第百十七話 ネレイトの結婚式 その一

外での仕事が無くなり、リアネ城で仕事と魔法の訓練をして過ごす平和な日々が続いていたのだが、ネレイトの結婚式に出席するため出掛けなければならなくなった。

ネレイトの結婚式には父とマデラン兄さんとヴァルト兄さんも出席するので、俺はまずヴァルト兄さんを迎えに行く事となった。

父とヴァルト兄さんの家には街道整備をしていた時に訪れていたので場所は把握済みだ。

俺は空間転移魔法を使い、ヴァルト兄さんの屋敷の前へとやって来た。

ヴァルト兄さんの屋敷は子爵家としては考えられないくらい立派な屋敷となっている。

俺が城を貰った様に、父とヴァルト兄さんも旧アイロス王国の貴族が使っていた屋敷を貰っている。

新しく建てる時間と予算も無かっただけなのだが、ある物を使わないのは勿体ないからな。


俺が玄関へと行くと執事が出迎えてくれて、屋敷内へと案内してくれた。

屋敷内の様子は外見から比べると少し寂しい感じがするが、お金が無いのは何処も同じだと言う事だ…。

応接室に通され暫く待っていると、ヴァルト兄さんとイアンナ姉さんが入って来た。

「エルレイ待たせたな!」

「エルレイ君久しぶりね!元気にしてた?」

「はい!イアンナ姉さんおめでとうございます!」

「ありがとう!」

イアンナ姉さんは少しだけ大きくなったお腹をさすりながら、ヴァルト兄さんに支えて貰いながらゆっくりとソファーに座った。

ネレイトの結婚式にはイアンナ姉さんも呼ばれていたのだが、妊娠している為欠席となる。

「体調は大丈夫なのですか?」

「えぇ、大丈夫よ。それなのにヴァルトは心配し過ぎて私に何もさせてくれないのよ!」

「しかしなぁ…」

「初めての赤ちゃんですし、心配し過ぎるくらいがちょうどいいのでは無いかと…」

イアンナ姉さんにしてみれば心配され過ぎるのも迷惑なのだろうが、ヴァルト兄さんにしてみれば初めてできた赤ちゃんだから大切にしたいと思う気持ちは俺にも良く分かる。

「出来る限り早く帰って来るから、安静にしているんだぞ!」

「分かったわよ!はい、行ってらっしゃい!」

イアンナ姉さんは心配するヴァルト兄さんを押すようにして立たせたので、俺も立ち上がりヴァルト兄さんの傍へと行った。

「ゴベル、ヤーナ、主人の事は任せますよ!」

「「奥様、承知致しました」」

イアンナ姉さんは、ヴァルト兄さんの付き添いの執事とメイドに命令し、ヴァルト兄さんを抱きしめてからゆっくりと離れた。

「イアンナ姉さん、行って来ます」

「イアンナ、大人しくしていてくれよ!」

「はいはい、行ってらっしゃい!」

別れを惜しむヴァルト兄さんの手を握り、執事とメイドも連れてラノフェリア公爵家へと空間転移した。

「ヴァルト兄さん、僕は父上を迎えに行って来ます」

「おう、すぐ戻って来てくれよ!」

「はい!」

ヴァルト兄さんは、ラノフェリア公爵家に一人で残されるのが心細かったのだろうな。

ヴァルト兄さんを待たせない為にも、俺は父の家の前へと移動した、


父の屋敷は、ラノフェリア公爵家の屋敷に負けないくらい立派な物だ。

でも、中に入るとやはり寂しい感じはぬぐえない。

父の事だから、一年もすれば収入を増やして直ぐに伯爵家に相応しい家となるに違いない。

俺も負けないように頑張らなくてはならないな…。


「エルレイ、元気にしていましたか?」

「はい、母上」

父達は既に準備を整え、俺の到着を待っていてくれた。

結婚式に出席するのは両親とマデラン兄さんだけで、セシル姉さんはイアンナ姉さんと同じく妊娠している為欠席だ。

セシル姉さんのお腹はまだ膨らんではいないが、空間転移魔法が胎児に影響を及ぼさないとも限らないので俺の方から断らせて貰った…。

後は付き添いの執事とメイドだが俺の知らない人達だな。

ジアールはいい歳だし、若い人たちに経験を積ませる意味合いもあるのだろう。

「エルレイ君、主人の事よろしくお願いします」

「セシル姉さん、マデラン兄さんに悪い虫が寄って来ないように見張っています」

「逆です。いい女性が居たら主人に紹介してあげてください」

セシル姉さんが俺の所に寄って来てお願いして来たから、てっきりそう思って答えたのだが違ったみたいだ。

マデラン兄さんは伯爵家の跡取りだし、妻は多い方が良いと言う事なのだろう。

しかし、マデラン兄さんが新しい妻を持つという事は、セシル姉さんの正妻の地位が危ぶまれるのでは無いだろうか?

マデラン兄さんとセシル姉さんが結婚したのは、父が男爵の時だったのだし、セシル姉さんも確か男爵家の出だったはず。

伯爵の跡取りに相応しい妻を迎えるなら、子爵家以上の女性となるはずだろうけど、セシル姉さんが良いと言うのであれば俺がとやかく言う必要は無いな。

マデラン兄さんはセシル姉さんを大切にしているし、新しい妻を迎えたとしても上手くやって行けると信じている。

とは言え、俺には貴族の女性の知り合いなんていないし、ラノフェリア公爵に相談した方が良いのかな?

それは着いてから改めて考える事にしよう。

父達をラノフェリア公爵家へと連れて行き、俺はリアネ城へと帰って来た。


「準備は出来ているな?」

「大丈夫よ!」

「はい、いつでも行けます」

「エル、待ちくたびれたぞ!」

「お姉ちゃん、この日を楽しみにしていたのよね。早く行きましょう!」

自室に戻ると、既に着替えて準備を整えた皆が待ちくたびれていた。

皆が着飾っているドレスを褒めた方が良いのかも知れないが、今は時間が無いので後で機会を見て褒める事にしようと思う。

俺に付き添いで来る執事はいないが、メイドがロゼ、リゼ、ラウラ以外に何時もルリア達の世話をしてくれているハンナとベルタが着いて来る事になっている。

結婚式という事で衣装や化粧等の世話が必要だからな。

「アドルフ、留守の間の事は任せた」

「はい、エルレイ様、行ってらっしゃいませ」

ルリア達を連れてラノフェリア家へとやって来た。


「エルレイ様、お待ちしておりました」

ラノフェリア公爵家の執事に案内され、俺達はホールへとやって来た。

そこには多くの貴族達が集まっていて、数人で固まって談笑している。

その中に、父とヴァルト兄さんの姿も確認できたが、他の貴族達と話していて邪魔する訳にはいかないな…。

俺はルリア達と連れて、ネレイトの所へとやって来た。


ネレイトの周囲には大勢の貴族達が集まり、挨拶をしている所だった。

これは暫く待たなくてはならないかと思ったのだが、ルリアが居たからだろう。他の貴族達が気を利かせてくれて譲ってくれた。

遠慮するのも悪いと思い、ネレイトの前へと進んで行った。

「ネレイト様、ご結婚おめでとうございます」

「ネレイト兄様、おめでとう」

「ネレイト兄様、おめでとうございます」

「ネレイト、おめでとう」

「ネレイト様、ご結婚おめでとうございます」

「ありがとう」

俺達が挨拶すると、ネレイトは少し恥ずかしそうに頭をかいていた。

「お客様が多くて大変そうですね…」

「まぁそうだね。式は明日だし倒れない程度に頑張るよ」

ホール中に集まった貴族達から挨拶を受けるのだろうから、本当に大変だと思う。

だから俺は早々に挨拶を切り上げようと思い、この場から離れようとしたらネレイトから話しかけられてしまった。


「エルレイ、領地の方は順調に行っているみたいだね。

農地の開墾と街道整備をしたと聞いたよ!」

「まぁ、やったと言うよりやらされたと言った方が正しいですが…」

「なるほど、早速アドルフからこき使われているという事か?」

「はい…ヴァイスさんも息子のアドルフと似たような感じなのでしょうか?」

「そうだね。僕もかなり無茶をさせられているよ…」

「お互い苦労しているという事ですね…」

アドルフは確かに優秀だが、それ故に俺にも同じ事を要求して来る感じが否めない。

ヴァイスもラノフェリア公爵が一番信頼していて優秀なのは間違い無い事だろう。

ネレイトも俺と同じような状況なのは理解できた…。

「明日の結婚式を楽しみにしています」

「うん、まだまだ話したい事はあるけれど、それは式が終わってからにしよう」

「分かりました」


ネレイトの所から離れてホールから抜け出そうとしたのだが、他の貴族達に捕まってしまい挨拶攻勢を受ける事になってしまった…。

「エルレイ、私達は先に失礼するわね!」

「あっ…」

ルリア達は面倒に巻き込まれたくは無かったのだろう。

俺を置いてホールから抜け出して行ってしまった…。

俺も一緒に連れて行って貰いたかったが、既に俺は貴族達によって囲まれており逃げ出す事は不可能だ。

俺もネレイトと同じように、集まっていた貴族達の長い名前とくだらない世間話を延々聞かされ続ける事となった…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る