第百三十三話 ルフトル

ルリア達の準備が整い、俺達は宿泊している屋敷の玄関へとやって来た。

「エルレイ君、頼んだぞ!」

「はい、出来る限り努力してまいります!」

ラノフェリア公爵に見送られ、俺達はソフィアが用意してくれた馬車へと乗り込んだ。

人数が多いため二台の馬車に分かれ、俺が乗っている方にはルリア、リリー、リゼ、ソフィアが乗り込み、もう一台の方にはヘルミーネ、アルティナ姉さん、ロゼ、ラウラが乗り込んだ。

メイドのハンナ、リュリュ、レイラ、シンシアは着いて来るのを辞退した。

ソフィアは構わないと言ってくれたのだが、俺も彼女達の立場だとしたら遠慮しただろう。

いくら主に仕える立場だとしても、これから一国の王と会う場所に着いて行きたいとは思わないからな…。


馬車は首都ストアクスを出てさらに進み、緑あふれる山の前で一度停止した。

山へと続く道には警備兵が立っていたが、ソフィアが声を掛けるとすんなりと通してくれた。

警備兵が居た場所から曲がりくねった森の中の道を進み、視界が木々で遮られ周囲が見えない場所で馬車が停止した。


「皆様、ここからは徒歩となりますので降車してください」

ソフィアに言われて馬車から降りると、森の香りが胸いっぱいに広がって来て心が穏やかになる気持ちになった。

しかし、そう感じているのは俺とロゼくらいだろうか。

ロゼは俺と出かけた際に森の中に行ったりしていて慣れいるからな。

他の者は、普段嗅ぐ事は無い森の香りに違和感を覚えているみたいだ。


「これより結界内部に入って頂きますが、中で見聞きした事を絶対に外部に漏らさないと約束してください。

もし、内部情報が外部に漏れ出た事が発覚致しましたら、私達は全力をもってソートマス王国を滅亡させます!

これは脅しでは無く、私達にはそれが出来るだけの戦力を保持しております。

約束が守れないと言う方はここでお引き取り下さい」

ソフィアは真剣な表情で俺達に約束を迫って来た。

俺は約束を守れるが、ルリア達はどうだろうか?

うーむ、ヘルミーネは誰かに話しそうな気がするな…注意しておくか。


「ヘルミーネはラノフェリア公爵様の所に帰った方がいいのではないか?」

「何だと!私は誰にも話したりはせぬぞ!」

「本当に?」

「当たり前だ!」

「エルレイ、ヘルミーネは話す相手がいないから大丈夫よ」

「あぁ、そうか…ヘルミーネすまなかった」

「くっ!私にも話す相手くらいいるのだからな!」

「うん、分かっている」

ヘルミーネは王女だったし、ルリアくらいしか友達もいなかったのだろう…。

俺は謝罪を込めてヘルミーネの頭を撫でてやった…。


後は、リリーは当然話さないだろうし、アルティナ姉さんも問題無い。

ロゼとリゼは信頼できるし、ラウラもヘルミーネとほぼ一緒に居るから大丈夫だな。

俺は全員に約束できるか確認し、その事をソフィアに伝えた。


「分かりました。皆様を信用致します。

では、私に着いて来て下さい」

ソフィアは俺達を連れて更に森の奥へと進んで行き、五分ほど歩いた所で立ち止まった。

「結界内部に入ります。入る際に多少の違和感を覚えるかもしれませんが気になさらないで下さい。

それから、結界内部では魔法の使用を禁止させて頂きます。

不用意に魔法を使用した場合は敵対行動とみなしますのでご注意ください。

なお、外部との念話による会話は結界で阻まれます」

「分かりました」

言わば、結界内部は城内と同じという事だ。

魔法を使うなと言うからには、俺達に危害を与えて来るような事は無いだろう。


ソフィアさんに続いて少し進むと、全身を魔力が駆け抜けて行く様な感じに襲われた。

これが先程言っていた違和感の正体なのだろう。

ルリア達も感じたのか、少し嫌そうな表情をしているな。

でも、すぐにその違和感は収まり戻の状態に戻った。

「ここが…」

結界を抜けた先に広がっていた光景は、木造の建物が多く建ち並ぶ立派な町だった。

そしてそこにいる人達は全員が緑の髪の色をしていて、この種族の特徴である先の尖った長い耳が生えていた…。


「はい、ようこそいらっしゃいました。

ここがエルフの住む町ルフトルです」

ソフィアの金髪の髪も、いつの間にか緑色になっていて髪の間からは長い耳が見えていた。

「エルフ!エルフって、遥か昔に滅びたのでは無かったの!」

全員が驚く中、ルリアが声を大きく上げてソフィアに質問した。


「英雄クロームウェルがこの大陸から魔物を排除した後、安全な領地を巡って各地で戦争が起きました。

エルフ、ドワーフ、ハーフリングと言った亜人種は人々から追われ、ほとんどの種族が滅びました。

しかし、私たちエルフは結界を張り、この中で生活する事で生き延びて来ました。

もし、皆様から私達が生存している事が伝われば、私達は他の種族同様に滅ぼされてしまう事になるでしょう。

ですので、どうか口外なさらぬようにお願いします」

「勿論、お約束は絶対守ります!」

「えぇ、ラノフェリア公爵家の家名に掛けて厳守するわ!」

「私もソートマス王国の王女として約束は守るぞ!」

「私も一番大切なエルレイに掛けて守ります!」

「私もお約束はお守り致します!」

皆が再度約束をすると、ソフィアさんは初めて表情を緩めて笑顔を見せてくれていた。

その笑顔はとても美しく、思わず一目ぼれしそうになったくらいだ…。

しかし、ここでソフィアに見惚れていてはルリア達から怒られてしまうので、断腸の思いで視線を外した…。


「やっほー、ソフィア、その人達がお客?」

俺が視線を離した後、ソフィアの方から声が聞こえたので視線を戻すと、俺より少しだけ身長の高いエルフの少女が浮かんでいた。

「キャローネ、お客様に失礼です。下りて挨拶をなさい!」

「はーい」

キャローネと呼ばれたエルフの少女は、怒られちゃったと舌を出しながら俺達の前に下り立った。

「私はキャローネで、こっちが私の相棒のアルだよ。よろしくねー」

「よろしくお願いします…そちらが精霊なのですか?」

「そーだよー」

キャローネが挨拶してくれた際に紹介してくれたのは、手のひらの上に乗るくらいの黒猫だった…。

精霊と言われて想像していたのは、蝶の羽を持った姿だったんだがな…。

想像とは違うが、あれが精霊なのは間違いなさそうだ。

何故ならその黒猫は宙に浮いているのだからな…。


「可愛いです。キャローネさん、アルちゃんを触ってもよろしいでしょうか?」

「いいよー。アル、行って来ていいよー」

「ニャ~ン」

いつも控えめなリリーが珍しく積極的にキャローネに話しかけ、黒猫の精霊を抱きしめて可愛がっていた。

「リリー、私にも触らせて貰えない?」

「ルリア、どうぞ」

「私にも触らせろ!」

「お姉ちゃんも触らせて頂戴!」

アルと言う黒猫の精霊はとても大人しく、皆から撫でられ続けていた…。


「キャローネ、そろそろお客様をお送りして貰えないかしら?」

「そーだった!女王様に怒られちゃう!

アル、お仕事の時間だよ!」

キャローネは、リリー達に可愛がられているアルを呼び戻すと、表情をキリッと引き締めて咳払いをした。


「こほんっ。えーっと、女王様の命により、お客様をお城までお送りいたします。

ソフィア、これで合っているよね?」

「はい、合っていますよ。皆様、その様な訳でキャローネがお城までお送りいたしますので、そのままの状態でお待ちください」

「分かりました…」

キャローネの引き締まった表情は一瞬で溶け、挨拶が上手く行った事を笑顔で喜んでいた。

「アル、慌てないで慎重に行くよー」

「了解ニャッ!」

アルと言う黒猫の精霊が話せたに驚いたが、次の瞬間それ以上の驚きが俺達を襲った!


「皆浮いてる…」

「エルレイが魔法を使ったのでは無いのよね?」

「うん…」

驚いた事に全員が一度に浮かび上がり、キャローネと共に上空へと飛んで行く事となった!

「凄い、凄いぞ!」

「凄いでしょうー」

飛ぶ事が出来ないヘルミーネが興奮しているが、飛行魔法が使える俺やルリアも興奮していた。

精霊魔法とはこんなにも優れているのかと驚愕していると同時に、俺にも出来ないかと考えてしまう。

何故なら、俺が使っている飛行魔法は一人用で、複数人を同時に運ぶ事は出来ないからだ。

俺がいつもリゼを抱えて飛んでいるのはそのせいで、色々試しては見たが複数人同時に運んで飛ぶ事に成功していなかった。

これは何としても、精霊魔法を教えて貰わなければと思った!

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