第百二十八話 鎮圧 その三

「ロゼ、左右の街道に各二千人、中央の街道に四千人の兵が分かれて進軍しているそうで、左右を追い返した後中央を追い返す事になる。

ロゼは壁の上にて待機していて、万が一の時に備えてくれ」

「承知しました」

「では右の街道に向かう」

俺はロゼを連れて、作って置いた壁の上に空間転移して来た。

まだ兵の姿は見え無いが、ラノフェリア公爵の情報が正しければ一時間もしないうちに現れる筈だ。


「エルレイ様、来ました!」

遠くに兵の姿が見えて来て、俺が作った壁から二百メートル手前で停止した。

やはり、壁を作って正解だったな…。

流石に壁を無視して突っ込んでくるほど愚かでは無かったみたいだ。

「ロゼ、行って来る」

「エルレイ様、ご自身の身の安全を第一に考えて行動してくださいませ」

「うん、分かっている。無謀な事はしないよ」

ロゼを壁に残して俺は一人で飛び立ち、懐からナイフ状のグールを取り出し右手に構えた。


「グール、剣に変われ!」

「マスター了解したぜ!」

俺が命令すると、グールはナイフから剣へと変化してくれた。

この際魔力が吸い取られる事は無い。

常日頃から余った魔力はグールに貯め込んでいるので、グールはその魔力を使用して変化してくれている。

「グール、分かっているとは思うが斬りつけた相手を殺すんじゃないぞ!」

「魔力を吸い取るだけにしろっつーんだろ?」

「その通りだ」

「俺様としては面白くはねーが、命令とあらば従うぜ!」

グールを実戦で使うのは初めての事だが、命令を聞いてくれると信じている。

もし、大けがを負わせたとしても、俺が即座に治療すればグールが斬った兵士を死なせるような事にはならないだろう。

俺は停止している兵士達の手前に下り立った。


「何者だ!」

「子供だが、風の上級魔法を使うぞ気を付けろ!」

「警戒態勢を取れ!」

兵士達は武器を構えて俺を威嚇し始めた。

まぁ、目の前に魔法使いが降り立ってくれば当然の行動か…。

取り合えず武力行使をする前に、名乗り上げて話し合いに持ち込んで見ようと思う。


「僕はエルレイ・フォン・アリクレット侯爵。国王陛下のご命令によりルフトル王国侵攻を阻止しに来た!

対話する意思があるならば代表者を前へ、そうで無いのであればこちらとしても容赦はしない!」

俺の名乗りに対して、前にいた兵士達はざわつき始めた。

「アリクレット侯爵ってあれだろ!アイロス王国を一人でぶっ潰したって言う…」

「マジかよ!やべーじゃん!」

「あんなガキがかよ!」

「おい、いいから早く男爵を呼んで来い!」

暫く待っていると、奥の方から貴族と思われる服装をした若い男性が駆け寄って来た。


「アリクレット侯爵様!私はこの私設部隊の指揮を任されております、ラールト・フェン・ボーエン男爵です。

私達は現在自領に戻っている所でございまして、ルフトル王国に侵攻する意図は全く御座いません!」

「しかし、男爵が動かすにしては数が多すぎる。ルフトル王国からの侵攻を懸念しているのであれば無用だ。

理由は、僕がルフトル王国に向かい侵攻して来る敵が居るのであれば排除し、ソートマス王国民を一人足りとも傷付けさせないと約束しよう!

ボーエン男爵は私設部隊をへスタンスの街まで連れ帰り、そこでラノフェリア公爵の指示に従ってくれ」

「ですが…」

「この命に従えないと言うのであれば仕方が無い、実力行使に移らせて貰う!」

俺は脅す目的で、一メートル大の火の玉を頭上に浮かべた。


「ひぃぃぃぃ、し、し、従います!

ぜ、全軍転進せよ!」

ボーエン男爵は俺の脅しに腰を抜かして驚き、這う様にして逃げ去って行った…。

兵達も同様に、慌てて逃げ去って行ってくれた。


「エルレイ様、お見事です。もうその火は消されてよろしいかと」

「そうだな」

ロゼが俺の横に下り立って来たので、脅しの為の炎を消した。

「俺様の出番が無くてつまんねーぜ!」

「僕としてはグールの出番がなくて良かったのだがな」

「仕方ねーか、次の場所に期待するぜ!」

グールは残念そうにしているが、俺としては争わずに終えた事に安堵していた。

「ロゼ、次の場所に移動しよう」

「はい」


左の街道へと移り、同じように待ち構えて脅すと、またもや上手く逃げ去ってくれた。

最後、中央の街道へと移り、また来るのを壁の上で待ち構えていた。


「エルレイ様、上空から複数の魔法使いが近づいて来ています!」

街道を見ていた俺はロゼの指摘で上空を見上げると、こちらに急接近して来る魔法使いの集団が確認出来た。

「五十人以上は居そうだな…」

「はい、いかがなされますか?」

「そうだな、防御を固めてしばらく様子を見よう。

流石にいきなり攻撃して来る事は無いだろうからな」

「承知しました」

俺とロゼは障壁を張り、こちらに向けて近づいて来る魔法使いの集団を待ち構えた。

魔法使いの集団は俺達の上空で止まり、その中から一名だけ近くまで下りて来た。


「エルレイ、久しぶりだな!」

下りてきた魔法使いは、俺の事を知っているみたいな口ぶりで声を掛けて来た。

俺の事を呼び捨てに出来るほどの魔法使いに知り合いは居ないし、見覚えのない顔だな…。

「えーと、すみませんがどちら様でしょうか?」

「なっ!俺の顔を忘れたと言うのか!ふざけやがって!」

だから素直に名前を聞いて見たのだが、魔法使いは激怒し、今にも攻撃を仕掛けて来そうな雰囲気だ…。

その事でロゼが殺気立っていたので、手を出さないようにとロゼを手で制した。


「良く聞け!俺の名はカール・キリル・パル!ソートマス王国一の魔法使いで貴様を倒す者だ!」

「あ~思い出した!確か宮廷魔導士見習いで、僕に勝負を挑んで負けたやつだったな…」

「くっ、やっと思い出したか!俺はあれから修業を積み、貴様以上の魔法使いになった!

その事を証明するため、この場で貴様を倒す!」

カールは、大袈裟な仕草でビシッと俺を指差しポーズを決めていた…。


「なーマスター、あいつ隙だらけだぜ!やっちゃえよ!」

「そうだけれど、ここは待ってやるのが紳士と言うものじゃ無いのか?」

グールの指摘通り、今攻撃を仕掛ければ一発で倒せるだろうが、不意を突くのは可哀そうだし、カールの実力を見て見たい気持ちの方が大きかった。

「何を一人でごちゃごちゃと話しているのだ!俺と勝負をしろ!」

「あ~、分かった分かった。ロゼはここで待っていてくれ」

「はい、お気を付けて!」

ロゼを壁の上に残し、俺はカールの前へと飛びあがった。


「それで勝負の内容は?」

「ふん、そんなのは相手が死ぬまでに決まってるだろ!」

カールは口角を上げてニヤリと笑い、火球を俺に飛ばして来た!

俺は慌てて火球を回避し、そのまま上空へと逃げると、カールも俺を追いかけて来てくれた。

下で戦えば通行人に被害が及ぶ恐れがあったからな…。


「無詠唱を習得しているとは驚きました」

「俺は天才だからな!貴様だけが特別だと思うなよ!」

あれだけ何度も見せれば、いずれは誰かが修得する事は予想していた。

しかし、意外と早く習得したのには感心せざるを得ない。

これは、予想以上に苦戦を強いられるかも知れないな…。

気を引き締めてカールとの戦いに挑む事にした!


「くらえ、俺の必殺技!火槍煉獄かそうれんごく!」

カールは炎の槍を何本も作り出し、俺に向けて次々と撃ち出して来た!

躱すのは簡単だが、誘導されていると面倒な事になりそうだし、必殺技と言うくらいだから爆発が仕込まれている可能性もある。

仕方が無いので俺は氷の槍を作り出し、相殺して行く事にした。

「や、やるな!」

相殺するつもりに作った氷の槍は、カールが作り出した炎の槍を貫き、そのままカールへと突き進んで行った。

カールは炎の槍を撃ち出すのを中止し、回避に集中している…。

もしかしてカールは、呪文を唱えない事を無詠唱だと勘違いしたのか?

その可能性を確かめるべく、もう暫くカールの攻撃を見極める事にした…。

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