第百六話 開墾作業 その一
ロゼとリゼに贈り物を出来る事が嬉しくなった事で、その後の決裁作業は順調に進み、気が付けば書類の山は消えていた。
「エルレイ様、お疲れさまでございました」
「うん、アドルフも手伝ってくれてありがとう」
ふぅ、これで俺がここに来るまでの一か月間の書類にサインし終えた。
日々の書類は上がって来るのだろうがそんなに多く無いだろうし、溜め込まないようにしようと思った。
「エルレイ様、明日から開墾作業をよろしくお願いします」
「うん、分かった」
全く休む暇が無いな…。
俺の想像してた侯爵生活は、優雅に自分のやりたい事だけやって過ごすものだったんだがな…。
しかし、アイロス王国軍の兵士達に仕事を与えることは重要なので、開墾作業は頑張らないといけない。
その日の夜、ルリア達がお風呂に入っている時間を利用して自室のテラスに一人で出て来た。
外は既に暗くなっていて、お風呂で温まった体温をいい感じに冷やしてくれる。
夜空を見上げると、空気が汚染されていない空には星がとても綺麗に輝いていた。
一人寂しく夜空を見る為に出て来た訳では無く、グールと話し合うために来たのでさっさと終わらせる事にしよう。
「グール、お前の事を教えてくれ」
「マスター、何を聞きてーんだ?」
「そうだな、グールは魔剣だから作られたんだろう?誰に作って貰ったか覚えているか?」
「勿論覚えているぜ!俺様を作ったのは狂人クロームウェルだ!」
「狂人クロームウェル?英雄の間違いなのでは無いのか?」
英雄クロームウェルはこの大陸から魔物を駆逐した英雄として語り継がれており、俺が覚えた空間属性魔法の魔法書を書いたのも英雄クロームウェルだった。
そのクロームウェルをグールは狂人だと言ったのがかなり気になるが、それは今日じゃ無くとも良いな。
「今では英雄なんて言われているそうだが、俺様を作ったクロームウェルは狂人に間違い無いぜ!」
「そうか、当時の事を知っているのはお前だけだろうし、その事は取り合えず置いておく。
グールの様に話す魔剣と言うのは他にもあるのか?それとも魔剣とは話す物なのか?」
「それはちげーぜ。俺様は特別だから話せるが、他の魔剣は話せたりはしねー。
しかしだ、クロームウェル並みの人物が現れれば、俺様みてーな魔剣を作れるかもしれねーな」
「そうか、グール以外に強力な力を持った魔剣がない事を願うしか無いか」
「おっ、俺様が強力な力を持ってるのはマスターには理解できたか?」
「あぁ、グールの能力で一番強力なのは魔力保存だろう。恐らくクロームウェルもそれが目的でグールを作ったんじゃないのか?」
「魔力保存はクロームウェルが望んでつけた能力だが、俺様を作った目的はちげーぜ。
俺様が作られた目的はクロームウェルの目的である魔物の殲滅!
それを成すための能力が魔力吸収だ!」
「なるほど、大体理解できた。魔力吸収は俺がグールを持っていないと使えないのでは無いのか?」
「マスターは理解がはえーな」
「あれだけルリアの魔法を受け続ければな…」
俺の予想通り、グールはマスターの俺が所持していないと能力を使えない。
理由は盗難防止と言った所で、俺の手元に戻って来るのも同じ理由だな。
クロームウェルも強力な魔法使いだったのだろうから、魔法を吸収するグールが敵の手に落ちた時の事を考えていないはずもない。
「グール、魔力保存できる量はどれくらいだ?」
「そうだな。今のマスターの百人分は保存できるぜ!」
「それは凄いな!」
「すげーだろ!」
俺の魔力の百人分とは予想以上の能力だ!
早速その能力を活用させて貰おう!
「グール、俺の魔力を保存してくれ」
「マスター了解!俺様に保存する分だけの魔力を流し込んでくれ!」
俺は今日使って無かった魔力をありったけグールに流し込んだ。
これで魔法の訓練が出来なくても、魔力を増やす事が可能になるかも知れないな!
増え無くとも魔力が保存できるのは便利なので、今後も余った魔力は保存していく事にしようと思う。
俺はテラスから室内に戻ると、ルリア達も風呂から上がって戻って来た。
「エルレイ!今日はお姉ちゃんと一緒に寝ましょう!」
風呂上がりのアルティナ姉さんが良い匂いをさせながら俺に抱き付いて来た。
「ごめん、今日はリリーと寝る事になっている」
「そうなのね!という事はお姉ちゃんもエルレイと一緒に寝られる日があるって事よね?」
「そ、それは…ルリア達と相談してからになるかな…」
アルティナ姉さんは俺の婚約者では無いので、ルリアが許可を出すかは不明だな…。
「分かったわ!ルリア、私もエルレイと一緒に寝てもいいわよね!」
「あーはいはい、アルティナはヘルミーネの後でいいわよ!」
「ルリア、ありがとう!」
アルティナ姉さんは俺から離れて早速ルリアに許可を求めに行っていたのだが…まさかルリアがあっさり許可を出すとは思ってもいなかった。
ルリアの態度からすると、断った方が面倒になると諦めがちみたいだったが、それでいいのだろうか?
俺としては、安心できるアルティナ姉さんと一緒に寝られるのは嬉しい事だからいいのだけどな…。
リリーと一緒に眠った翌朝、俺はロゼと一緒にリアネ城の玄関へとやって来ていた。
「エルレイ様、あのお方が開墾を指導して下さいます」
アドルフが紹介した人は何処か見覚えのある男性だった。
「領主殿、儂の事を覚えておるか?」
「あっ!カールハインツ軍団長!」
「今は軍団長では無く、ただの農民だがな」
服装が完全な農夫のそれだったため全く分からなかった。
あの時は鎧姿だったからな…。
「でも、どうして農夫なんかになっているのですか?」
「知れた事!儂は領主殿に敗北し国を売り飛ばした。その責を取って死ぬつもりだったのだが、皆に止められてな…。
だから少しでも役に立とうと、皆の為の土地の開墾作業を手伝う事にした」
「そうでしたか…」
俺としては、カールハインツには私設軍の方で活躍して貰った方が心強かったが、カールハインツの判断に口を出せる立場では無いからな…。
「では、今から開墾する現場に行って来ます。カールハインツさんは後で迎えに来ますから、少し待っていてください」
「承知した」
アドルフが地図で指定した開墾場所は全部で四か所ある。
まだ俺はその現場に行った事が無いため、一度現場まで飛んで行って空間転移魔法で戻って来てカールハインツを送り届けなければならない。
余裕があれば事前に飛んで行って場所を確認して置けたのだが、昨日の今日だから仕方がない。
「ロゼも着いて来るか?」
「はい、お供いたします。ですが、エルレイ様にお願いがございます!」
ロゼは俺の護衛として着いて来てくれるから、一緒に行くだろうと思って聞いて見たのだが、ロゼは何やら思いつめた表情で懇願して来た。
「何かな?」
「ご迷惑で無ければ、私を抱き上げて連れて行って頂けないでしょうか?」
「?」
一瞬ロゼの言っている意味が良く分からなかった。
ロゼは風属性魔法を使えて自由に飛び回れるはずだが、何故俺が抱きかかえなければならないのだろう。
「私はエルレイ様に一度も抱き上げて貰っておりません。いつもリゼばかり空の旅に連れて行かれて私はリゼから自慢されるのです」
「あぁ…それはすまなかった。別にリゼを特別扱いしていた訳では無かったのだが、たまたま空に連れて行く用事がある時にリゼだったと言うだけで…本当にすまない!
では、ロゼは地図を持って俺に場所を知らせてくれ」
「はい、承知しました!」
俺はロゼに地図を渡した後ロゼを抱きかかえ、空へと飛びあがって行った。
リアネの街でも、当然上空を飛ぶ事は禁止していると思うが、アドルフは何も言わなかった事から俺は許されているのだろう。
上空から見下ろすリアネの街はリアネ城から見るより近く、人が多く出歩いているのが見えた。
戦争を終えたばかりだが、街に被害を与えなかったから人が逃げ出したりはしていないのだろう。
「エルレイ様、ご無理を言ってしまい申し訳ございませんでした」
俺が街の様子を見ていると、ロゼが心痛な表情を見せながら謝罪して来た。
「ロゼ、謝罪するのは僕の方だ、決してリゼを優遇したつもりは無い。
出来るだけ二人を平等に扱ってきたつもりだが、魔法の特性上リゼと組む事が多くなってしまう。
ロゼにはいつもリリーを守って貰い感謝しか無い。
しかし、この様な機会がある時は出来るだけリゼと同じようにしていこうと思うが構わないだろうか?」
「はい、よろしくお願いします!」
ロゼが笑顔で俺の首に回している手に力を込めて密着して来た。
普段ロゼが感情をあらわにする事は無いし、この様に甘えて来る事も無い。
だからだろう、ロゼに甘えられる事は非常に嬉しいし、こんなロゼを見られるのであれば、これからもロゼと二人きりになれる時間を作って行こうと思った。
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