第百一話 エルレイ侯爵の朝

俺は部屋に戻って来て、リビングの奥にある扉を開けて寝室へとやって来た。

「ロゼ、寝室はここだけなのか?」

「はい、他にもございますが、全員この部屋で就寝する事となっております」

「そうか…」

寝室の中にはベッドが沢山並べてあり、ロゼ、リゼ、ラウラの分まで用意されているみたいだ。

まぁ、戦争中の家では皆で一緒の部屋に寝ていたので抵抗は無いが、ヘルミーネが文句を言いそうだな。

別の寝室があると言う事なので、文句を言って来た時はそっちに移って貰えば良いだけだな。

俺はベッドの脇に座り、ルリア達が風呂から上がって来るのを待つ事にした。


「なに!エルと一緒に寝るだと!?」

リリーがヘルミーネに俺と一緒に寝る事を説明すると、ヘルミーネは大層驚いていた。

ちなみに今日はルリアと寝る事になっている。

ラノフェリア公爵家で過ごした一か月間は、流石にルリアとリリーとは寝ていない。

そんな事をすれば、ラノフェリア公爵の怒り狂って俺を追い出したに違いない!

それでもロゼとリゼとは寝ていたのだけれどな…。

俺が侯爵となり、新しい住まいのリアネ城で過ごす最初の夜だから、ルリアと一緒に眠りたかったんだよな。

とは言え、いやらしい事をするつもりは全く無いし、そんな事をして大切な夜に殴られたくは無いからな…。

ヘルミーネが寝るまで騒いでいたが、俺とルリアは無視して一緒のベッドに寝ころんだ。

「ルリア、おやすみ」

「おやすみなさい」

ルリアはまだ恥ずかしいのか顔をこちらに向けてはくれないが、そんな事は気にならない。

リリーも時々ルリアと一緒のベッドで寝る事があるそうだが、ルリアは毎回抱き付いて来るそうだからな。

今日も寝ている間にルリアが抱き付いて来てくれる事だろう。

それを楽しみしながら、ルリアと手を繋いで眠る事にした。


翌朝目が覚めると、予想通りルリアは俺に抱き付いて来てくれていた。

目の前に可愛いルリアの寝顔があり、とても幸せを感じる事が出来る。

一度失いかけたから余計にそう思うのかも知れないな…。

この可愛い寝顔をずっと見続けていたい…そう思っていた所でルリアの目がゆっくりと開かれて行った。

「ルリア、おはよう」

「エ、エルレイ!…お、おはよう…」

俺に抱き付いているのに気が付いたルリアは、慌てて俺の体から離れて行ってしまった…。

少し寂しく思ったが、羞恥に顔を染めるルリアを見れた事は非常に良かった。

流石に二度目となると、殴って来るような事は無かったな。

俺はベッドから抜け出すと、俺とルリアの光景をベッドの脇で見ていたリゼが微笑ましい笑みを浮かべていた。

「リゼ、おはよう」

「エルレイ様、おはようございます」

リゼに見られていたので、少し恥ずかしい気持ちになりながら着替えさせて貰った。

今日はオレンジ色の服か…。

リゼは派手めな色を俺に着せたがるんだよな…。

逆にロゼは落ち着いた感じの俺好みの服を選んでくれる。

そう言えば、最近はロゼとリゼの髪留めを見なくとも判別できるようになった。

ロゼは常に冷静に落ち着いていて、中々表情を変える事は無い。

逆にリゼは明るく、俺達しかいない場所では表情豊かだ。

ロゼとリゼは毎日俺が買ってあげた髪飾りを着けてくれているが、少々傷んで来ているな。

服を買ってあげる時に髪飾りも買ってあげないといけないと思った。


着替え終えた後はリビングに行ってルリア達の着替えを待つ。

リビングにはカリナメイド長の他に数人のメイドが待機していて、俺がソファーに座ると何も言わずとも紅茶が用意されてきた。

「ありがとう」

紅茶を用意してくれたメイドに感謝しつつ、寝起きの乾いた喉を潤していく…。

広いリビングを見渡しながら、侯爵になったんだと改めて実感していった。

ルリア達も寝室から出て来て俺の隣に座り、ルリア達が紅茶を飲み終えた所で朝食を食べに部屋を出て行く事にした。


部屋の外に出ると、アドルフが待ち構えてくれていた。

「エルレイ様、おはようございます」

「アドルフ、おはよう」

「エルレイ様、本日のご予定はゼイクリム伯爵様、ヴァルト子爵様、その他の男爵様の送迎となっております」

「分かった」

食堂に向かう途中で、アドルフが今日の予定を知らせてくれた。

昨日の書類仕事で忘れていたが、今日は父とヴァルト兄さんを迎えに行かなくてはならないのだった。

俺が忘れていても問題無く予定を知らせてくれる執事がいると言う事は、なんかいいな…。

ちょっとした優越感を覚えつつ食堂に入ると、昨日言った通り使用人達が食堂の空いてる席の前に立っていてくれた。


「「「「「エルレイ様、おはようございます」」」」」

俺達が席に座ると、やや緊張気味に使用人達も席に着いてくれた。

「マナーとかは気にしなくていいので気楽に食べてくれ」

俺がそう声を掛けたが、簡単にはいかないよな…。

でも、ここにいる使用人達も元は貴族だと思うんだよな…。

あーでも、アドルフはヴァイスさんの息子だから貴族では無いのか?

そう言った人達も居るのかも知れないが、徐々に慣れていって貰うしか無いよな。


ちょっと普段とは違う朝食を終え、俺はリアネ城の玄関へとやって来た。

玄関前の広間から繋がる通路には、沢山の馬車が主の到着を待ち構えていた。

「アドルフ、もしかして彼らは街の宿屋に泊まっていたのか?」

「いいえ、貴族街の空いている屋敷に前日までに来て貰っておりました。

昨日決裁して頂いた書類に屋敷の使用許可も含まれておりました」

「そ、そうか…」

確かに、貴族街にある屋敷の使用許可にサインをしたような記憶はあるが、使用内容までは目を通していなかったな…。

リアネ城のあるリアネの街は、旧アイロス王国の王都だった場所で、ソートマス王国の王都と同じように貴族の別荘が建ち並んでいる区画がある。

現在そこは使われておらず全て空き家となっていると、昨日サインしている時に知った。

後々何かに活用しないといけないだろうが、今は父達を連れて来る事が先だな。


「アドルフ、行って来る」

「エルレイ様、行ってらっしゃいませ」

アドルフに見送られながら、俺は父の家の自室へと転移してきた。

室内にはもう俺がここに住んでいた痕跡は無く、全ての家具が無くなっていた。

他の部屋も引っ越しするので似たような状況なのだろうな。

この部屋は俺が転生して来た思い出があるので名残惜しい…。

最後にここで女神クローリスに祈りを捧げてから部屋を出て行く事にした…。

廊下に出るとジアールが俺の到着を待ち構えてくれていて、父達が待つリビングへと案内してくれた。


「エルレイ!お姉ちゃん婚約破棄されちゃったの~!」

リビングに入るなり、アルティナ姉さんが泣きながら俺に抱き付いて来た!

婚約破棄されたとはどういう事なのだろう?

俺はアルティナ姉さんの背中を撫でながら父に視線を向けた。

「婚約破棄の原因は私だ。伯爵になった事で相手の方が辞退してくれてな…」

「そうでしたか…」

父が困った表情を見せながら説明してくれた。

アルティナ姉さんの婚約者は確か男爵だったはずだ。

伯爵令嬢となったアルティナ姉さんが嫁ぐ家として相応しく無くなったと言う事なのだろう。

アルティナ姉さんは十三歳だから、新たな婚約者を見つけるのにはまだ余裕がある。

しかし、婚約破棄されたショックは大きかったのだろう。

アルティナ姉さんが婚約者と楽しそうに踊っている姿を見ているし、気に入っていたのかも知れない。

アルティナ姉さんを元気づける為にも、何か言葉を掛けてあげないといけないな…。

「アルティナ姉さん、もしよかったら暫く僕の所で生活しませんか?

ルリアやリリーも居ますし、アルティナ姉さんもお城で生活してみたいでしょう?」

「いいの!?」

「はい、父上と母上の了承が得らればですが…」

流石に父と母の許可が無ければアルティナ姉さんを預かる事は出来ない。

アルティナ姉さんは俺から離れて、すぐに父と母に許可を貰いに行った。


「お父様、お母様、エルレイから許可を貰えました!」

「うむ、アルティナの好きにしなさい」

「アルティナ良かったですね。他の婚約者とも仲良くするのですよ」

「はい、分かりました!」

父と母も快諾し、アルティナ姉さんに笑顔が戻ったので本当に良かった。

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