第九十八話 ヘルミーネを迎えに

一か月間にわたる運搬作業も終わり、俺はヘルミーネを迎えるためにラノフェリア公爵と共に王城へとやって来ていた。

俺はまだ引っ越してはいないが住む場所は決まっている。

それは旧アイロス王国のお城だ…。

ネレイトから「エルレイ国王だね!」と笑いながら教えられた時には冗談かと思ったのだが、そうでは無かったらしい。

しかし、侯爵の俺がお城に住んでいいものかと疑問に思ったが、これも国王からの褒美の一つと言う事だ…。

まぁ、俺もお城には住んでみたかったし、公爵令嬢のルリアと元王女のリリーが住む場所としては最適だろう。

それにヘルミーネも加わる事になるので、国王がヘルミーネの住む場所として俺に与えたと考えれば納得も出来る。


ヘルミーネが待っていると言う部屋に騎士に案内されてやって来たのだけれど…。

国王とその隣に王妃と思われる女性がいて、ヴィクトル第一王子とその家族や他にも見知らぬ王族の方々が待ち構えていた。

「国王陛下、マルガリータ王妃殿下、エルレイ侯爵をお連れ致しました」

「ロイジェルク、手間を掛けさせたな」

ラノフェリア公爵が国王に挨拶し、俺はその横で膝をついて頭を下げた。

「よい、ここは堅苦しい場では無いのだからな」

堅苦しい場では無いと言われたが、王族がこんなにいる場所で緩やかな態度を取れるはずもない…。

俺はゆっくり頭を上げて立ち上がり、背筋を伸ばして気を引き締めなおした。


「国王陛下、本日はヘルミーネ王女様をお迎えに上がりました!」

「うむ、ヘルミーネも貴殿が迎えに来てくれるのは楽しみに待っておった。

本来であれば婚前前の娘を送り出す事は無いのだが、ロイジェルクの娘も貴殿の所に預けた事で素晴らしい魔法使いに成ったと聞き及んでおる。

ヘルミーネも貴殿に預ければ魔法も上達するはずであろうし、ヘルミーネも貴殿の所に行く事を希望しておるからの」

国王はヘルミーネにも魔法を教えろと言っているのか…。

常識しらずのヘルミーネに無詠唱を教えるつもりは無かったが、そう言う訳にはいかなそうだな…。


国王との挨拶が終わると、奥の部屋から着飾ったヘルミーネが姿を現した。

今日は派手な真っ赤なドレスに大きめの薔薇の花が飾られていて、少し大人びた印象を受けた。

ヘルミーネが言葉を発するまでは…。

「エル!この日を待ちわびたぞ!」

幾ら衣装で誤魔化そうとヘルミーネが子供である事は誤魔化せない。

俺の方に駆け寄ってこようとして、長いドレスに足を取られて転びそうになったからな…。

メイドのラウラが慌てて支えなかったら大変な事になっていた所だ。

今度は慎重な足取りでゆっくりと歩き王妃の横に並んだ。


「ヘルミーネ、今日は誰よりも美しいぞ」

「お父様、ありがとうございます」

「ヘルミーネ、エルレイ侯爵の所に行っても王女としての品格を保ち皆の模範となるのですよ」

「はい、お母様」

ヘルミーネが国王と王妃に対してまともな受け答えをしていた。

一応王女としての教育は受けているのだな…。

今の状態をずっと継続してくれれば俺も楽が出来るのだが、部屋に入って来た時の様子からしてそれは無理な事だろう。


ヘルミーネが集まっていた王族の人達と一人ずつ別れの挨拶を交わしている間、俺は国王と王妃の話し相手をしなくてはならないと言う地獄のような時間を過ごす事となった…。

「エルレイ、ヘルミーネは末娘で少々甘やかしてはおったが、素直な良い子に育ったと思っておる。

まだ幼い故過ちを犯す事もあろうが、エルレイがしっかりと導いてくれると期待しておる」

「はい…」

城内で魔法を使うような子供に対して、少々甘やかした程度ではすまないと思います!

声を大にして言いたかったが、国王に対してその様な事を言えるはずも無く素直に頷く…。

「ヘルミーネは私に似て知的な部分もありますが、魔法にばかりかまけていて他の事は少し疎かになっております。

エルレイ侯爵にはヘルミーネの魔法はもちろんの事、教育の方もお願いします」

「承知いたしました…」

王妃からはヘルミーネの教育をお願いされてしまった。

婚約者とは名ばかりの家庭教師役を押し付けられた感じになったな…。

まぁ、ルリアにヘルミーネに対して常識を教えてくれるついでに勉強も見てくれないかお願いするしかないな。

魔法は俺が教えないとだめかもしれないが、全てをルリアに任せきりにするのも良くないだろう。


ヘルミーネがやっと全員と別れの挨拶を終えて戻って来てくれた…。

「お父様、お母様、行ってまいります」

「うむ、元気でな」

「ヘルミーネ、行ってらっしゃい」

国王は優しい目の笑顔でヘルミーネを送り出していた。

こうしてみると国王も普通の父親なのだと思い、常識しらずのヘルミーネだが大切にしないといけないと思った…。


「むっ、馬車で行くのか?魔法で一気に移動できると聞いたぞ!」

「はい、お城で魔法を使う訳にはまいりませんので…」

お城の玄関で馬車に乗り込もうとした所で、元のヘルミーネに戻ってしまった。

城内の廊下を歩いていた時までは、ドレスで歩きにくいからなのか大人しくしていたのにな…。

空間転移魔法の使用許可が出たとはいえ、何処でも使えると言う訳では無い。

特にお城で使おうものなら、次からは騎士達に警戒されるだろうし最悪お城に入れて貰えなくなるかもしれない。

空間転移魔法は、俺が一度行った場所ならどこへでも一瞬で移動できる便利な魔法であると同時に、とても危険な魔法でもある。

国王の部屋には行った事は無いが、第一王子と第二王子の部屋には行った事がある。

つまり俺は第一王子と第二王子の部屋に一瞬で移動でき、何時でも殺害可能だと騎士達には知れ渡っている事だろう。

勿論俺はそんな事をするつもりは無いし、余計な心配をかけない為にもお城で空間転移魔法を使う事は出来ない。

と言う事で、王都にあるラノフェリア公爵の別邸まで馬車で移動し、本邸宅まで空間転移魔法で移動して来た。


「エル凄いな!本当にここはラノフェリアの別の家なのか?」

「はい、その通りです」

今はまだ転移用の部屋の中で見た目があまり変わっていない。

廊下に出ると、窓から見える景色が立派な庭園になっているので、ヘルミーネも本当に転移して来たのだと実感してる様子だ。

ヘルミーネと一緒に着いて来たのはメイドのラウラ一人のみで、他に従者は居なかった。

ヘルミーネの荷物も事前に送っているので、ヘルミーネは身一つで来た事になる。

お城から一人で出て来た事に対して不安に思っている様子は見られず、窮屈なお城から解放された事を喜んでいるように思える。

俺とヘルミーネとラノフェリア公爵は応接室へと入り、ルリアとリリーが来るのを待つ。


「お菓子を持って来てくれ!甘いのが好みだ!」

ヘルミーネはラノフェリア公爵の家だと言うのに、遠慮なくメイドにお菓子を持ってくるように指示を出していた。

ラノフェリア公爵もその事を咎めたりはしない。

ヘルミーネは王女だけれど子供だからな。

紅茶とお菓子がすぐに用意されて来て、ヘルミーネは早速お菓子を食べ始め、俺もついでにお菓子を食べる事にした。

お菓子の甘さで王城で疲弊した俺の心が癒されて行くな…。

ヘルミーネは行儀悪くお菓子をこぼしながら食べているが、そのお陰で俺も遠慮なく癒されるお菓子を食べられるのだから悪い気はしない。

ふと顔を上げると、ラノフェリア公爵がルリアに向ける様な優しい笑みを浮かべてこちらを見ていた。

ラノフェリア公爵の目の前でお菓子を食べたのは良く無かったか…。

「お気に触りましたでしょうか?」

「いいや、ヘルミーネ王女とエルレイ君が仲良く並んでお菓子を食べている光景を見ていると、エルレイ君も子供なのだなと改めて実感していたのだ」

ラノフェリア公爵は「たくさん食べていいからな」と、小さな子供にお菓子をあげて喜ぶ老人の様な笑みを浮かべながら言ってくれた。

「僕は子供ですよ…」

中身はおっさんだが見た目はまだ十歳の子供だ。

まぁ、ラノフェリア公爵の前で子供らしい態度を取った記憶は無いから、そう思われても仕方が無いか…。

ラノフェリア公爵には笑われたが、少し子供らしい態度を取った方が大人には受けが良い事が分かったのは良かったのかも知れない…。

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