第百二十六話 鎮圧 その一

≪マイラス視点≫

どうしてこうなってしまったのだ!

私は力なく崩れ去り、両手を床に付いてしまった…。

「ご主人様、しっかりなさってくださいませ!」

執事のルコムが心配して声を掛けてくれるが、こうなったのもお前のせいでは無いか!

ラノフェリア公爵が私の領地に来ていたにもかかわらず、知らせが来ていないのはお前の責任だろう!

強く叱責したいが、その気力さえ出て来ない…。

これからどうすればいいのか教えて貰いたいものだ…。


「ルコム、私はどう動くべきなのだ?」

「ラノフェリア公爵様にお約束なされた通り、兵の解散をするのが賢明な判断かと思われます」

「しかし、それではポメライム公爵に歯向かう事になるのだぞ!」

「それは致し方ないかと…。ラノフェリア公爵様の隣に居たのはソートマス王国一の魔法使い、アリクレット侯爵様です。

見た目は確かに子供でしたが、落ち着いた振る舞いはとても子供とは思えませんでしたし、ご主人様もお感じになられたのではありませんか?」

「…確かに…あれは一種の化け物なのかもしれないな」

「はい、ポメライム公爵様がご用意してくださいました魔法使い達でも、到底敵わないのではないかと推察いたします。

であれば、ポメライム公爵様に見切りをつけ、ラノフェリア公爵様に付かれました方がよろしいのでは無いかと愚考いたします」

「しかし…ポメライム公爵様には借金や多くの借りがある!

それを返さぬうちに裏切れば我がアラントン家は潰されてしまうぞ!」

「このままポメライム公爵様に付き従い、兵の解散をせずにアリクレット侯爵様に敗北する様な事態になれば潰されるのは確実にございます」

「そう…だな…。即座に兵の解散を命令せよ!」

「いいえ、ご主人様それは得策ではありません」

「ん?お前は何を言っているのだ?」

「今解散をご命令になれば、全責任はご主人様に降りかかって来ます。

それを回避するために、指揮を執っておられるポーエン男爵様、マイアリー男爵様、ルフティン男爵様に自領への移動をご命令くださいませ」

「なるほど!三名の領地はルフトル王国に隣接しておるが故に、ポメライム公爵様のご命令通り侵攻すると思わせられる。

そして、各男爵領に移動させる事で、ラノフェリア公爵様のご命令通り兵を解散させたと思わせる事が可能だと言うのだな!」

「その通りでございます」

「では、その通りに命じよ!」

「承知致しました!」

ルコムは一礼をして、即座に行動に移ってくれた。

私は優秀な執事の頼もしい後姿を見送り、床から立ち上がってソファーに腰掛けた…。


「ふぅ~、しかしルコムよ…。

その選択でアラントン家は潰れる事を免れるが、私の代での出世は見込めないぞ…」

私は今の地位を必死に守り、息子に後を継がせられればそれでよいか…。

アリクレット侯爵の襲撃を受けるであろう男爵達には申し訳なく思い、生きていれば私に出来うる限りの支援をしてやろうと心に誓った…。


≪エルレイ視点≫

俺とラノフェリア公爵は馬車に乗り込み、皆が待つ宿屋へと向かっていた。

マイラスがこのまま兵を解散してくれれば俺の仕事は終わりになるし、後はルフトル王国の観光をするだけでいいな…。

うん、街の様子でもゆっくり眺めて見る事にしよう。

街の中にも集められた兵と見られる人達が行き来していて、活気が出ている様子だ。

いや…街の人々は少々怯えているのか、兵たちからは少し距離を置いているな…。

正式な軍とは違い急遽集められたのだろうから、荒くれ者がいたりするのかも知れないな。

俺が街の様子を見ていると、ラノフェリア公爵が声を掛けて来た。


「エルレイ君、宿に着いたら作戦会議をするので私の部屋へ来て貰うぞ」

「作戦会議ですか?」

「そうだ。マイラス子爵がどう動くのか、その対処方法についてだ」

「えっ?マイラス子爵は兵の解散を約束してくれたのでは…」

「それは、私達を目の前にしてそう答えざるを得なかっただけだ」

「なるほど…」

言われてみればその通りなのかもしれない。

いくらポメライム公爵から命令されていようと、目の前でラノフェリア公爵から言われれば同意せざるを得ないよな…。


「エルレイ君は、マイラス子爵がどの様な行動を起こすと思うかね?」

「えーっと…」

ラノフェリア公爵が俺を試すような視線を向けながら聞いて来たので、真面目に考えて答えを出した方が良さそうだ。

俺が魔法だけでは無いと言う所を見せなければ!

と思ったのだが…流石に個人の行動を予測できるはずも無いし、与えられた情報も少ない…。

マイラス子爵とは先程会ったばかりだしな…。

諦めて素直に言うしかない。

「分かりません…」

「そうであろうな。私もこの場で応える事は出来ない。帰ってから考えるとしよう」

「はい…」

あ~、悩むだけ損した気分だ…。

ラノフェリア公爵は最初に作戦会議をすると言っていたのをすっかり忘れていた。

ラノフェリア公爵も悪戯が上手く行った子供のような表情をしているし…こういう所はネレイトの父親なのだと思ってしまった。


そして馬車が宿屋に付き、俺はそのままラノフェリア公爵が宿泊する部屋へと入って行った。

室内ではアベルティアがテーブルの席に座って、執事のコーニエルと会話をしていた。

ラノフェリア公爵と俺もそのテーブルの席に座る事となった。

「二人共お帰りなさい。情報は集めておきましたよ」

「そうか、ご苦労だったな」

テーブルの上には地図と書類が置いてあり、アベルティアはその書類を手に取って俺達に説明してくれた。


「マイラス子爵邸からの使者が各陣営に移動を通達しました。

移動先はまだ不明ですが、二、三日中には移動を開始する事でしょう。

現在地はマイラス子爵領のへスタンスの街で、ルフトル王国へとつながる街道は三本あります。

中央が一番近く道幅も広いので、恐らくこの街道が使われると思います。

左右の街道は多少迂回しますが、最終的には中央の街道に合流し、ルフトル王国に繋がっております。

この地に集まっている兵の数はおよそ八千人で、内訳は歩兵二千、騎兵千、魔法兵五千となっております。

なお、この魔法兵には見習い宮廷魔導士など、強力な魔法使いも動員されております。

今分かっているのはここまでですね」

「うむ、予想通りだ」

ラノフェリア公爵は、妻アベルティアの見事な説明に大満足していた。


「移動の指示という事でしたが、それはルフトル王国に向けてという事なのでしょうか?」

「いいえ、この街からの移動指示であって、侵攻の指示では無いみたいね」

「つまり、マイラス子爵は私の命令を受け、この街にいる兵を移動させる事で解散したと言い張るのだろう。

解散した兵がルフトル王国に向かおうと責任は負えないと言う事だ」

「酷い話ですね…」

「うむ、だが、貴族の処世術としては普通であろうな」

家を潰されるよりは、下を斬り捨ててでも生き残れる方法を探すと言う事か…。

ポメライム公爵も似たような事をしていたし、俺もマイラス子爵の立場になれば家族を守るためにその手段を取るかも知れない?

いやいやいや、そもそも王命に逆らってまで他国に侵攻する様な事はしない!

例えラノフェリア公爵の命令であったとしても断って見せる!

その事だけは、自信を持って言えるな!


「さて、エルレイ君には兵の移動に先回りして止めて貰おうと思う。

出来るかね?」

「はい、出来ますが、一つ条件があります!」

「何かね?」

「今回の事は、僕一人だけでやらせてください!

ルリア達を、王国民と戦わせるような事はさせたくありません!」

「それは私も同じ気持ちだ。エルレイ君が留守の間は、私が責任をもって守ると約束しよう」

「よろしくお願いします」

俺はそれからもラノフェリア公爵とアベルティアの三人で、地図を見ながらどの場所で止めるかの相談を続けていく事となった…。

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