第百二十一話 危険な襲撃者 その二

「エルレイ様、大丈夫でございますか!」

ヴァイスが勢いよく、俺が使っている部屋に入って来た。

扉は開けたままにしていたが、こんなに慌てて入室して来るとは思っていなかった。

まぁ緊急事態には変わりは無いし、おめでたい結婚式の日に俺が襲われたともなれば慌てるのも仕方が無いか…。


「大丈夫だ。僕を襲った者は窓から逃げ出したが、ラウニスカ王国の暗殺者だったので追わない方がいい」

「よくご無事で…ですが、追手は掛けませんとラノフェリア家の名誉にかかわります!」

「そうか、ラノフェリア公爵家の事には口を出す事はしたくはないが、追手の者に被害が出ないようにしてあげてくれ」

「お気遣い感謝いたします」

ヴァイスは礼を言った後、素早く部下に指示を出して追手を仕向けていた。

襲われたのが俺とリゼだったから無事に身を守ることが出来たが、普通の人だとあの動きに対処するのは難しいだろう。

それと、俺も一人だと相手の動きが止まるまで防御し続けるしか方法が無いんだよな…。

それでも、リゼの様に魔法を使われると俺は死ぬ可能性がある。

その事は今回、リゼが能力を使用した際に魔法を使った事でよく理解できた。

認識外から魔法を撃ち込まれる事なんて想定していないからな…。

リゼと戦えば、どんなに強固な障壁で守っていようとも、確実に死ぬ事になるだろう。

リゼからすれば、俺が止まっている間に障壁を貫通するまで魔法を撃ち込むだけで済むのだからな…。

リゼを怒らせない様に…いや、リゼとロゼを怒らせない様にしなくてはならないと心に誓った。


「エルレイ様、お部屋の準備が整いましたので、そちらに移動して頂けませんでしょうか?」

「分かった、そうさせてもらう」

窓は割れているし、再度襲撃してくるとは思わないが、この部屋で休むことは出来ないよな。

ヴァイスの案内で別の部屋へと移動し、ソファーに座った…。

まだ夜中だが、興奮して眠れそうにない。

それに、ヴァイスもまだ室内に残っているし、襲撃された状況を教えないといけない。


リゼに頼んで水を一杯用意して貰い、気持を落ち着かせてからヴァイスに伝える事にした。

「僕を襲って来た暗殺者は、廊下から鍵を使って部屋に侵入して来て、問答無用に俺に攻撃を仕掛けて来た。

僕は事前に魔法で障壁を張って身を守っていたので無事だったが、残念ながら暗殺者の容姿を確認する事は出来なかった。

リゼは暗殺者と戦ったから、暗殺者の姿を見ているのだろう?」

「はい、私が確認出来たのはメイド服を着た姿だけで、顔は黒い布に覆われていて確認する事は出来ませんでした。

暗殺者との戦闘自体も、ナイフで一度切り合った後、私が魔法を使うと即座に逃げ出して行きました」

「それはリゼが強いと判断して暗殺者が逃げ出したという事か?」

「いいえ、この能力は持続時間が短く連続使用ができませんので、不利な状況になると直ぐ逃げださないと敗北してしまいます」

「なるほど、ヴァイス、ほとんど詳しい事が分からなくて済まないが、僕達に分かる事はこれくらいの様だ」

「はい、ありがとうございます。

この屋敷内での襲撃を未然に防げず、誠に申し訳ございませんでした。

正式な謝罪は明朝、ラノフェリア公爵様からさせて頂きます」

「分かった」

「警護を厳重に致しますので、エルレイ様はごゆっくりお休みくださいませ」

ヴァイスはそう言い残して部屋を退出して行った。


「エルレイ様、少し休まれた方がよろしいかと…」

「そうだな…リゼも一緒に寝てくれるか?」

「はい!」

あまり眠れる気はしなかったが、リゼと共にベッドに入り夜明けまで体を休める事にした…。


翌朝、結婚式に訪れていた貴族達は、何事も無かったかの様に帰路に着いていた。

俺が襲撃されたのが夜中だったという事と、部屋の防音が良かったのもあり、気付いた人は殆どいなかったのだろう。

ラノフェリア公爵としても、自宅で襲撃騒ぎがあったのをわざわざ喧伝する必要も無いしだろうしな。

俺も、父達とヴァルト兄さんを家に送り届けて来た。

父達にも襲撃があった事は知らせていない。

余計な心配はさせたく無かったからな…。

父達には落ち着いてから話す事にしようと思う。


俺は今、ルリア達と共に昨夜の事を話し合う為、ラノフェリア公爵とネレイトとソファーに座って対面してしていた。

ネレイトは新婚生活を始めたばかりなのに、こんな事に巻き込んでしまい申し訳なく思う。

「昨日の状況を説明させて頂きます」

ラノフェリア公爵とネレイトは勿論の事、ルリア達にもまだ話していなかったので、昨日の状況を説明した。


「エル、逃がすとは情けないぞ!」

「う、うん…」

ヘルミーネに情けないと言われたが、言い返す事は出来ないな。

夜中だったし、外に逃げ出した暗殺者を飛んで追いかけようとは思わなかったんだよな…。

リゼも追いかけようとは言って来なかったし、他に仲間がいないとも限らない。

結局の所、ラウニスカ王国の暗殺者が怖かったとしか言いようがない。

情けないが死にたくは無いし、臆病なくらいで良いと思う…。


「エルレイ、こちらで分かった事を知らせるよ。

エルレイを襲った暗殺者は、ハーヴィン男爵の従者で名前はマーシー、偽名だろうし参考程度にしかならないと思う。

そして今朝、ハーヴィン男爵は室内で毒殺されている状態で発見された。

敷地内から周辺までくまなく捜索したが、暗殺者を発見する事は出来なかった。

暫く領内及び周辺に網を張っては見るが、あまり期待をしないで貰いたい」

「分かりました」

俺を襲った暗殺者は捕まる事は無いと思っておいた方が良さそうで、当分の間警戒しておかなければいけないと言う事だな。


「エルレイが教えてくれた情報で、首謀者の特定は出来そうかな」

「そうなんですね?」

「ラノフェリア公爵家の名誉にかけて、首謀者は見付けると約束するよ!」

「お願いします」

首謀者を見つける事が出来れば、俺が暗殺者に襲われる事は無くなる。

少なくとも、ラウニスカ王国の暗殺者に依頼される事は無いよな?

ラウニスカ王国とは隣接している為、ラウニスカ王国が直接俺を狙って来る可能性も否定は出来ないが、わざわざラノフェリア公爵家で襲わせる理由は無いはずだ。

ラウニスカ王国が襲わせるなら、リアネ城で良いはずだからな。


ネレイトの説明が終わった所で、ラノフェリア公爵とネレイトがソファーから立ち上がった。

「エルレイ・フォン・アリクレット侯爵、此度は我が屋敷内で襲撃された事、正式に謝罪する」

ラノフェリア公爵とネレイトが俺に頭を下げて謝罪してくれた。

俺としても、おめでたい結婚式の後にこんな事があって迷惑を掛けたと思っているのだが、素直に謝罪を受け入れた方が良いのだろうな…。

「頭をお上げください。僕も無事でしたし、首謀者を見つけて下さればそれで構いません」

「うむ、全力で見つけ出し、エルレイ君の前に差し出すと約束しよう!」

約束してくれたラノフェリア公爵の目は今まで見た事も無いほど鋭く、怒りに満ちているのを感じ取る事が出来た。

それはネレイトも同じだな。

いつも笑顔で温厚なネレイトも、今回の事は相当怒っている様子だ。

結婚式の夜に襲撃騒ぎを起こされれば、怒って当然の事なのだがな…。

この様子なら、直ぐに首謀者を見つけてくれるのは間違いなさそうだ。


それにしても、俺に襲撃を知らせてくれたユーティアが、二人に情報を知らせて無かったのを不思議に思う。

知らせられない理由があったという事なのだろう…。

もしかしてユーティアは、首謀者を知っていて庇っている可能性がある?

それなら、俺に知らせる様な事をしないよな?

ユーティアに直接会って聞きだしたいが、理由も無くユーティアの部屋を訪ねる事は出来ないか…。

ルリアに頼めば会いに行けるかもしれないが、ユーティアの立場を悪くしてしまう可能性がある。

貴重な情報を知らせてくれたユーティアに、恩を仇で返す様な真似はしたくない。

ルリアもユーティアが情報をくれた事を、ラノフェリア公爵とネレイトにこの場で教えなかったからな。

リアネ城に戻ってから、ルリアに聞いて見るしかなさそうだ。


ラノフェリア公爵との話も終わり、俺達は帰宅する事となった。

「エルレイ君、一つ伝える事があったのを忘れる所だった」

「はい、何でしょうか?」

「今ソートマス王国内で少々問題が起きていて、二、三日中に国王陛下に会いに行かねばならぬ。予定を空けて置いてくれたまえ」

「分かりました…」

問題が何なのかは説明して貰えなかったが、また面倒ごとに巻き込まれるのだけは理解できた…。

暗殺者に襲われた上に、国王に会いに行かなければならないと知り、気落ちしながらリアネ城へと帰って行った…。

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