第百二十話 危険な襲撃者 その一

「エル!話とは何だ!私は早くドレスを脱ぎたいのだぞ!」

「ヘルミーネ、すぐ終わるから少しだけ我慢してくれ…」

ヘルミーネの気持ちは分かるので、少しでもゆっくりして貰おうと皆をソファーに座って貰った…。


「いい女性でも見つかった報告?」

「いや違うよ…」

ルリアが目を細めて嫌そうな表情をしながら聞いて来た。

そもそも、俺に踊るように言ったのはルリアだったし、気に入った子はメイドにしていい話では無かったのか?

その事は今はどうでもいいか…。

「そう言えば、エルレイはユーティア姉さんと踊っていたわね…。

もしかして、ユーティア姉さんにも手を出したって事なの!?」

「いや違う!」

ルリアが凄い形相で睨んで来たので、俺は全力で頭と両手を左右に振って否定し話を続けた!

「違うが、話と言うのはユーティアお嬢様と踊った時の事で、僕の命が狙われていると教えられたんだよ!」

「…そう、ユーティア姉さんがそう言うのであれば、近い内にエルレイが襲われるのでしょうね」

ルリアは少し考え、ユーティアからの情報が正しい事を示した。

「そんな…」

リリーは俺の命が狙われている事を知り、悲しい表情を見せてくれていたのだが、ルリアとヘルミーネとアルティナ姉さんはそこまで気にした様子は見られなかった…。


「そんな事は今に始まった事ではあるまい?」

「お姉ちゃんが守ってあげるから心配しなくていいわよ!」

「エルレイが狙われるのは今更だと思うけれど、リアネ城では無くここだと言うのが引っかかるわね…」

俺が狙われるのは当然なのか?

まぁ、戦争で戦果を挙げて侯爵になったのだから敵が多いのは分かるし、暗殺者に襲われた事もある。

でも、リアネ城に移ってからはそんな事無かったから、安心していたのは間違いない。

街道整備で外出している時にも襲われる事なんて無かったからな…。


「お父様に頼んで怪しい奴を探して貰った方が良いのかしら?」

「いや、ラノフェリア公爵様に迷惑を掛けたくはない。それに…」

俺だけを狙って来ると言うのであれば、ラノフェリア公爵には悪いがここで襲われた方が都合がいい。

リアネ城だと皆一緒の部屋なので、俺以外に被害が及ぶ可能性が高いからな…。

「それに?」

「俺の命を狙っている者の正体を暴く絶好の機会なのかもしれない!」

「そうね。襲って来る事が分かっているのですから守り切れるわよね?」

「うん、大丈夫だ!」

「それならこの話は終わりね。エルレイ、着替えるから貴方も部屋に戻りなさい」

「分かった、ルリア達も気を付けるんだぞ!

ロゼ、すまないがルリア達の事を頼む!」

「承知しました。エルレイ様もお気をつけてくださいませ」


俺はリゼと共に周囲に気を配りつつ、俺に与えられた一階の部屋へと戻って来た。

「リゼ、怪しい奴を見かけなかったか?」

「いいえ、それらしい人は見かけませんでした」

「そうか…」

俺は室内にリゼ以外誰も居ないことを確認し、懐からグールを取り出した。

「グール、お前は気が付かなかったか?」

「さーな、マスターに敵意を持っている者なら結婚式の時にはそれなりにいたぜ!」

「そうか、そいつらが俺の命を狙っているという事なのか?」

「そこまでは分からねーな。ただし、マスターに殺意を持って近づいて来る者が居れば分かるぜ!」

「その時は知らせてくれ」

「了解したぜ!」

「リゼ、危険が迫ってきたらグールが知らせてくれるとの事だから、俺は少し休む事にする。

襲って来るのは多分夜だろうし、リゼも少し休んでおいてくれ」

「畏まりました」

俺はソファーに倒れ込み、結婚式で疲れた心と体を休ませる事にした…。


「マスター起きろ!」

そしてその日の深夜、グールの声で目覚めさせられた…。

「ん…グール…敵か?」

「来たぜ!」

「分かった!」

俺は慌てて飛び起き、ベッドから抜け出ると、リゼは既にナイフを構えて臨戦態勢を整えていた。


「リゼ、敵は生け捕りに出来ればいいが、俺とリゼの命が最優先だから無理はしないように!」

「はい、承知しました!エルレイ様は窓から離れていてください!」

「分かった!」

俺は窓から離れて部屋の中央で待機しようとした。

俺の命を狙うのであれば、貴族が直接襲って来るような事はせず、暗殺者を雇って仕向けて来るのが普通だろう。

幾ら結婚式とは言え、ラノフェリア公爵家に侵入して来るのは難しいだろうからな。


「マスター、敵は廊下を歩いて来ているぜ!」

「なんだと?」

俺の予想に反し、敵は廊下から来ているとグールが言った。

「リゼ、入口の警戒をし、障壁で身を守るように!」

「はい!」

俺とリゼは体を包み込む障壁を張り、敵の襲撃に備えた!


シーンと静まり返る室内で、緊張しながら耳を澄ましていると、コツコツと廊下を歩いて来る足音が聞こえて来た…。

リゼと目で合図を交わし、いつ扉を破られて侵入されても良い様に身構える。


ガチャ!

えっ!?

思わず声が出そうになるのを必死でこらえた。

敵は扉の鍵を使ったのだから…。

そしてゆっくりと扉が開き、廊下に灯された光りが室内を照らしたと同時に、黒い影が室内に侵入してきた!


「あっ!?」

次の瞬間、俺は強い衝撃を受けて、部屋の壁に背中から衝突させられていた!

障壁を張っていたため痛みは全く感じないが、この感覚には覚えがある!

だからと言って俺に出来る事は障壁を強化して守る事しかない!


パキパキパキパキッ!

突然床一面が凍り付いた!?

ガシャーン!

床の次は、窓ガラスが内から外に割れた!?

そして俺の目の前に、俺の事を心配するリゼの顔が現れた。

俺が壁に飛ばされてからリゼが現れるまで、五秒も掛かってはいない。

この間何が行われていたのかは想像すら出来ないが、リゼが無事だった事を喜ぶしかない。


「エルレイ様、ご無事でしょうか!?」

「大丈夫だ。それより、リゼは怪我をしていないか?」

「はい、問題ありません。しかし、敵を逃がしてしまいました。申し訳ございません…」

「いや、リゼが無事ならいいんだ。

グール、敵はまだ近くにいるのか?」

「いや、遠くに逃げて行っちまったぜ!もう戻って来る事はねーと思うぜ!」

「そうか…」

俺は息を大きく吐き、緊張で固まっていた体から力を抜いて行った…。


「何事でしょうか?」

騒ぎを聞きつけた使用人が、開いた扉から声を掛けて来た。

「襲撃を受けたのだけれど、襲って来た者は窓から逃げ出した。

すまないが、ヴァイスさんを呼んで来ては貰えないだろうか?」

「は、はい、直ちに!」

使用人は慌ててヴァイスを呼びに走って行ってくれた。


「リゼ、能力を使ったのだな?」

「はい、使うしか対処できませんでしたので、申し訳ございません」

「いいや、守ってくれてありがとう!」

リゼには能力を使うなと言っていたが、あの相手には使わず対処するのは無理な事だろう。

俺を守ってれた事に感謝をしつつ、リゼを抱きしめてやった。


≪リゼ視点≫

エルレイ様を狙った賊は、最悪の相手でした。

私も油断はしていませんでしたが、エルレイ様が吹き飛ばされるまで反応出来なかった事が悔やまれます!


「加速!」

私も能力を使い、エルレイ様に襲い掛かっている賊の背後にナイフで襲い掛かりました!

「ちっ!」

賊は私のナイフを交わすと、そのまま反撃を加えて来ました!

キンッ!

幸いな事に、私の張っていた障壁を破る程の攻撃では無かったようです。

やはり、暗殺者として教育を受けた賊と、メイドとして教育を受けた私では分が悪すぎます。


「アイスフィールド!」

床一面を凍らせ、賊の行動を制限してやりました!

流石に、これには賊も驚いている様子で、慣れない氷で足を滑らせていました!

「隙あり!」

バランスを崩している賊に、私はナイフを突き刺してやりました!

「ふっ!」

賊は私のナイフをしゃがんで躱し、そのまま上へと飛びあがったかと思うと、天井を足場にして窓へと飛び、そのままの勢いで窓を突き破って逃げて行きました!


あぁ…賊を捕らえてエルレイ様に褒めて貰いたかったのに残念です…。

いいえ、今はそんな事より、エルレイ様の無事を確認するのが先です!

私は床を凍らせた魔法を解除し、エルレイ様の前へと行って能力を解除しました。

幸いな事に、エルレイ様もご自身の障壁で傷一つ無く安心致しました。

賊は捕らえられませんでしたが、エルレイ様は私を抱きしめて下さりました。

私もエルレイ様を抱きしめて幸福な温もりを感じる事が出来、この状況を作ってくれた賊に少しだけ感謝をしてしまいました…。

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