第百二十四話 侵攻阻止に向け出立

随伴してくれるメイドは、ハンナ、リュリュ、レイラ、シンシアの四人に決定した。

日頃から食事を共にしているので顔は知ってはいたのだが、使用人は百人以上いる為、全員の名前まではまだ覚えきれていないんだよな…。

今回旅を共にする彼女達の名前だけは間違えないように、しっかりと覚える事にする。


全員を連れてラノフェリア公爵家へとやって来た。

「エルレイ様、お待ちしておりました。

出立の準備は整っており、ラノフェリア公爵様も玄関にてお待ちです」

ヴァイスに迎えられ玄関へと移動すると、目の前に豪奢な馬車が二十台ほど準備されていて、その馬車の扉に大きな剣に竜が絡まるソートマス王国の紋章が描かれていた。


「ヘルミーネ、あの馬車はもしかして…」

「うむ、ソートマス王家所有の馬車だな」

「そ、そうか…」

ラノフェリア公爵は、ソートマス王国の使者としてルフトル王国に訪問するのだから当然の事なのかもしれない。

しかし、俺まであの馬車に乗らなくてはならないのか…。


「エルレイ様、ルリアお嬢様はこちらの馬車にお乗りください」

俺とルリアだけが、他の皆とは違う馬車に乗るよう指示を出され乗り込むと、車内で待ち構えていたラノフェリア公爵と妻アベルティアがにこやかに出迎えてくれた…。


「エルレイ君とルリアとの旅は、楽しいものになりそうだな!」

「そうですね。ゆっくりとお話しいたしましょう」

「はい…」

「はい、お母様」

ラノフェリア公爵夫妻と向き合うのは何度か目になるのだが、いまだに緊張してしまうのは仕方が無いよな?

旅は二か月の予定だったし、この状態が当分続く事になるのだろう…。

今から胃の痛くなるような気持になるが、何とか慣れて行くしかなさそうだ…。


馬車の車列はゆっくりと動き出し、長い旅の始まりとなった…。

車窓からは長閑な風景が見え、ルリアはずっと外の風景を見続けていて会話に参加しようとはして来ない。

「ルリアとはもうキスは済ませたの?お風呂は一緒に入ったのかしら?」

「い、いえ…まだ僕達は子供ですし…」

その理由は、アベルティアが俺とルリアの仲がどれくらい進展したかを聞いて来るからだ…。

ルリアは恥ずかしさのあまり、顔を赤くして外を見ているという事だ。

ラノフェリア公爵も別の意味で顔を赤くしているが、アベルティアはそんな事は気にせず質問を続けて来る…。

「二人は結婚式を挙げていないだけで、もう立派な夫婦なのよ。

この先どんな事が起きようとも、エルレイ君とルリアの婚約が解消される事は無いわ。

あなた、そうよね?」

「うむ、それは間違い無い事だ!間違いない事だが…節度と言うものがな…」

「あなたがそれを言うの?あれは確か、私とあなたと初めて出会ったパーティーの夜…」

「あれは違うぞ!」

「何が違うと言うのかしら?」

「いや…その…アベルティアが美し過ぎたからだな、他人に取られまいと…」

ラノフェリア公爵はアベルティアの出会いで何かやらかしたみたいだが、目の前でいちゃつかないで欲しい…。

ルリアは両親の出会いに興味があるのか、視線を戻している。

ともあれ、今の会話で俺とルリアの婚約は何があっても解消されない事が分かったのは大きいな。

だからと言って、アベルティアが言う通りルリアとキスなんかはしないぞ…。

ルリアもそんな事は望んでいないだろう。

そう思ってルリアの方に顔を向けると、ルリアも俺の方を見ていたみたいで目があってしまった…。


「な、なによ!?」

「い、いや、何でもないよ…」

ルリアは暫く俺の顔をじーっと見つめ、プイッと顔を背けてまた視線を車窓の外へと移してしまった。

あれ?もしかしてルリアもそんな事に興味がある年頃なのか?

まさかね…。

とにかく、アベルティアが望んでいる様な事をしなくとも、ルリアとは仲良くやれていると思っている。

下手な事をして嫌われたくは無いし、ルリアとキスをすると言う事は、他の三人の婚約者ともしなくてはならなくなる。

リリーとヘルミーネはまだ子供だし、アルティナ姉さんの事はまだ姉として見ているのでちょっとできないよな…。

そう言う事は、後二、三年経ってからでも遅くはないと思う。


馬車での旅は、正面にラノフェリア公爵夫妻が座っている事以外は、思っていた以上に快適なものだった。

ソートマス王家所有の馬車という事で、乗り心地は最高に良いしゆったり座れている。

飲み物や食べ物も必要だと思えばすぐに用意されるし、折り畳みのテーブルも出て来る。

一番驚いたのは、トイレ専用の馬車がある事だ。

まぁ、王族が道端でする事は出来ないだろうからな…。

とは言え、快適だったのは最初の一日だけだったがな。

何日も馬車で旅を続けるのは無駄な時間だと改めて思った。

多少無理をしてでも、ソートマス王国内だけは俺が飛んで移動し、その後空間転移魔法で連れて行った方が良かったと思われる。

今更言った所でどうしようもない事なのだがな…。


ラノフェリア公爵家から馬車で五日進んだところで、一つ目の目的地へと辿り着いた。

「この街がトラウゴット・フェル・ポメライム公爵の治める最大の街だ」

「かなり栄えているみたいですね…」

「うむ、王都に次ぐ広さを誇り、商業が盛んな街であるな」

ポメライム公爵の事は個人的に好きにはなれなかったが、この栄えた街は俺としても見習うべきものはあるな…。

リアネの街は元アイロス王国の王都だけあって、広さだけならこの街にも負けてはいない。

しかし戦争の際に逃げ出した人達も居るし、何より旧アイロス王国の貴族達が居なくなった事で職を失った人達も少なくはない。

だから今は以前より活気が無くなっていると、街道整備をしている際にトリステン達から聞いていた。

それも、街道整備が終了した事で多少はましになっているみたいだが、以前の活気を取り戻すには至っていない。

もっと頑張らなければと思うが、何を頑張ったらいいのか分からないんだよな…。

アドルフに任せっぱなしでもいいのかも知れないが、俺としても街を発展させる何かを提案して行かないといけないと思った。


馬車は宿屋に着き、俺とラノフェリア公爵だけは馬車に残り、ポメライム公爵邸に向かう事となった。

「ポメライム公爵様は侵攻の指揮を執っていないのですか?」

「現場で指揮を執れば責任を取らされるからな。

奴は狡猾で決して前には出る事はせず、家で酒でも飲みながら指示を出しているはずだ」

「なるほど…」

でもそれは、ラノフェリア公爵も同じでは?

俺もラノフェリア公爵に命じられて戦場に向かったのだけれど…とは口が裂けても言えないな。

俺の時との違いは、国王の命令があるか無いかでしかない。

現場で指揮をしている貴族は、俺と同じように上からの命令に逆らう事は出来ないだろうし、同情してしまうよな…。


馬車で進む事一時間、やっとポメライム公爵邸へと辿り着いた…。

ラノフェリア公爵の宮殿より豪華だな…。

馬車を降りた俺は、ぽかんと口を開けて宮殿を見上げてしまった…。

柱や窓には人や獣などの彫刻が施されていて、実際には見た事は無かったが写真で見た今だ完成していない教会を思い出してしまうほどだった。

「中はこれ以上だぞ」

ラノフェリア公爵にそう言われてポメライム公爵邸の中に入って行くと、眩いばかりの光景が目の前に広がっていた。

天井からは大きなシャンデリアが吊り下げられていてキラキラと光を反射しているし、壁は金色に輝いていて、天井には一面に絵が描かれていた。

「目が疲れますね…」

「そうだな」

ラノフェリア公爵も苦笑いしているし、趣味が良いとは決して思えなかった。

執事の案内で通された部屋も似たような感じで、この部屋でゆっくりと休む事は俺には出来ないと思ってしまった…。


それから暫く待たされた後、ポメライム公爵が俺達の前に現れた。

「ロイジェルクが訪れて来るとは珍しい」

俺達が着た理由が分からないと言ったそぶりを見せながら、どっしりとソファーに腰掛けた。

ポメライム公爵がラノフェリア公爵の説得に応じるかは不明だが、俺の仕事では無いのでゆっくり見学させて貰おうと思う…。

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