第百二十三話 旅の準備

「ロイジェルクにルフトル王国宛の親書を託す。

エルレイの仕事が終わり次第、ルフトル王国に向かってくれ」

「承知致しました」

国王との短い会談を終え、俺とラノフェリア公爵は帰りの馬車の中にいた。

国王がラノフェリア公爵に渡した親書の事が気になり、聞いて見る事にした。


「ラノフェリア公爵様、最後に国王陛下がお渡しになった親書と言うのは?」

「勿論、ルフトル王国との和平交渉についてだ。

ルフトル王国はアイロス王国とは違い、侵略して来る事は一切なかった。

しかし、状況が変化した今となっては、それが変わる可能性も否定は出来ない。

だから、和平交渉を通じてソートマス王国に侵略する意思が無い事を伝え、あわよくば不可侵条約の締結まで持って行ければと国王陛下は考えておられる。

そこまでは上手く行かないだろうが、こちらから侵略する意思が無い事を伝えて置く事で、ルフトル王国はソートマス王国以外の周辺国に意識を向け、ソートマス王国に侵略して来なくなると言う事だ」

「理解しました…」

俺がルフトル王国侵攻を止められなければ和平交渉自体出来なくなってしまうので、失敗は許されないと言う事だな…。

重責に押しつぶされそうになり頭を抱えていると、ラノフェリア公爵が更に追い打ちをかけて来た…。


「トラウゴットの阻止には私も着いて行き、貴族達の説得にあたるつもりだ。

しかし、そちらはあまり期待しないで貰いたい。

私の話を聞くような連中では無いのでな…。

阻止が成功した後、ルフトル王国にそのまま向かう事となり、エルレイ君にも着いて来てもらう」

「分かりました…」

やはりと言うか、俺もルフトル王国に行かなくてはならないのだな…。

最近やっと自由に出来る時間を得られたのに、また長期間行動を制限されるのか…。

侯爵になり、広大な領地とリアネ城まで貰ってしまったので、ある程度は仕方がないと思うが、ゆっくりと過ごせる時間が欲しいと切に願う。


決まってしまった事は仕方が無いので、きっちりやり遂げなければならない。

しかし、一つだけ心配事がある。

それはルリア達の事で、ついこの間ルフトル王国の暗殺者に俺が狙われたばかりなので、俺が出掛けている間に、暗殺者がリアネ城を襲撃しないとも限らない。

だけど、俺と一緒に連れ出すのも危険だ…。

外の方が襲われやすいのは間違いない。

…。

よく考えて見ると、暗殺者なら何処にいようとも襲って来るのではないか?

結婚式で大勢のお客が来ていたとはいえ、警備が厳重なラノフェリア公爵家でも襲われたんだぞ。

それならば、多少危険でも俺の傍に居て貰った方がいざと言う時は助けられるよな。

問題は、目の前にいるラノフェリア公爵がルリアを危険な場所に行く事を許可してくれるかという事だな…。

うん、無理だ…。

戦争に行く時も全力で止めていたのだから、無理に決まっている。

ルリア達にはリアネ城で留守番して貰い、暗殺者が襲って来た時は俺が空間転移魔法で帰ればいいだけだな。

そう思ったのだが…。


「エルレイ君、出立は明後日を予定しているが問題無いかね?」

「はい、大丈夫です」

「では明後日の朝、家に来てくれたまえ。

二か月間の馬車の旅を想定していて、ルリア達も連れて来てくれて構わない。

私も妻と行く予定だからな。

ルフトル王国への観光旅行だと思えば、エルレイ君も気が楽になるのではないか?」

「そ、そうですね…」

「失敗は許されないが、気負いしていても良い事はないぞ」

「分かりました…」

ラノフェリア公爵の言う通り観光旅行という気分にはなれないが、ルリア達を連れて行けるのはありがたかった。

俺の傍に居て貰った方が安心出来るし、ルリア達の気分転換にもなるだろう。

ヘルミーネなんかは、外に出られるという事で大喜びするかもしれないな…。

ヘルミーネの喜ぶ姿を想像すると、落ち込んで来た気分が少し晴れてくる感じがした。


ラノフェリア公爵を自宅へと送り届けた後、俺はリアネ城へと帰って来た。

出発は明後日なので、今日と明日で出かける準備をしなくてはならない。

その事をアドルフへと伝え、ルリア達を自室へと集めて、旅行に行く事を伝えた。


「エル!私も行っていいのだな!?」

「うん、ヘルミーネだけ置いて行く様な事はしないぞ!」

「やったぞ!ラウラ、早く準備をするぞ!」

ヘルミーネは俺の予想通り大喜びをし、ラウラの手を引っ張ってクローゼットのある部屋へと消えて行った。

しかし、喜んでいたのはヘルミーネのみで、他の三人はどちらかと言うと嫌そうな表情をしていた。


「エルレイ、馬車での長旅になるのね?」

「うん、ラノフェリア公爵様も一緒なので、飛んで行く事は出来ないね…」

「そう…馬車はあまり好きでは無いのだけれど、お父様と一緒では仕方ないわね…」

ルリアはため息を吐き、飛んで行けない事を残念そうにしていた。


「お姉ちゃんも馬車は酔うから嫌いなのよね…。

でも、エルレイと初めて旅に行けるのは嬉しい事だわ」

アルティナ姉さんは乗り物酔いするのか…。

でも、アルティナ姉さんは水属性魔法が使えるので、気分が悪くなったら自分で治療出来るだろうし、そんなに悪い旅にはならないと思う。


「エルレイさん、戦いは避けられないのでしょうか?」

「分からない。ラノフェリア公爵様の説得が上手く行けば戦闘にはならないだろうけれど、上手く行かなかった場合は戦闘は避けられない。

でも、今回は侵攻を止めるのが目的であって、前回の戦争とは違う。

俺達に被害を出さないようにするのは当然だが、相手にも被害を出さないようにしなくてはいけない。

だから、戦争の時の様にひどい状況になる事は無いと思う」

「そう願いたいです…」

リリーの言う通り、俺も女神クローリスに願いたい気分だ。

難易度は高いが、リリーを悲しませないためにもやり遂げなければならないな!


長旅の準備と言っても、俺がする事は全く無く、精々皆の荷物を収納魔法に収めたくらいだ。

後は、アドルフが用意してくれたルフトル王国への贈り物と食料品にお金だな。

アドルフが金貨の詰まった革袋を十袋、机の前に置かれた時は貰っていいものなのかと躊躇してしまった…。

お金に余裕が無かったのでは?

「エルレイ様が旅で必要なお金です。管理は同行するダリエルに任せてください」

「分かった」

ソートマス王国内での宿泊費は不要だが、ルフトル王国では支払わなければならない。

それと、今回執事からはダリエルが共として着いて来てくれて、宿の手配とかをやってくれる事になっている。

メイドからは、まだ誰が着いて来てくれるかは決まって無い様だが、ロゼ達以外に数名着いて来てくれる事になっている。

ロゼとリゼは俺達の護衛が主な役目だし、ラウラ一人で四人のお世話をするのは大変だからな…。


後で、アルティナ姉さんから聞いた話だが、随伴するメイドが決まらなかったのは希望者が多かったからだと言う事だった。

長旅に随伴するのは大変だろうし、逆に希望者が少ないのかと思っていたのだがな…。

「メイドも私達と同じで、外出する機会はほとんど無いのよ…」

「それもそうか…」

俺は使用人達にも休みを与えたいと考えているのだが、俺自体が忙しく中々その機会を作れていない。

以前、アドルフに相談した事はあるのだが…。

「エルレイ様がお休みしておりませんのに、私達使用人が休む事など出来ません!」

こう言われたんだよな…。

確かに俺も侯爵になってから、一日休みを貰っただけでずっと仕事漬けだった。

アドルフに仕事を押し付けられて休めなかっただけなのだが、皆も俺のために働いてくれているのだから文句は言えない。

ルフトル王国から帰ったら俺も休みを貰い、使用人達にも休みを与えようと心に決めた!

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