて笑顔を見せていらっしゃいました。

その後も幾度かご友人が訪れた際には、一緒に魔法の訓練をなされておりましたし、仲のいい姉妹といった感じでヘルミーネ王女様も良く笑う様になって下さいました。

ですがご友人がご婚約され、遊びに来られなくなってからは少し落ち込んでおられました…。


「ラウラ、婚約すると相手の家に行かないといけないのか?」

「いいえ、普通は結婚式が行われる時に嫁いでいく事になります。

噂に聞いた話ですと、公爵様に見放されたとか言われております…」

「あの親馬鹿な公爵がそんな事をするまい!」

「はい、私もそう思います…」

噂で聞いた話では、公爵様が用意した婚約者の方々に暴力を振るい、次々を婚約破棄をされたらしいです。

実際にお会いした印象では、その様な事をするような方では無かったですし、ヘルミーネ王女様がおっしゃる通り公爵様の親馬鹿は有名な話です。

ですが、男爵家の三男とご婚約され、男爵家に置いて来られたと言う事は、噂通りなのかも知れません。

「ラウラ…私もお父様から見放されたりするのか?」

「いいえ、その様な事は決して御座いません!」

「本当だな?」

国王陛下がヘルミーネ王女様を見放すと言う事はありえません。

お城でパーティーが行われた後は、必ず秘密裏に私にヘルミーネ王女様が気に入った男の子がいたのかと聞いて来られます。

ヘルミーネ王女様が気に入られた男の子がいませんので、ご婚約が決まっていないだけです。

ご友人のご婚約が決まって以降、ご自身の婚約に興味がある様になられたみたいで、心配している様子です。

ここで私が安心してくださいと言えば済む話ですが…。

ヘルミーネ王女様にとって、より良いお相手に恵まれますように、私は心を鬼にして申し上げる事にしました。


「本当です。ですが…もう少し礼儀作法と勉強を頑張られないと、国王陛下のお気持ちが変わるやも知れません」

「むっ…そうか…」

少し可哀そうに思いますが、今のままではヘルミーネ王女様が気に入られた男の子に嫌われてしまいます。

私も頑張ってヘルミーネ王女様に教えて行こうと思います。


「やっぱり勉強は嫌いだ!」

私の教え方に問題があるのでしょうか…真面目に勉強をやって下さいませんし、礼儀作法も上達してくださいません。

思いきってメイド長に相談して、他の人に教えるのを手伝って貰いましたが結果は同じでした…。


ヘルミーネ王女様の教育は一向に進まず、時間だけが過ぎて行きました。

「戦争が始まるそうだな?」

「その様です」

お城では、戦争の話で持ちきりです。

ソートマス王国の長い歴史の中でも、幾度となく戦争は繰り返されて来ましたが、敵が王都まで攻め込んで来た事はありません。

ですので、お城にいる人達の話題は戦争の勝敗では無く、貴族達の勢力争いがどの様になるのかと言ったものです。

私達使用人は王族に仕えている身ですが、実際の所は陰ながら貴族様からお金を貰い、情報を提供している方も大勢います。

その方々は、身の振り方をどの様にすれば良いのかと情報集めに必死です。

私は、ルドリーさんから貴族様に近づかないようにと教えられていましたし、お断りする仕方も教わりました。

それに、私はヘルミーネ王女様付きのメイドですので、一生を掛けてヘルミーネ王女様に仕えなければならないので、お金を頂いても使い道がありません…。

貴族様の勢力争いに悩まされずに済んで、よかったのかも知れません。


「ラウラ、戦争に勝ったそうだな?」

「はい、噂では英雄の生まれ変わりが大層活躍したとの事です」

「英雄?」

「はい、英雄クロームウェルのお話はヘルミーネ王女様もご存知ですよね?」

「うむ、全ての魔法を駆使してこの大陸から魔物を排除した者だったな!」

「その通りです。そして英雄の生まれ変わりと呼ばれる方は、英雄と同様に四属性魔法を使いこなせると言うお話です」

「そうか!それは是非見てみたい!」

戦場におられる方を見られる事は無いと思っておりましたが、意外に早く見られる機会が得られました。


「ラウラ、凄いな!」

「はい、噂通りのお方でした」

英雄の生まれ変わりのお方の名前はエルレイ・フォン・アリクレット様で、戦果を挙げた事で男爵位を国王陛下から授けられました。

魔法の事は詳しくありませんが、周囲の方々が驚愕しておりましたし、ヘルミーネ王女様も感心しておられましたので素晴らしい魔法だったのでしょう。


お城では勢力図が大きく変わろうとしていて、貴族様も使用人達も大騒ぎです。

私には関係無い事ですので、出来るだけ関らないようにして行きたいと思います。

しかし、ヘルミーネ王女様の兄上であるヴィクトル第一王子様のご子息ストフェル王子様とヘルミーネ王女様の仲は良好ですので、私も第一王子派だと思われています。

同僚たちから第一王子派への乗り換えをしたいので貴族様を紹介して貰えないか、と言う依頼を受ける度にお断りするのが心苦しく思います。


更に、ヘルミーネ王女様がエルレイ男爵様を大層気に入られてしまいました。

その事自体は大変喜ばしい事なのですが、お相手が男爵様なのでヘルミーネ王女様のご婚約相手には成れません。

ですが、その事をヘルミーネ王女様に申し上げる事は出来ませんでした。

「ラウラ、勉強を教えてくれ!」

エルレイ男爵様にお会いされて以降、城内で魔法を使わなくなりましたし、今まで苦手だった勉強と礼儀作法を頑張ってくれるようになりましたから…。

騙している様で大変心苦しいのですが、良い傾向ですのでこのまま頑張って頂きたいと思いました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る