第百三十話 ルフトル王国へ
ルフトル王国に入国する直前の宿屋で、俺達を集めてアベルティアによるルフトル王国の勉強会が行われた。
俺も隣国のルフトル王国に関しては名前くらいしか知らなかったので、とてもありがたい。
「ルフトル王国もソートマス王国同様に、英雄クロームウェルが活躍する以前から存続して来た歴史ある国です。
しかし、ルフトル王国は多くの謎に包まれており、首都ストアクスには巨大な結界が張られている場所があり、誰もその中に入った者はいません。
ルフトル王国には大小様々な町や村がありますが、そこを治めているのは貴族では無く町長や村長と呼ばれる者で、税を集める事以外は特別な権限を有しておりません。
町や村を守っているのは、住民が自主的に作った自警団が行っており、ルフトル王国が町や村の守護をする事はありません」
「アベルティア様、ルフトル王国は犯罪者の巣窟となっているのでしょうか?」
アルティナ姉さんが疑問に思った事を質問していた。
貴族が居ないのは俺としては違和感が無いが、そこを守る者が自警団では心もとないだろうと俺も思った。
「いいえ、逆に犯罪者は極端に少ないのです」
しかし、アベルティアは首横に軽く振り否定して話を続けた。
「ルフトル王国は結界内部にいる人達が常に王国内を監視しており、犯罪者は直ぐに捕まって処罰されてしまうのです」
「監視という事は、魔法でしょうか?」
「流石エルレイ君ね。貴方の好きな魔法には違いないのだけれど系統が少し違います。
ルフトル王国では精霊魔法が使用されていて、これまで各国の侵攻を退けてきたのは精霊魔法があったからです。
エルレイ君でも勝てないかも知れないから、ルフトル王国では無茶な事はしないようにね」
「はい、勿論です!」
精霊魔法か…出来れば俺も習得してみたいと思うが、無理なんだろうな…。
「話を続けますね。ルフトル王国は先程も言った通り精霊魔法によって守られています。
そして、ルフトル王国に入れば、常に監視されていることを意識しておかなくてはなりません。
私達はソートマス王国の代表者として品格ある行動に心掛けなければなりません。
特に、ヘルミーネ王女様におかれましては王家の代表者としての振る舞いをお願いします」
「わ、分かっておる…」
ヘルミーネはアベルティアからの注意に渋い表情を見せていた。
ヘルミーネだけでは無く、俺も注意して行動しなくてはならないな…。
それからもアベルティアから細かい注意を受け、俺達はルフトル王国へと向かう事となった。
「お父様、ルフトル王国にはもう入っているのですよね?」
「うむ、ルフトル王国はアベルティアが説明した通り、軍隊を持っておらず国境警備隊もいない。
その為、防衛拠点となる砦も一切ない」
ソートマス王国の防衛拠点の砦を過ぎてから半日以上進んだにもかかわらず、長閑な風景が延々続いていたからな…。
ルフトル王国側としてもソートマス王国の貴族が侵攻しようと兵を集めていた情報は入っているだろうし、軍は居なくとも精霊魔法使いが待ち構えている可能性は高いと警戒していたんだよな…。
グールに聞けば、周囲に魔法使いが隠れていれば分かるかも知れないが、目の前にラノフェリア公爵夫妻が居る状況では聞けない。
魔剣グールを手に入れた事をラノフェリア公爵にも知らせればいいだけの事だが、この前ラノフェリア公爵家で暗殺者に襲われたからその犯人が捕まるまでは秘密にしておこうと思う。
まぁ、ラノフェリア公爵が犯人である可能性は極めて低いだろうけれど、用心しておくに越した事は無いからな。
俺達が乗った馬車は、この日宿泊予定の村へと辿り着いた。
ルフトル王国には貴族が存在しない為、貴族用の宿泊施設は当然ない。
なので、普通の宿屋に泊まる事になったのだが、ここで問題が発生した。
「ラノフェリア公爵様申し訳ございません。
宿泊を予定しておりました宿屋が満室となっておりました…」
「満室ならば仕方があるまい」
「はい、それでは馬車で寝泊まり出来るように致しますので、馬車を降りて少々お待ちいただきたく存じます」
「分かった」
なんと、この馬車は寝台にもなると言うので驚きだ…。
しかし、いくら寝台になろうとも馬車では寝たく無いな…。
「お父様、宿屋に泊まれないのでしたら、エルレイが作った家で一晩を過ごすのが良いと思います」
「おぉ、そう言えば戦場ではその家に泊まったのであったな!」
「エルレイ、問題無いわよね?」
「うん、大丈夫だけれど、全員が寝泊まり出来ませんので、使用人達は申し訳ないけれど馬車で寝て貰う事になります」
「うむ、それで頼む」
執事コーニエルに、村長さんから村の外の空地の使用許可を貰って来て貰い、俺は収納魔法に入れて置いた家を二軒設置した。
「ほう、見事な家だな」
「そうですね。これをエルレイ君が作っただなんて信じられません」
ラノフェリア夫妻は俺が出した家を見て感心していた。
俺はロゼとリゼを連れて家に入り水を入れたり穴を掘ったりして、使える状態にした。
「ラノフェリア公爵様、こちらの大きな家の方をお使いください」
「ん?いいのかね?」
「はい、お風呂にお湯も入れて置きましたので、冷めないうちにお入りください」
「何から何まですまないな」
ラノフェリア公爵はアベルティアを連れて家の中に入って行き、俺も隣に設置した古い方の家に入って行った。
「あれ、ロゼとリゼは何処に行ったんだ?」
家に入ってキッチンを覗いてもリゼの姿は無く、皆がリビングで寛いでいる所にロゼの姿が無かった。
「隣のキッチンが広いから、纏めてそこで料理を作ってくれているわ」
「そうか」
この家を作った時は五人しか居なかったため、キッチンもそれほど広い訳では無い。
しかし、新しく作った家の方は大人数を想定して作ったから、数人で調理出来る様になっている。
使用人を含めると二十人強居る為、全員分の料理を作るとなると大変な作業になるだろう。
後でロゼとリゼには労いの言葉を掛けてあげないといけないな…。
食事が出来上がるまでに、ルリア達には入浴を済ませて貰う事にした。
「エル!一緒に風呂に入るぞ!」
「いやいやいや、ヘルミーネはラウラと入って来てくれ。僕は一人で入るから…」
「むぅ、なぜエルはロゼとリゼとは風呂に入る癖に、婚約者の私達とは入らないのだ!」
「そ、それは…」
ヘルミーネから追求され、俺は返答に困ってしまった…。
ロゼとリゼは俺の使用人で、仕事として一緒に入り俺の体を洗ってくれている。
しかし、この前ルリアからロゼとリゼが俺の事を好きだと教えて貰ったし、俺もロゼとリゼの事は女性として好意を寄せている。
つまり、ロゼとリゼの立ち位置としては俺の使用人では無く、愛人と言う事になるはずだ…。
ヘルミーネは愛人と風呂に入っているくせに、婚約者と入らないのはおかしいと言っているのだ。
困った俺は、助けを求めるべくルリアに視線を向けた…。
「ふんっ!」
私は知らないと言わんばかり、顔を背けられてしまった…。
リリーを見ると、頬に両手を当てて顔を真っ赤にしている…。
リリーは俺と一緒に風呂に入る事を想像しているに違いない…。
ヘルミーネの事で困った時に頼りになるアルティナ姉さんは…。
「エルレイは私と一緒に入ってくれるわよね!」
当然俺と風呂に入りたがっていた…。
旅の最中、アベルティアから洗脳を受けた俺は、ルリアと一緒に風呂に入っていいかもと言う思考が一瞬よぎった…。
いつかは入る事になるのだし、遅いか早いかの違いだよな?
よし、今日はルリアと一緒に入る事にしよう!
そう思ってルリアに視線を戻すと、私は入らないわよ!と言う強い意志が込められたかのような目で俺を睨んでいた…。
こんな時に、俺が一番最初の婚約者であるルリアを優先する事は、ルリアも分かっているだろうからな。
ルリアとしては、俺と一緒の風呂に入るような段階では無いと言う事なのだろう。
この様な事は焦っても嫌われるだけだし、今日の所は諦めるしかなさそうだ。
「アルティナ姉さん、ヘルミーネと一緒に入ってあげてください」
「仕方ないわね。ヘルミーネ、エルレイの気持ちの整理がつくまで一緒に風呂に入るのは我慢しましょうね」
「むぅ、エルの根性なしめ!」
ヘルミーネは俺に文句を言いつつ、アルティナ姉さんとラウラを連れてお風呂に入りに行ってくれた。
ルリアとリリーは俺と風呂に入らずに済んで安心したのか、ハンナ達を連れて寝室の方に行ってしまった…。
アベルティアに言われた通りルリアと仲良くしたいと思うのだが、なかなか難しいと思い知らされる事となってしまった…。
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