第百四十三話 ラウラ その一

私はミエリヴァラ・アノス城に従事している執事の父とメイドの母の間に生まれ、物心ついた頃から王族に仕える使用人として厳しく育てられて来ました。

「もっと頑張らないと良い場所で働けないぞ!」

「そうよ、使えないと判断されれば、お城から追い出されてしまうのですからね!」

両親からは毎日頑張るように言われ、私は必死になって仕事を覚えました。

私と同じような子供は大勢いて、その中で実際にミエリヴァラ・アノス城で仕事を与えられるのは半数ほどだと教えられました。

残りの半数はと言うと、ソートマス王国の貴族様に仕える事になるのだと言う事でした。

私はお城の外の事を知りませんので、出来ればお城で働きたいと思いました。

それにお城に来る貴族様は傲慢で高飛車な方ばかりですので、その様な方の所では働きたくは無いと思います。


努力の甲斐あって、私は八歳の時に無事にメイドとしてミエリヴァラ・アノス城で働く事を許されました。

朝から晩まで仕事は大変ですが、幼い頃から続けて来た事ですので全く苦ではありません。

仕事より、休憩時間に他のメイド達から小言を聞かされる方が大変です…。

私は他の人と話すのが得意ではありませんので、休憩時間を出来るだけ短くして仕事に戻っていました。


私は十一歳になり、仕事も一人前以上にこなせるようになっていました。

休憩時間を割いているのですから、他の人より多く仕事が出来て当然です。

両親から真面目に働いている事を褒められれば、手を抜く事などできません。

しかしある日の朝、メイド長から呼び出しを受けてしまいました…。

今までメイド長から注意を受ける事はあっても、呼び出しを受けた事はありませんでした。

私は何か仕事で大きな失敗をしてしまったのかと思い、びくびくしながらメイド長の部屋を訪れました。

「失礼します…」

恐る恐る扉を開けて部屋に入ると、メイド長は真剣な表情で書類を整理していました。

「これを片付けるから、ちょっと待っていて」

「はい…」

あまり広くない部屋に、メイド長が束ねる紙の音だけが大きく響いています。

私は待たされる間、ずっと不安な気持ちを持ち続ける事となりました…。


「ふぅ~、ラウラこちらに来てください」

「はい!」

メイド長は大きく息を吐き、私をメイド長の机の前に来るようにと指示し、私は緊張しながらメイド長の前に歩いて行きました。

「ラウラはルドリーを知っているかしら?」

「はい、存じ上げております」

ルドリーさんは、国王陛下を幼少期の頃にお世話をしていた事もあり、ソートマス王家から最も信頼されているメイドです。

現在は、ヘルミーネ王女殿下のお付きをしていたと記憶しています。

「知ってるなら話は早いですね。

ルドリーは高齢ですのでヘルミーネ王女様のお世話が大変らしく、周囲のメイド達から引退させてはと言う声が上がっているのです。

ルドリー本人はまだまだ頑張れると言っているのだけれど、私から見ても体力がついて行っていないのは明白なのです。

そこでラウラにはルドリーの手伝いをして貰い、将来的にはルドリーの代わりとしてヘルミーネ王女様のお付きになって貰います」

「えっ!?わ、私には王女殿下のお付きなんて無理です!」

「最初は誰でもそう言うのです。

ですが、王家の方々に仕えるのはとても名誉な事で、望んでも成れるものではありません。

ラウラはその名誉に選ばれたのです。

拒否する事は出来ません」

「し、しかし…私はお世話の仕方とか習ってはおりません…」

「分かっています。ですので、ルドリーの手伝いをしながら教えて貰って下さい」

「し、承知致しました…」

私はお城の掃除と洗濯が毎日の仕事でしたので、王族のお世話など出来るはずもありません!

メイド長が言われるように、王家の方々にお仕えするのは、お城で働く使用人にとって一番名誉な事だと言うのは分かります。

私も両親から言われ続けて来ましたし、仕事を始めた頃は目指して頑張っていました。

ですが、王家の方々にお仕えするのは本当に大変な事で、長続きせずに辞めさせられた人達が何人もいます。

私は他人と話すのが得意ではありませんので、お付きには向いていないと思い、私がお仕えする事になっても上手く行きようが無いと諦めていました。

拒否する事が出来ないので受け入れましたが、自信が全くありません…。


「ラウラ、私は貴方なら上手くお仕えする事が出来ると信じています。

それに、ルドリーがラウラの仕事ぶりを見ていて、ラウラになら自分の後を任せられると推薦してくれたのです。

自信を持って精一杯お仕えしてください」

「はい…」

メイド長に励まされ、私はヘルミーネ王女様にお仕えするべくお部屋を訪れました…。


「失礼します」

ヘルミーネ王女様のお部屋に入ると、ルドリーさんがヘルミーネ王女様のお勉強を見ている所でした。

「むっ、見た事が無いメイドだな。名を名乗れ!」

「はい、本日よりルドリーの補佐を務める事になりましたラウラと申します。

ヘルミーネ王女殿下、よろしくお願い致します」

「うむ、よろしく頼むぞ!」

私はルドリーさんの傍に寄り、小さな声でルドリーさんに挨拶しました。

「ルドリーさん、至らぬことが多くご迷惑をおかけする事になりますが、よろしくお願いします」

「はい、少しずつ覚えていって下さいね」

ルドリーさんは、優しい笑みを浮かべてくれました。

その日から私はルドリーさんに仕事を習いつつ、ヘルミーネ王女様のお世話をしていく事になりました。


ルドリーさんは非常に優しく、私が失敗しても決して怒るような事はありませんでしたし、ヘルミーネ王女様も同様に私の事を叱責する事はありません。

その事は非常にありがたいのですが、ヘルミーネ王女様の我儘に振り回されるのはとても大変です…。


「ルドリーさん、ヘルミーネ王女様をお叱りにならないのですか?」

私は我慢が出来ず、ついルドリーさんに聞いてしまいました。

「ラウラ、王族の方々は我儘なのです。

そして、その我儘が許されるのも子供の時のみで、成人を過ぎると我儘は愚か自由さえ奪われてしまいます。

国王陛下も幼少期には我儘で、ヘルミーネ王女様以上に手が付けられませんでした」

「えっ!?ご立派な国王陛下がでしょうか?」

「はい、信じられないのも無理はありませんが事実です。

王家の方々は自由にお城から出る事は出来ず、一生お城で過ごす方も少なくありません。

ですので、今だけは我儘を許してあげたいと私は思うのです。

ですが、我儘もやり過ぎると叱責を受ける事になりますので、そうならない所でお止めするのが私達の仕事です。

大変だと思いますが、どうかこの老婆の思いをラウラにも継いでもらえないでしょうか?」

「はい…出来る限り努力させて頂きます…」

私自身もお城から出た事などありませんので、ルドリーさんの話は理解出来ました。

しかし、ヘルミーネお嬢様の我儘に付き合うのは想像以上に大変なのです…。

今はまだルドリーさんがいらっしゃるので耐えられますが、一人でヘルミーネ王女様のお世話をするのは耐えられません。

出来る限り、ルドリーさんがヘルミーネ王女様のお付きを続けられるように、精一杯ルドリーさんを支えて行こうと思いました…。


「ラウラ、もう一人で十分にヘルミーネ王女様のお世話を出来ますね」

「はい…」

ルドリーさんの補佐に就いてから二年が経ち、ヘルミーネ王女様のお世話を殆ど任せられるようになっていました。

私としてはまだまだ至らない所が多く、ルドリーさんに教えて貰いたい所が多くあるのですが…。

「私の体が思うように動かなくなってきましたので、ヘルミーネ王女様のお世話はラウラに任せます」

「承知しました…」

近頃、ルドリーさんの体調が思わしくなく、お休みする事が多くなっています。

今もルドリーさんは自室のベッドに横になっていて、上手く起き上がれないでいます。


「バーバは元気になるよな!」

「はい、ヘルミーネ王女様の花嫁衣裳を拝見しなくてはなりませんからね」

ヘルミーネ王女様もルドリーさんの体調を心配して、ルドリーさんがお休みになった時にはお見舞いに来ております。

「必ずだぞ!約束だからな!」

「はい、お約束致します」

ルドリーさんはヘルミーネ王女様がお見舞いに来られた際は体を起こして気丈に振舞い、元気な姿をお見せしています。

しかし、ルドリーさんに無理をさせる訳にはいかず、私はヘルミーネ王女様を外へとお連れします。

私の気持ちとしては、ヘルミーネ王女様をずっとルドリーさんの傍に居させてあげたかったのですが、ルドリーさんがそれを拒みました。

「私の事は気にせず、ヘルミーネ王女様に私が教えきれなかった事をラウラに託します」

ルドリーさんはヘルミーネ王女様の事を私に託し、数日後に息を引き取りました…。


「バーバ、約束したでは無いか!」

ヘルミーネ王女様は横たわるルドリーさんに覆いかぶさり号泣しています…。

私も同じ様に泣き崩れたかったのですが、王族の方々が次々に訪れ、ルドリーさんとの別れを惜しんでおりました。

王族の方々にこれだけ慕われていたメイドは、ルドリーさんを置いて他にいないでしょう。

私はルドリーさんの様には成れませんが、ルドリーさんに託されたヘルミーネ王女様の事はしっかりと守って行こうと思いました…。

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