第九十七話 引っ越し作業

ラノフェリア公爵からの説明を終え、俺はルリアとリリーの部屋に来ていた。

二人にヘルミーネの事を話しに来たのだが…。

ルリアはソファーに深く座り、公爵令嬢としては少々みっともない姿勢で寛いでいる。

リリーはルリアの隣に礼儀正しく座り、俺に微笑みかけてくれている。

そんな二人を前にして、ヘルミーネを婚約者に貰いましたとはなかなか言いにくい…。

取り合えず、ロゼが用意してくれた紅茶に手を伸ばして一口飲み、覚悟を決めて話す事にした。


「ルリア、リリー、聞いて欲しい事があるんだ。

僕は今日、国王陛下から侯爵位を授けられたのだけれど、それに加えてもう一つ褒美を貰ったんだ。

その褒美と言うのが…」

「王女を貰ったんでしょ?」

俺が言う前にルリア口を挟んで来た。

「ルリアは知ってたのか?」

「はぁ~、それくらい考えれば分かる事でしょう!

エルレイは考えなさすぎなのよ!」

「ご、ごめんなさい…」

ルリアは呆れた表情でため息を吐いていた…。

貴族の事に疎い俺では考えても分からない事なのだがな…。

それを言うとルリアが怒るので素直に謝るしかない。


「エルレイは一人で軍を退けられる強い力を持った魔法使いなの!

国王陛下もエルレイの事が怖いのよ!

エルレイが王家に反抗しないようにと、王女を差し出してくるのは当然の事でしょ!」

「なるほど…」

言われてみれば納得するが、俺は王家に反抗する気はこれっぽっちも無いんだがな…。

「それで、誰を貰ったの?」

「ヘルミーネ王女を頂きました…」

「やっぱりそうなったのね…。

でも、全然知らない人よりかはましよね。

常識知らずの所は教えて行けばいい事だしね!」

「う、うん、ヘルミーネの教育はルリアに任せても良いかな?」

「仕方ないわね。引き受けてあげるわ!」

「ルリア、ありがとう」

ふぅ、ヘルミーネの教育をルリアが引き受けてくれた事は本当に助かった。

城内で魔法を使わないようにはなっていたみたいだけれど、行儀が悪いのは今日お菓子を吹きかけられた事で分かっているからな…。

でも、行儀が悪いと言えば目の前のルリアも同じなのだが…。

ちょっと不安になって来たので、後でリリーにもお願いしてみようと思う。


翌日、俺は家族を連れて慌ただしく家へと帰って来た。

ヴァルト兄さんとイアンナ姉さんは、そこからまたヴァルト兄さんの家に送り届けて来た。

一ヶ月という短い時間で引っ越しの準備をしなくてはならないからな。

そして俺はまた一人で王都のラノフェリア邸へと戻り、今度はラノフェリア公爵達を本邸宅に送り届けた。

ルリアとリリーも一か月間は実家で暮らす事になる。


「エルレイ君、空間転移魔法の使用を許可する」

「はい、ありがとうございます!」

ラノフェリア公爵から、空間転移魔法の表立った使用を許可して貰えた。

これで不自由なく、いつどこでも空間転移魔法を使用可能になったのだ。

その事は非常に嬉しいのだが、許可された理由が理由だけに素直には喜べなかったな…。


「エルレイ、今から旧アイロス王国の城に飛んで、これから頻繁に空間転移魔法を使う事を兵士に伝えて来てくれないかな?」

「分かりました」

「あっ、玄関前から転移して構わないよ。戻って来る時も暫くは玄関前で構わない」

俺はいつもの指定の部屋に向かおうとしたら、ネレイトから玄関で良いと言われたので、そのままアイロス王国のお城の玄関前へと空間転移で移動してきた。

当然、突然現れた俺に対して、お城を守っていた兵士達に警戒される事になる。

「な!何者だ!」

「エルレイ・フォン・アリクレットです」

「あっ、し、失礼しました!」

兵士は俺の顔を見るなり直立し謝罪してきた。

最初に訪れた時はアイロス王国の騎士が守っていたが、今はソートマス王国軍の兵士がお城を守っていたみたいだな。

お陰で余計な説明が省けて助かった。

戦争中にお風呂を作っていたお陰で、ソートマス王国軍の中で俺の顔を知らない者は居ないはずだ。

兵士にこれから頻繁に魔法で移動して来る事を伝え、転移して来る場所も玄関から少し離れた通路では無い場所に決めた。

玄関前だと誰か居た際にぶつかってしまう可能性があるからな。


そして、俺はまたすぐにラノフェリア公爵家に帰って来た。

「お帰り。次はこの荷物と使用人達を送って貰えないかな」

「分かりました…」

ネレイトは荷物と言ったが、どう見ても馬の繋がれていない大型の荷馬車なんだが?

まぁ、俺が家の出し入れを簡単にしているからこれくらい出来るよね!と言う視線をネレイトが向けて来ている。

出来るか出来ないかと問われれば出来るんだけれど…荷馬車何台あるんだよ…。

取り合えず、収納魔法内にある家と使わなかった大きな玉五個をネレイトの許可を貰って空いてる場所に出し、それから荷馬車を収納して行く。

一度に収納できるのは八台が限界だな。

魔力をより多く使えば収納を増やす事は出来るが、収納魔法は使用する収納空間を広くすればするほど維持する魔力が膨大に膨らんで行くんだよな…。

現状維持のまま、回数を重ねる事で運ぶ事にした。

送る使用人も五十人いるし…一度に十人送るとして五回往復しなくてはならない。

魔力が持つか分からないが、出来る限り送り届ける事にしよう…。


「流石エルレイ、今日の分は全部送れたね!」

「何とか…」

もう魔力の限界が来ており、今にも意識を失いそうになっていた…。

ネレイトが使用人を呼んで俺を寝室へと運んでくれたが、この時俺はネレイトが言っていた言葉が理解できていなかった…。

そう、ネレイトは今日の分と言っていたのだ。

翌日以降も同じ様に、俺は荷物と使用人の運搬作業に従事させられる事となるとは予想していなかった。

毎日よく送る荷物があるものだと感心していたら、どうやら軍の物資も含まれていたらしい。

ソートマス王国軍は旧アイロス王国に駐留していて、ソートマス王国から物資を運搬するより俺が送った方が早くてコストもかからずに済む。

ネレイトの説明によれば、その浮いた費用を準備金として与えられるとの事らしい。

「ただでお金をくれるほどソートマス王国も裕福では無いからね」と、ネレイトは笑っていた。


どうりで、ラノフェリア公爵も簡単に空間転移魔法の使用を許可してくれた訳だ。

でも、アイロス王国の王族と貴族達を逃がす様な事をしたため、金目の物が全く無いのは自業自得なんだよな…。

文句を言わずに運搬作業に従事する他無いみたいだ。


結局一か月間、旧アイロス王国に人員と荷物の運搬作業を続ける事となった…。

魔力を毎日限界まで使う事が出来たので、魔力量の増加には繋がって嬉しかった半面、俺がやりたい魔法の研究の時間が取れなかったことが悔やまれる。

しかし俺は侯爵になった!

領地経営はラノフェリア公爵が用意してくれる優秀な従者に任せておけば、自由な時間を作る事も可能なはずだ。


先ずはアイアニル砦の研究をやるべきだろう!

魔法を吸収する城壁、いやその物質の調査をして対抗手段を考えておかなくれはならない。

例えば、俺が乗った地面にその物質が使われていた場合、魔法が全く使えなくなる事も考えられる。

そんな事態に陥っても対処できる手段を手に入れておかなくてはならないからな!


次は治癒魔法の訓練をしなくてはならない!

リリーの様に大人数を治癒出来なくとも、見える範囲の人の治療が出来るようにならなくてはな…。

あの時の状況を思い出すと、今でもまだ恐怖に震える…。

あのような状況にしない努力は当然続けるが、緊急事態に治療できない状況は何としても回避しなければならないからな。


これまで俺達を守りお世話をしてくれている、ロゼとリゼに感謝の意味を込めて贈り物をしなくてはならない。

侯爵になった事だし、俺が自由にできるお金も沢山手に入るはずだ。

当然、ルリアとリリーにもちゃんとした贈り物をするつもりだ。

安物のリボンしか贈って無いからな…。

それと同時に、ロゼとリゼには休みも与えなくてはならない。

俺達より早く起きて、俺達より遅く寝ている上に、暗殺者の排除や戦争に連れ出してしまった。

その間休みは一日も無く、表には出さないが二人とも疲れているはずだ。

まとまった休日とお金を与えて、少し自由にさせてあげるのもいいかもしれないな。


考えれば考えるだけやりたい事が出て来る、

戦争に振り回されて俺がやりたいことが出来ていなかったせいだが、これからは自由に何でもできるだろう。

俺は侯爵として自由な生活を想像しつつ、運搬作業を続けるのであった…。

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