第九十六話 エルレイ侯爵

「エルレイ、意外と早かったね」

「はい、何とか戻って来れました…」

ネレイトは俺が部屋に入って来ると、眺めていた書類から目を上げて笑顔で迎え入れてくれた。

俺はネレイトが座っている机の前に行き、ネレイトが眺めていた書類を覗き込んで見た…。

「気になる?これは今日父上に挨拶して来た貴族の一覧だね」

「そうなんですね。その中から新しい領地の治める貴族を選ぶのでしょうか?」

国王がラノフェリア公爵に領地の分配を一任した結果、多くの貴族がラノフェリア公爵に群がって来る事になっていた。

そして、その名簿をネレイトが眺めている事から、そこから決めるのかと思って聞いて見たのだけれど…。

「まさかそんな事は無いよ。もう既に領地を治める貴族の選別は終わっているからね」

「流石です…」

やはり俺の思っていた通り、ラノフェリア公爵は準備し終えていたのだと分かった。

そして、ネレイトの表情から珍しく笑顔が消え、真面目な表情になって語り始めた。


「戦争に勝った後で挨拶に来ても遅い。この人達は今まで僕達の敵だった人達だ。

しかし、この機を利用して出来れば味方にしておきたい。

エルレイは、この人達を味方にするにはどうすればいいと思う?」

ネレイトは俺を試すかのように質問してきたので、真面目に考えて答える事にした…。

「そうですね…味方にするには餌が必要だと思います。

しかし餌となる領地は与えられない…。

となると、何かしらの繋がりでも与えられれば、可能性は高くはないけれど味方になってくれる?

すみません。田舎者なので何が繋がりになるのかまでは分かりません…」

ネレイトを驚かせる様な答えを導きたかったが、貴族に疎い俺にはこれが限界だった…。


「流石エルレイ、そこまで分かっていれば答えは簡単だよ!」

でも、ネレイトを驚かせるには十分な答えだったみたいだ。

ネレイトは元の笑顔に戻り、答えを教えてくれた。

「貴族と繋がりを持つには結婚が一番手っ取り早く味方に引き込みやすい。

けど今回はその手は使わず、足りない物を補って貰おうと思っている。

領地を治める貴族は決めているけど、貴族に仕える使用人の数が足りてない。

ただし、使用人はエルレイも知っての通り信用の置ける者でないといけない。

この書類に載っている貴族の中から使用人を出して貰うけれど、直ぐには仕えさせず暫く家で訓練と言う名の選別を行う。

それに合格した使用人を、新な貴族の所に送るって感じだね」

「なるほど、ご説明ありがとうございました」

「気にしなくて良いよ。あっ、エルレイに仕えさせる使用人は既に家で働いている信用の置ける者を選んでいるから安心してね」

「はい、信用しております!」

俺の所にも来るのかと不安に思った事が顔に出たのだろう、ネレイトは慌てて訂正してくれた。

どうも俺は思っている事が表情に出やすいみたいなので、注意しなくてはいけないな…。

それからすぐにラノフェリア公爵も戻って来て、三人で屋敷に戻る事となった。


「ラノフェリア公爵様、僕と父の爵位を上げて貰っただけでは無く、兄まで貴族にして頂き、誠にありがとうございました」

俺は馬車の中でラノフェリア公爵に対して感謝を述べた。

爵位を与えてくれるのは国王だが、そこに至るには陰ながらラノフェリア公爵が手を回してくれたからに違いない。

「気にする事は無い、すべてはエルレイの活躍によるものだ。

私でもエルレイ一人で戦争を終わらせるとは想像していなかった事だからな」

「そうだよね」

ラノフェリア公爵とネレイトは楽に事が運べたと笑っていた。

国王も謁見の間で貴族達を黙らせるのに苦労はしていなかったからな…。

まぁ、お互いの軍の犠牲者も少なく、父が伯爵、ヴァルト兄さんが子爵になれたから結果的に良かったのだろう。

俺は侯爵と言う責任ある爵位を貰ったが、現段階ではその責任の重さも実感できていない…と言うかどの様な責務があるのかも知らない。

分かっている事は、国王からヘルミーネを婚約者として頂いたからには、国王とソートマス王国の意向に背く事は出来なくなったという事だろう。

元々ラノフェリア公爵にも背く事は出来ないし、大して変わりは無いのかも知れない。


「それと、ヘルミーネ王女を婚約者として頂きましたが、ルリアお嬢様とリリーお嬢様を今後も大切にしていく事をお約束致します!」

「うむ、心配はしておらぬ。今後も私より地位の高い者から女性をあてがわれる可能性は十分ありうる。

エルレイの妻が何人増えようとも、ルリアとリリーの可愛さが他の女性に劣るとは思えぬからな!」

「はい、その通りでございます!」

ラノフェリア公爵の親馬鹿は置いておくとして、ルリアとリリーが可愛らしいのは認めよう。

ルリアが暴力を振るう時は俺に非がある時だけだし、ルリアの魅力の一つだと思っている。

リリーは元から可愛いので何も言う事は無い!

しかし、ラノフェリア公爵より地位の高い人と言えば国王しかいないはずだ。

つまり、これ以上婚約者が増える事は無いという事で安心した。


転生したての頃はハーレムを目指していたが、実際に婚約者二人と生活して見ると、その大変さが身にしみて分かって来た。

ルリアとリリーは元から仲がいいので、俺が二人を平等に扱う事だけに気を付ければよかったが、ヘルミーネが加わった事で三人の仲を俺が取り持たなければならないだろう。

これ以上の婚約者は不要だと言う結論に達した。


ラノフェリア公爵邸に帰り着くと、家族から盛大な歓迎を受けた。

「流石私の可愛いエルレイ!侯爵だなんて素敵ね!」

当然のようにアルティナ姉さんが抱き付いて来たが昨日の事もあるし、俺はすぐにアルティナ姉さんから離れた。

アルティナ姉さんは不満そうにしていたが、ルリアとまた喧嘩して欲しくは無いからな…。

ラノフェリア公爵は全員を食堂に集めて、今後の事を説明してくれる事になった。


「国王は、今回手に入れた新しい領地全てをアリクレット家に託してくれた。

その事の意味は言わずとも分かる事だろう。

最初の分配は私が行うが、その後の管理はエルレイ侯爵、ゼイクリム伯爵、ヴァルト子爵に委ねる。

とは言え、いきなり広大な領地の管理は難しいだろうから、私としても助力を惜しむつもりは無い。

領地の分配は地図を見てくれたまえ」

テーブルの上には事前に置かれていたアイロス王国の地図があり、そこに俺達が治める領土が赤線で囲われていた。

俺の領地がアイロス王国の中央にあり、ソートマス王国側が父の領地で、ラウニスカ王国側がヴァルト兄さんの領地となっていた。

俺の領地を守るように父とヴァルト兄さんの領地があり、その周囲に俺の知らない男爵の名前が幾つも書き記されていた。


「旧アイロス王国の領地は、現在軍が各地の安全を確認している段階であり、まだ移住できる状態では無い。

だが、一か月後には完了する予定だ。

三人もそのつもりで準備を進めていてくれたまえ」

一ヶ月か…ついこの前戦争が終わったばかりだが、急がないといけないのだろうな。


「使用人に関してもこちらで用意させて貰っているが、最低限の人数しか用意していない。

足りない分は落ち着き次第そちらで用意してくれたまえ。

当面の資金は王国から拠出して貰える事になっている。

そして、三年間は王国に税を納める必要が無い。

その期間を利用して領地の繁栄に勤めてくれたまえ」


「はっ!ラノフェリア公爵様の期待に沿える様に三人で協力し領地の繁栄に勤めます!」

父が代表してラノフェリア公爵に応えてくれた。

しかし、三年間税の免除とはラノフェリア公爵も頑張ってくれたのだな。

戦争が短期間で終わったとは言え、五万の軍を動かしたのだから相当なお金が必要だったに違いない。

その上で、俺達の資金を王国から引き出してくれたのには頭が下がる思いだ。

ラノフェリア公爵の努力に報いるべく、これから頑張って行かなくてはならないと言う事だ。

とは言え、全く知識の無い俺に領地経営など出来るはずもない。

父に頼りたいが、父も以前より比べ物にならないほどの広い領地を任されて大変だろう。

ラノフェリア公爵が、俺に付けてくれる使用人が優秀な事に期待するしかなさそうだ。

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