第百九話 ロゼとリゼへの贈り物

レンガ作りを始めてから数日が経ち、順調に行っていたのだが中止をせざるを得なくなった。

「エルレイ様、明日は雨となる模様です」

「そうか、では帰る時に現場が雨に濡れないように対策をしてくる」

粘土を掘り出している為、山には大きな穴が開いている状態だ。

雨が降ればそこに雨水が溜まり、ちょっとした溜め池が出来てしまう。

池が出来るだけならいいが、最悪溜め池の壁が崩壊して土石流を起こしかねない。

そうならないように、雨水が侵入しない処置を施さなくてはな。

レンガに使わなかった土を固めて簡単な屋根を付け、穴の壁も崩れない様に補強しておいた。

多少浸み込んでくる水までは防げないが、池が出来る事は無いだろう。


そして翌日は予想通り雨が降り、俺は朝から執務室に詰め込まれて書類の決裁作業をさせられている…。

開墾作業とレンガ作りが忙しかったから書類が溜まっているのは分かる…。

分かるのだが、俺にも自由な時間が欲しい!

しかし、皆が休まず働いている結果として俺の目の前にある書類の山なのだから、俺だけ自由な時間が欲しいとは言えないよな…。


黙々と書類にサインをして行っていると、アドルフが俺の前にやって来た。

また新たな仕事を言い渡されるのかと身構えてしまったがそうでは無かった。

以前アドルフにロゼとリゼに贈り物をしたい事を頼んでいたのだが、今日その業者がリアネ城にやって来たと言うのだ。

どう考えても、俺が城にいるから呼びつけたという感じがしないでもないが、ロゼとリゼに贈り物が出来るのであれば些細な事だな。

アドルフに案内されて、一階にある部屋に連れて来られた。

そこには数人の商人と思われる人達が集まっていて談笑をしていたが、アドルフの姿が見えた途端ピタリと話すのを止めてこちらに注目して来た。


「お集りの皆様、こちらがエルレイ・フォン・アリクレット侯爵様です」

アドルフが商人達に俺を紹介すると、商人達が俺が子供と言う事にも関わらず顔色買えずに一人ずつ俺に挨拶をして来た。

「私はカラヤン商会のハンネマンと申します。領主様、よろしくお願い致します」

「私はブランティエ商会のアレックでございます。領主様、よろしくお願い致します」

「私はモンメアル商会のフレデリックと申します。領主様、よろしくお願い致します」

…。

十人ほど商人の挨拶が続いたが、名前を殆ど覚えられなかった。

貴族達との挨拶でも思う事だが、名刺があればどんなに楽かと思い知らされる。

まぁ、商人の名前なんて俺が覚える必要は無いだろう。

さっさとロゼとリゼの贈り物を売って貰う事にしよう。


商人達が居る奥の方のテーブルの上には、俺に見せる為に用意されたと思われる商品が並べられていた。

俺がその前に行くと、その商品を用意した商人が丁寧に説明してくれる…。

「すまない。集中して選びたいので声を掛けないでくれ」

「畏まりました」

買い物の途中に店員から色々声を掛けられるのは好きでは無いんだよな。

それに、俺が子供だとしても領主には変わり無いので、高い商品を売りつけて来るはずだ!

むしろ、子供だから余計に高い商品を押し付けて来るに違いない!

今はまだお金が無いし、アドルフも余裕が無いと言っていたから、なるべく安く、それでいてロゼとリゼに似合う物を探さないといけないな。


待てよ…ロゼとリゼには戦争で助けて貰ったお礼として贈るのだが、ルリア達にも贈った方が良いのでは無いだろうか?

ルリアとリリーは贈り物を贈らなくても、特に何も言っては来ないだろし、ロゼとリゼに感謝を伝えてくれるはずだ。

しかし、ヘルミーネとアルティナ姉さんは文句を言って来そうな感じがする…。

だが、アドルフにはロゼとリゼだけに贈るからと無理を言って商人を読んで貰った手前、婚約者たちにもとは言いずらい。

仮に婚約者たちにも贈り物をした場合、ラウラにも当然贈らないと不公平になるだろう。

むぅ~、お金に余裕が無い以上、今回はロゼとリゼだけに贈り、他の人達には次回にと謝らなくてはならないな。

その分ロゼとリゼには、ちゃんとしたものを贈ろうと思い、じっくり時間をかけて選ぶ事にした。


…。

三十分ほど商品を吟味して、やっとロゼとリゼに贈る物が決まった。

「これを包んでくれ」

「畏まりました」

後は服だが、テーブルの上に置かれているのは布なんだよな…。

オーダーメードで作るのだろうが、ロゼとリゼにドレスを作ってやる訳には行かないし、俺が求めているのは街の人達が着ているような服だ。

採寸もしないといけないだろうし、ロゼとリゼを呼んで来て貰った方が早そうだ。


「アドルフ、ロゼとリゼを呼んで来てもらえないか?」

「はい、それは構いませんが、奥様方への贈り物はよろしいのですか?」

「えっ!?買ってもいいのか?」

「はい、問題ございません」

「そ、そうか…それなら遠慮なく贈り物を選ばせて貰うぞ!」

お金に余裕が無かったのでは無かったのか?

それとも、この程度なら必要経費として見られているのだろうか?

まぁ、アドルフが良いと言うのであれば遠慮なく贈り物を買わせて貰おう。

ある程度めぼしは付けておいたので、ルリア達の贈り物は早く決める事が出来た。

勿論ラウラの分も選んで商人に包んで貰った。

一人だけ寂しい思いをさせたくは無いからな。


丁度俺が贈り物を選び終えた頃、ロゼとリゼだけでは無く、ルリア達も一緒に部屋に入って来た。

「エル!私も選んでいいのか!」

ヘルミーネは部屋に入って来るなり、置かれている商品に目を輝かせていた。

ヘルミーネの贈り物も選んだし、お金に余裕も無いと言う事だから今回は我慢して貰うしかないな…。

「駄目だ!皆の分はもう既に僕が選んだから今回は我慢してくれ」

「むっ、エルのケチ!一つくらい良いでは無いか!」

「何と言われようとも駄目なものは駄目だ!」

侯爵になったのに自由に買わせてあげられない自分が情けなくなるが、無い袖は振れないのだよ…。


俺は布を扱っている商人の傍に行き、小声で話しかけた。

「すまないが、あのメイド三人を含めた僕達全員に、街の人達が着ているような服を用意して貰えないか?」

「それはつまり…」

「あぁ、街を見て回るのに貴族の服装では目立つからな。それから執事には内緒にしておいてくれ」

「畏まりました。では奥の部屋で採寸をさせて頂きます」

「よろしく頼む」

商人は少し笑みを浮かべつつルリア達の方に行って布を勧め、女性従業員がルリア達を採寸をする為に奥の部屋へと連れて行った。

アドルフは俺が街に行くと言えば絶対反対して来るだろう。

今はまだ仕事が忙しくて街に行く暇が無いが、落ち着いたら自分の街の様子くらい見て回りたいからな。

その為の準備として、普通の服を用意して貰う事にした。

それと、ロゼとリゼには休暇を与えた時に着ていく服が無いと言うのもある。

ロゼとリゼの服が来次第、二人には休暇を与えてあげようと思う。


その日の夜、自室で皆が寛いでいる所で贈り物を渡す事にした。

早く渡してあげようとは思ったのだが、皆が集まる食事時だと使用人達の目があって恥ずかしかったからこの時間になってしまった…。

今も数人のメイドは居るのだが、彼女達はいつも身近で俺達の世話をしてくれているので気にはならない。

ルリア達とロゼ、リゼ、ラウラにもテーブルの席に着いて貰い、収納魔法から贈り物を取り出した。


「ロゼとリゼ、戦争では二人に大いに助けられた。その感謝を込めて僕からこれを贈る」

一人ずつ、俺が手渡しで贈り物の入った箱を渡して行く。

「「エルレイ様、ありがとうございます」」

二人は箱を受け取ると、大事そうに箱を抱きしめて喜んでくれていた。

「リゼ、私の命を救ってくれた事、あらためて感謝するわ!

ロゼもリリーを守り、私達を陰から支えてくれた事に感謝するわ!」

「ロゼ、リゼ、私も二人にはいつも感謝しています。

二人から受けた恩を返すには私はまだ未熟ですが、いつか返せるようにこれからも努力を続けて行きます。

ありがとう」

ルリアとリリーがロゼとリゼに感謝を言うと二人は涙を流して喜び、ロゼにはリリーが、リゼにはルリアがハンカチを出して涙を拭いてあげていた…。

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